第64話





 用意された客室で身体を休ませていたフレンは唐突に跳ね起きた。


 親友を失った光景が何度も繰り返される。

 そんな悪夢から覚めてすぐ、フレンは額に掻いた汗を拭いながら寝台に立てかけてある長剣を手に持った。


 悪夢が原因で目覚めたわけではない。


 俄かに騒がしいフィーベル伯爵邸。

 そこかしこから聞こえるメイド達の悲鳴。ガラスか何かが砕かれる破砕音。絶え間ない怒号が耳に嫌でも届いてくる。

 

「――出遅れたッ、まさか魔王軍か?」


 血を大分と失った事で、今の今まで寝入ってしまった事を後悔する。

 親友だったグランツを失った精神的な傷も影響しているのかもしれないが、敵が屋敷に入り込んでいるのに気付かないとは。


 フレンはすぐに部屋を飛び出した。

 脳裏を過ぎるのはサフィア姫の姿。


 取り戻した王国の太陽。


 現状、次期王位継承権一位の姫君。

 

 魔王を滅ぼす唯一絶対の聖剣の巫女。

 彼女だけは何としても死守しなくてはならない。


(いや……今度こそ……)


 そういった理屈を抜きにして、単純にフレンは自分を認めてもらいたかった。


 勇者としての自分を。

 それには相応しい働きをしなければと気合を入れる。


 だが、部屋の外に出てあまりの惨状に硬直してしまう。

 

 使用人の死体がゴロゴロ転がっていた。


 メイドの首が可笑しな方向に曲がって壁に打ち捨てられ、腹が斬り裂かれた事で内臓が零れている執事が虚ろな瞳で床に倒れている。


 下手人は目の前にいた。

 彼らを殺したのはフィーベル騎士団の騎士だった。


「何でこんな……いや、君は……」


「……ふー、ふーッ」


 肌が青白くなっている騎士は紅く充血した目と荒い呼吸をしながら尖った犬歯を剥き出しにしていた。


 腰を低くして、フレンに飛び掛かる準備を始める。


 一種の興奮状態だ。明らかに吸血鬼の特徴を帯びている騎士にフレンはどういう事だと困惑の面持ちとなる。


「……下位吸血鬼レッサーヴァンパイアになっている。まさか……」


 フレンは呟きながら長剣を抜くが、彼が手を下すまでもなかった。

 その下位吸血鬼レッサーヴァンパイアの背後から現れた人影がずぶりと背中を刺し貫いたのだ。


「……せ、聖騎士団長」


「ああ」


 冷たい瞳をした怜悧な美女が下位吸血鬼レッサーヴァンパイアの心臓を穿っていた。


「……団長。身体はもう――」


「ああ、心配は不要だ」


「……一体何が起こっているんですか」


「姫様にくっついていた深紅の騎士。アイツが下位吸血鬼レッサーヴァンパイアを生み出して暴れている」


「……え!?」


「アレは魔王軍の手の者だったのだ。だから躊躇もなくグランツを殺した、そういう事だろう」


 フレンは呼吸を落ち着けて考える。

 あの時はグランツを目の前で殺された事と自分の惨めさで視界が狭くなっており、思わず子供のように噛みついてしまった。


 だが今は違う。


 確かにあの者の見た目は吸血鬼だと言われたら納得しかない。元々疑っていた分、驚きは少ない。

 しかし、であれば何故都市を救ったのだろう。


 何故サフィア姫は彼をあんなにも信頼しているのだろう。


「……腑に落ちないか?」


 フレンの顔色を見て、アリーチェが続ける。

 

「フレン。アイツは吸血鬼だ。都市に入り込んで、自らの血を大勢の人々に与える。そうして配下たる下位吸血鬼を生み出す。その為には一度味方だと信じ込ませる必要があった」


「……都市を一度救ったのは……この時の為?」


 フレンは拳を強く握りしめた。


「恐らくな。姫も恐らく洗脳されているんだろう。だから本物の勇者たるお前を顧みないんだ。さ、問答している時間はもうないぞ。奴を探し出して討つのだ。いいな、フレン」


 加速度的に被害は広がり始めている。

 まだ僅かに腑に落ちない点はあったが、今は止める事が先決。


 眦を決したフレンは元凶を断つために行動を開始した。


 その背後で、アリーチェが自らに嘲笑を向けている事には気付かなかった。

 

 

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