第58話

 


 石造りの城壁が高く聳える城塞都市へと急ぐアシル。


 付近では騎士や民兵問わず、まだ動ける者たちが打ち捨てられたアンデッドの死体を燃やし、再発生しないように処理をしている。


 そして都市の正門の前に並んで立っている目立つ二人、サフィア姫と聖騎士団長アリーチェの姿にアシルは奥歯を噛み締める。


 悩みの種は勿論後者だ。

 傍目からはかつての彼女と変わりないように見えるが、


(ヴラドがもし聖騎士団長に憑りついていたら……)


 気分が重苦しくなる。


 つい先ほどかつての親友を手にかけた。


 更に剣を時折指南してくれたあのちょっと脳筋で酒癖が悪いが、普段は凛々しい女騎士までこれから手にかける事になるかもしれない。


 そう考えると思わず手が震えた。


「……?」

 

 未来に大きな不安を覚えながらカルランへ近付くと、遠目からサフィア姫が口をパクパクと動かして走ってくるのが見えた。


 何事だと思った時には遅かった。


「そ、そこで止まれッ! 何者だ、貴様は!」


「アンデッドの包帯死人マミー・コープスか?」


 周囲を瞬く間に騎士に囲まれた。


 ふと自分の格好を思い出す。

 伴侶血装ブライド・ブラッドの効果が消えた事で、黒の外套に身を包んだ包帯グルグル巻きの不審者に戻っている事をすっかり忘れていた。


 そんな姿で城塞都市に戻ればどうなるか。


「――ああ、皆ッ、その人は大丈夫ッ、その人が都市を救った深紅の騎士の中の人なの!」


 サフィア姫の必死の説明と、深紅の騎士が扱っていた吸命剣パンドラを見せて何とか騎士たちは剣を収めてくれた。


「こんな奴――失礼、この方が……?」


 ただ胡乱げな眼差しと警戒の視線を向ける者は依然として多い。


(まあ当然だろう。俺もこんな見た目の奴が近付いてきたら絶対警戒するしな)


 そんな中で、サフィア姫が必死に言い訳を述べている。


「その、とっても肌が弱い人でして……太陽の光がちょっと苦手ていうか……」


「……まるで吸血鬼だな」


 サフィア姫の苦しい説明に、ぼそりとアリーチェが素知らぬ顔で呟いた。

 そして、アシルをどうだと言わんばかりに睨んでくる。


「……違います、そういう肌の病気なのです」


「……ふむ、深紅の髪か。確か王国の副兵――」


「とりあえずこの人は安全です。私が保証しますので」


 サフィア姫がアリーチェの口を背伸びしながら手で塞ぎ、そのまま彼女の背を押して正門を潜ろうとする。


 その仲睦まじい? 二人の様子に僅かに胸を撫でおろす。


 特にアリーチェ。

 彼女の気配や雰囲気は紛れもなく聖騎士団長その人のものだ。


(……後で説明しろ、か)


 サフィア姫に背を押される前に、彼女が口をパクパクと動かして伝えてきた言葉を反芻する。


 一先ず不審者の疑いが晴れ、包囲網も解かれる。

 アシルは城塞都市の正門を二人に続いて潜ろうとするが、


「—―あ、あの、すいません。ちょっといいですか……!」


 まだこちらを警戒している騎士二人の間に割って入った別の騎士がアシルの前に立つ。


 都市に入れさせない気かと思ったが、その騎士はアシルの片手を両手で包み込み、


「都市を……我々を救っていただきありがとうございます!」


 涙ぐみながらアシルに感謝の言葉を述べた。


「本当にありがとうございますっ、貴方のおかげで俺はまた妻と子に会えます」


 その人物が皮切りとなった。

 別の作業をしていた民兵や騎士、怪我人の様子を見ていた神官たち。


 彼らはこぞって可笑しな格好の英雄に殺到する。


「――ありがとう、貴殿のおかげで王国の太陽を取り戻す事ができた」


 握手をせがまれ、


「……あんた、とんでもなく強いんだな!」


 親し気に背を叩かれ、


「エリオット様の仇を取ってくれて感謝する」


 深々と頭を下げられる。


 包帯の下で、しどろもどろに返答するアシルの様子を振り返って。


 サフィア姫は嬉しそうに微笑む。


(……やっと……英雄になれたね)


 アリーチェも仏頂面を崩し、眩しげに瞳を細めて、


(……魔物になってようやく夢が叶うとはな)

 

 その数奇な人生に想いを馳せながら、優し気に笑みを浮かべた。


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