第59話
領主だったフィーベル伯爵邸は街の中央にあった。
住宅街や商業区が交差する場所。
見上げた先に伯爵の人柄を反映するような武骨な館が聳え立っている。
騎士達に案内され、アシルはサフィア姫、アリーチェと共にやってきた。
ちなみに館に辿り着くまで、大通りは戦勝に沸く住民達の姿で溢れていた。
簡易的なパレードのような状態になった程だ。
サフィア姫が大きく手を振ると大歓声が起きた。
しかし城塞都市に暮らす人々は大分慎ましい生活を強いられていたらしい。
領民達の大多数が痩せ細り、元気がないように見えた。
考えてみると周辺の街は魔王軍によって壊滅し、補給の目途は立たない状況。
今ある蓄えをできる限り保たせなくてはならない状況にあったのだ。
閑話休題。
館内に入るとエントランスで待っていたフィーベル伯爵夫人がアリーチェに勢いよく抱きついた。
さめざめと泣く母の背を撫でるアリーチェを他所に、
「――フレン様は既に客室で安静になさっております。アリーチェ様も、カルランの英雄殿もまずはゆっくりお身体をお休みください。姫殿下は申し訳ありませんが、これまでの事情を我々にお教えいただけますか? 王都が今どうなっているかも含めて」
フィーベル伯爵が団長を勤めていた騎士団、その副団長だった小麦色の肌の活気溢れる二十代後半の男、ウォリス・サーヴァインはそう告げた。
しかし、アシルは呑気に休んでいる場合ではなかった。
ヴラドは間違いなく生きているのだ。
サフィア姫に目配せする。
一応、アシルは
もしかしたら完全に身体を乗っ取るまではステータスにも反映されないのかもしれない。
だとすると聖騎士団長アリーチェと勇者フレン、どちらの身体にヴラドが潜んでいるのかアシルにも見分けがつかない。
「――彼も同席します。よろしいですね? ウォリス副団長」
「分かりました」
「……待って欲しい、姫様。会議に出席したい。私も情報を共有――」
アシルはアリーチェの肩を掴んで首を左右に振る。
申し訳ないが、今の彼女を不用意にサフィア姫の側に置いておけない。
彼の態度に、アリーチェの瞳が僅かに揺れた。
それから神妙な顔で、
「……後で私の部屋に来い。今後の事が決まったらお前が私に教えるんだ」
アシルはアリーチェの綺麗なアクアブルーの瞳を直視できなかった。
視線を逸らして頷く。
「それとウォリス副団長、もうすぐここへ王都壊滅の際に生き残った貴族令嬢や夫人達が到着します。見つけ次第、警備の騎士達には丁重にこの館まで案内するようにと」
サフィア姫がヘレナ達の事を説明する。
「……い、生き残りがいたのですか? わ、分かりました。伝えておきます!」
傍にいる部下に視線で合図するウォリス。
二人の騎士達が慌ただしく駆け出していく。
改めて、サフィア姫に向き直ったウォリスが真剣な表情で告げた。
「――では、お二人は我々と共に会議室へ」
* * *
中央に木製の細長い楕円形の卓が置かれた部屋。
壁にはフィーベル伯爵家の紋章が描かれたタペストリーが掲げられている。
会議室に入室したのは鎧を脱いだ騎士服のウォリスと二名の文官らしき男、そして一名の書記官である。
サフィア姫が座る上座の椅子を引き、席を勧めながらウォリスが口を開いた。
「では姫殿下、申し訳ありませんが、早速お聞かせいただきたい。危機は去ったのか、去っていないのか。王都の現状を」
それぞれの席に座った面々を見て、
「……その前に俺から伝えなければならない事がある」
アシルが俯きながら告げた。
「――大戦士グランツの身体に取り憑いていた屍霊四将ヴラドはまだ死んでいない可能性がある」
「は?」
「そ、それは一体……」
ウォリスが眼を見開き、文官の一人が思わず腰を浮かせる。
サフィア姫がまさかと言わんばかりにアシルに深刻な表情を向けた。
「……ヴラドは自らの血を敵の体内に送り込んで身体を乗っ取る
「……アシ――じゃなかった、えっと、誰の身体に入り込んだか分かる?」
サフィア姫の問いに、
「四英傑のどちらかに、屍霊四将ヴラドは取り憑いています」
最悪の事実を伝えた。
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