第57話



 指揮官級の上位アンデッド二体が戦場から姿を消したため、残った下位アンデッド達はカルランの騎士たちが力を合わせて殲滅した。


 サフィア姫の生還と謎の深紅の騎士の強さに歓喜したり驚いたりと各々戸惑いながら、傷ついた四英傑を優先的に怪我人に治療が施された。


 残念ながら間に合わなかった者も多い。

 領主だったフィーベル伯爵を筆頭とした多くの騎士が亡くなった。


「……フィーベル伯爵。最期までよく王国のために戦ってくれました」


 サフィア姫は倒れ伏している伯爵の側で膝を地面に着く。

 そして彼の開かれたままになっている両目をそっと閉じた。


 彼の身体に手を添え、祈りを捧げる。


 伯爵の遺体を丁重に運ぶように騎士たちに指示を出した後、


「……ひ、姫、殿下……」


 声の方を振り返ると、聖光神に仕える神官服を着た僧侶プリースト達に左右の肩を抱えられながら、勇者フレンが複雑そうな表情を浮かべていた。


 胸元は血で染まっているが、既に傷は治っているようだ。だが、僧侶プリースト職技能クラス・スキルでは流れ出た血までは戻らない。


「レイフォース卿……」


「……無事で本当に良かったです。すぐに助けに行けなかった事をどうかお許しください。貴方様を忘れた事は片時もなかった。このカルランへの援軍を率いる指揮官を誰にするかで揉めている王国上層部を見て、聖騎士団長も僕も……先行してここへとやってきた甲斐がありました」


「……そう、ですか。良い判断でした。二人が来てくれなかったら城塞都市は今頃陥落していたでしょう」


 王族としてフレンを労わるように見つめるサフィア姫。


「レイフォース卿。まずは傷ついたその身体をゆっくり癒してください。話はその後で」


 しかし金髪の勇者は首を左右に振りながら唇を噛みしめ、


「一つ尋ねてもよろしいでしょうか」


 サフィア姫は何を質問されるのか薄々察しがついた。


「……あの深紅の騎士は……何者なのですか?」


 フレンのその問いに、治療をしていた僧侶や怪我人を運ぶ騎士や民兵たちの視線が集中した。


 誰もが気になっていたが、矢継ぎ早に指示を出すサフィア姫の雰囲気に当てられ誰も聞けなかった事だった。  


 各々作業を止め、聞き耳を立てる。


「……えっと」


吸血鬼ヴァンパイアだと……ヴラドは言っていましたね」


「彼は人族です。正体については……ごめんなさい。控えさせていただきます。一つ言える事は、囚われていた私を救出してくれたのは彼だという事です」


 アシルの正体に関しては伏せるという結論で二人の間で取り決めた。


 アシルが吸血鬼だと知られたら混乱が起きるのは間違いない。


 いくらサフィア姫が王族として危険な存在ではないと断言しようとも、その吸血鬼とフレンは今まさに殺しあっていたのだ。


 ましてや彼は親友をヴラドに殺されている。


「グランツは……生きていた可能性がありました」


「……はい?」


「あの深紅の騎士は戻ってきますか?」


「……それは……勿論――」


「ではすぐに姫殿下は都市内部に」


 不穏な空気が流れる。


「……どうするつもりですか」


「……貴方様は信頼しているようですが、彼はグランツを殺しました。王国の四英傑を躊躇もなく殺したのです」


「待ってください、私たちは大戦士の身体を屍霊四将の一体であるヴラドが乗っ取っている事を事前に知っていました。だから彼は致し方なく――」


「それでも……あの状態でもグランツが生きていた可能性がないとは言い切れないでしょう」


「……それは……しかしあの状況でヴラドを野放しにしておく事は極めて危険でした。私の指示の元、彼はヴラドを討ちました。恨むなら私を恨んで頂いて結構です」


「どうしてそこまで庇うのです……」


 フレンは俯き、苦し気に顔をしかめた。


「何故……何故ですか……貴方を助けるのは僕の役目だったのに……カルランを救うのは僕だったはずなのに……」


「え……?」


 ぶつぶつとごく小さな声で呟かれたため、聞き取れなかったサフィア姫。


「フレン、見苦しいぞ。今は姫殿下の言う事に従っておけ」


 その凛々しい声音にサフィア姫が視線を横に逸らす。

 すると騎士たちの介助の手を突っぱね、聖騎士団長アリーチェが仏頂面でサフィア姫を見据えていた。


 何か言いたい事があると顔に書いてある。


 サフィア姫は無言で手に掻いた汗をぬぐった。


「アリーチェ殿……」


「まずはゆっくり休め、あの深紅の騎士が危険な存在かそうでないかは私が確かめておく」


「……分かりました」


 父を失って尚、冷静さを失わない聖騎士の姿にフレンは力なく頷きを返した。

 神官に肩を支えられ、去っていく勇者の後ろ姿を見送った後、


「……アリーチェ、今回の事は……」


「父の事なら……私は整理がついています。あの人は自ら死を選びました。状況を思うと、私でも同じ選択をしたかもしれないと、冷静になってそう思いました」


「……」


「それよりも姫様、無事な姿を見れて私は心から嬉しく思います。さ、後の事は私に任せて――」


「何を言って……貴方が一番重症でしょう」


「何かをしていないと……落ち着かないのです」


 痛ましそうに眉根を寄せるサフィア姫のその視線を嫌うように、アリーチェは背を向けた。


「……時に姫様。随分とあの騎士と仲が良さそうでしたな」


「……え?」


「それと……私はあの者の剣筋を見た覚えがあります」


「……ッ」


「あとでゆっくり話をしましょう。それでは失礼します」


 サフィア姫は頬を引きつらせて白銀の鎧を纏った長身の女騎士の背を見つめた。


「……そういえばアシル……アリーチェとお酒を飲む仲だったな……」


 彼女まで勇者フレンのようにアシルを危険視する事がなければ良いが。

 サフィア姫は胸騒ぎがする胸元を静かに抑え、深紅の騎士の帰還を待った。


 

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