第60話



 会議は数時間に渡った。


 新たにカルランにいる魔物学に精通する学者を呼び寄せ、対策を練った。


 食事の際には銀食器を使ってもらう。


 日中は日当たりが良い部屋で過ごしてもらう。


 治療を装ってアンデッドを浄化させる職技能クラス・スキルを持つ神官クレリック達にその技を試してもらう。


 ただカルランの教会支部に勤める神官の中に上位職能クラスに到達した者は一人もいない。


 屍霊四将に効く程の効果があるかどうかは分からない。


 その他にも色々と案は出た。

 屍霊四将ヴラドを炙り出す作戦。


 王国四英傑の身体からヴラドを引き離す事ができれば一番良い。


 だが、それら全てが意味をなさなかった場合の事も考えなければならない。


 会議ではそこに言及しなかった。

 王国四英傑の一人、グランツは死んだ。


 もう一人となると、王国側の戦力低下はとんでもない。


 加えて、ヴラドだけを警戒していれば良いわけでもない。


(……屍の魔王本人もいる。エルハイドとデイドラはレドブランカがどうにかしてくれると信じる他ない)


 本来なら手助けに行きたい所だが、現状カルランを離れるわけにはいかない。

 いつヴラドが暴れ出すか分からないのだ。


 重苦しい気分のまま、会議を終えたアシルは伯爵家の使用人に案内され、フィーベル伯爵邸にあるアリーチェの私室に足を運んだ。


 既に日は沈み、空には月が昇り始めている。

 青白い月の光が窓から差し込む中、アシルの今の気分とは相反するように体調が劇的に良くなった。


 とは言え、当然包帯を全身に巻いたままだ。


 吸血鬼だとバレたら即座に追い出されるどころか、騎士たちに取り囲まれ殺し合いに発展してしまうだろう。


 バレなければ、まだカルランを救った英雄でいられる。


 聖騎士団長の部屋の傍に立つ護衛という名目で置かれた、事実上監視役の騎士二名がアシルに黙礼してから去っていく。


 アシルは扉に向かって二回ノックをした。


「――誰だ」


 怜悧な女性の声で問い返される。


「……俺です」


「だから誰だ」


 アシルは思い悩みながら、


「……声で分かりませんか?」


「分からんから聞いている」


 どうしても名乗らせたいらしい。

 アシルは後頭部に手を当てながら、声を潜めて告げた。


「……エルシュタイン王国の副兵士長だったアシルです」


 その瞬間、がちゃりと扉が開かれた。


 するりと腕を掴まれ、部屋の中に強引に入らせられる。

 アシルは目を見開いた。


 銀青色の美しい長髪が目の前で揺れた。


 いつもの鎧姿ではない。ノースリーブの白い衣服に下はスタイルの良さが際立つスリムパンツ。


 長身の彼女によく似合っている。懐かしい。

 

 私服姿の聖騎士団長だ。


 彼女は切れ長の瞳を細め、


「……王都陥落の報を聞いた時、何故かお前の顔が真っ先に浮かんだ。次に陛下や姫様、皇后様、親交のあった宮廷貴族たちの顔が順々に浮かんだ」


「……」


「勘違いするなよ、悲しくはあったが……泣くほどではなかった」


 口ではそう言いつつ、向かい合って分かった。


 アリーチェの目元が赤く腫れている。

 少し前まで、泣いていたのだとアシルは僅かに目を丸くする。


「もはや二度と会えないと思っていた」


「……俺もです」


「……その包帯、取れ」


「え」


「早く」


 圧を感じさせるアリーチェの視線に耐え兼ね、アシルは顔の部分だけ包帯を取り払っていく。


「ふふッ、牙なんぞ生えてるのか」


「……」


「何が肌の病気だ。この肌の青白さ、やはり吸血鬼になったわけか」


「……まあ、そうです」


 アシルはいつもと変わらない様子の聖騎士団長の姿に嬉しくなる。

 それと同時に、もしもの時を考えると胸の内で苦しさが増していく。


「……強くなったな、アシル」


「……」


「今、力比べしたら……私が負けるか」


 手を組み交わし、肘は台の上につけたまま、腕の力だけでどちらかの手の甲を台の上に付けた方が勝ち。


 酒に酔った勢いで、彼女に何度も勝負させられた事を思い出す。

 勿論、アシルは全敗した。


「……せっかくの再会なのに、気分が乗らないか?」


 口数が少ないアシルにアリーチェが苦笑交じりに告げた。


「……いや、そんなことは」


「まあここに座れ」


 アリーチェは部屋にあるソファをアシルに勧めた後、彼女も向かいのソファに腰を落ち着ける。

 前の卓に予めワインが用意されており、彼女はコルク栓を片手で抜くとグラスに注ぎ始める。


「……もう一緒に飲めないと思うと少し寂しいな。血以外はいらなくなったんだろう?」


「……そうですね。というか、怪我の具合はどうなんですか。飲んで良いんですか?」


「当然だろう。最上位職能クラスに到達した者は生命力も異常なんだ。ましてや僧侶プリーストたちのおかげで傷は癒えてる。もう食べて寝たから全快だ」


「……そ、そうですか」


 そんな単純な話ではないと思うが。

 変わってないなと思いながら、アシルはちらちらと伺うように聖騎士団長の顔色を眺める。


「……部屋の前にいた監視役は退けたんだな」


 ワインを飲みながら、何気なく呟かれたその言葉にアシルは硬直した。


「……気付いて……ましたか」


「当然だろう。そもそも会議に出席すると言った私をお前は露骨に警戒していたからな。そのあと、監視がついた。アレは傷ついた」


「……す、すみませんっ、でも訳があって――」


「分かってる。これは姫様の……この都市のためなんだろう。自覚はないが、私の身に何かが起きてる可能性がある。そういう事だろう。お前の知ってる事を私に全て話してくれ。嘘偽りなく全てを」


「……その、団長。それを知っても、貴方にはどうする事も――」


「できるさ。私は誰かに……お前に面倒をかけるつもりはない」


「……どういう意味ですか」


「父と同じ事をする覚悟は……私にもあるという事だ」


 酷く穏やかな表情で、アリーチェは淡く微笑んだ。

 彼女の視線が、ベッドに立てかけてある自らの愛剣、星宝剣を捉える。

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