第67話

 


 アシルとほぼ同時にサフィア姫を庇ったフレン。


 彼の右肩に星宝剣が刺さり、利き手がだらりと垂れ下がる。

 手に握っていた長剣が多量の血液と共に勇者の手から滑り落ちて床に転がった。


「全く……嫌になるよ。重傷から復帰したばかりなのに……」


 苦痛に顔を歪めながら、フレンは廊下の曲がり角から歩いてくる聖騎士団長を睨んだ。


「レ、レイフォース卿、す、すみませんッ、あたしのせいで……」

 

 アシルに抱き起されたサフィア姫が慌てて駆け寄る。

 あの一瞬で躊躇なくフレンは身を投げ出した。


「……何故庇ってくれたんですか」


 アシルもまた彼に困惑するように眉根を下げた。しかしフレンはアシルには視線を向けず、敵意さえ感じる口調で続けた。


「勘違いしないでくれ。僕は姫殿下を庇ったんだ」

 

 星宝剣を引き抜き、流れ出る血をそのままにフレンは左手で剣を拾った。


「聖騎士団長……いや、ヴラド」


 傍にある下位吸血鬼レッサーヴァンパイアと化した騎士の死体を避け、腰に差している剣を引き抜きながら近づいてくるアリーチェをフレンはそう呼んだ。


「……何を言っている、フレン。敵は姫様を誑かすそこの吸血鬼だ。今すぐ討てッ」


 彼女は叱責するように叫んだ。しかし、


「手元が狂ったという言い訳は通用しないよ。明らかに姫殿下を狙っておきながら」


「……」


「お前はいつだって同士討ちを狙う。グランツの身体だった時は団長に斬りかかり、僕らの戦力を削いだ。そして今回も僕と彼を敢えてぶつけようとしていた。単体では勝てないからだ。お前は卑怯な手を使わずにはいられない」


「……何だと?」


 表情を消したアリーチェ――いや、ヴラドが顔を顰めた。


「そう何度も同じ手が通じると思うな」


「……勇者よ。よく聞け、貴様の後ろに吸血鬼ヴァンパイアがいるのだぞ?」


「先にお前だ。後ろの彼にどんな目的があるか分からない。だけど、少なくとも姫様を連れてきた功績は考慮する必要がある」


「……ちッ」


 舌打ちをしたアリーチェは憎々しげな表情を浮かべ、剣先をフレンに向けた。

 

「私の正体に気付いていたと言いたいのか。愚かな勇者、では何故すぐに私を斬らなかった?」


 その言葉に、フレンは俯きながら無言を返した。

 そして、一瞬アシルに申し訳なさそうに視線だけを向けた。


 それだけで彼が言いたい事を理解した。


(……そうか……)


 吸血鬼なのだから、お前なら斬れるだろうと。

 フレンの瞳が言っている。


 自分ではどうしても殺せないから、アリーチェの姿のヴラドをアシルに殺してほしいのだ。だから庇った。


(でも、それでいい。貴方のおかげで団長を救えるかもしれません)


 ここで光属性を帯びた星宝剣をアシルが受けていたら全てが終わっていた。吸血鬼の弱点を突かれて一撃で瀕死になったか、じわじわと嬲り殺しにされたか。


「期待以上の成果を出す。勇者である貴方に認めてもらいます」


 ヴラドを殺しても、今度は勇者に狙われるなんて未来にならないように。

 味方だとはっきりさせる必要がある。


「……フレンでいい」


 頷きを返したアシルはアリーチェの姿で佇むヴラドに向き合った。


 対するヴラドは口角を上げながら、


「……確か、アシルと言ったか。原種の下位吸血鬼レッサーヴァンパイアよ。お前は魔物になる前、アリーチェと親交があった。そうだろう?」


「……」


 その名前に僅かにフレンが目を見張った。


「ああ」


「貴様にアリーチェが斬れるのか。斬れるのならば人としての情などない冷血な化け物。つまりこちら側だ。利用できる時だけ利用して、その力がいらなくなったら人族はお前を淘汰する」

 

 その言葉に、サフィア姫が眦を釣り上げて激しい言葉で非難した。


「黙りなさいッ、王国の王女として、貴方を許す事はできません。屍霊四将ヴラド、貴方を討ちます! そしてアリーチェも返してもらいます。私とアシル、二人の力で!」


「行きますよ、姫様」


 アシルとサフィア姫が頷き合う。


 それを合図として、深紅の髪の下位吸血鬼レッサーヴァンパイア固有技能オリジン・スキルを発動した。


「――<伴侶血装プライド・ブラッド・エルシュタイン>」


 その瞬間、アシルの中のサフィア姫の血液が消費されて、効果が発揮される。

 眩いばかりの光の粒子が身体から吹き上がった。


「馬鹿な……吸血鬼が光属性を纏っているだと⁉」


 しかし、身体の崩壊は一切ない。

 思い描く脳内の自分の理想。


 勇者に選ばれた自分の具現化。


 そして王女と吸血鬼、二人の職能クラスが混ざり合う。


 純白のマントを羽織り、髪色も白く変化して逆立つ。

 白と青を基調とした貴族が着るような衣服に全身が変わる。


「……アシル?」


 キラキラと光る粒子を従えた下位吸血鬼レッサーヴァンパイアは笑みを浮かべ、


「はい、姫様。では、次に聖剣を拝借します」


「う、うん……や、優しくしてね?」


 アシルがサフィア姫の腹部に手を伸ばした。触れた途端、異空間に吸い込まれるように波紋ができて、


「ふあッ、な、なんか、変な感じッ」


「お、おい、何がどうなってる、これッ、姫殿下は大丈夫――」


 サフィア姫が頬を赤らめ、フレンが蒼白な表情で目を見張る。


 ヴラドは焦りを浮かべて床を蹴り、アシルに肉薄した。

 しかし、


「――慌てるな」


 彼が王女の腹から引き抜いた鍔に蒼い宝石が備わった長剣の眩いばかりの輝きに異常な悪寒と嫌悪感を感じて、ヴラドはたまらず尻もちをついた。







 

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