第56話



 ロイとの思い出は多い。


 一緒に凶悪な殺人鬼を捕まえた事。

 好きな英雄の話題で、子供のように盛り上がった事もある。


(……ロイ)


 逃げ出した漆黒の骸骨戦士はすぐに見つかった。

 

 右手と左足が融解しているため、早々に距離をとることは不可能だったらしい。


 地べたを這いずりながら進むかつての親友を前に、アシルは再び吸命剣を抜いた。


「やめろ! 来るなッ、ようやく力を手に入れたんだぞ! 俺はこんな所で終わりたくねぇ!」


「……」


 アシルは無言のまま歩を進めた。


「人だった頃とはちげえ……俺は限界がなくなったんだ! 上を目指せる、ただの兵士だった惨めでちっぽげな自分からようやく、ようやく変われたんだ!」


 骸骨の眼窩に浮かぶ赤い光が強く輝く。

 表情からは何も感じ取れないが、その言葉や態度から痛いほど感情が伝わってきた。


「それなのにまた……また俺は何者でもない存在として誰の記憶にも残らず死ぬのか?」


「……ロイ」


 彼と自分はよく似ている。二人とも聖騎士に……英雄になりたかった。


「見逃してくれッ、頼む! お前はあの時玉座の間にいた屍鬼グールだろ? 魔王軍の仲間を何故殺そうとしてやがる⁉︎」


「……俺だって見逃したい」


 アシルは兜の下で両目を強く閉じた。


「じゃあ見逃せよ!」


「……だが、見たんだ。見てしまった」


 フィーベル伯爵の死に様が脳裏に浮かぶ。

 その他にも多くのカルランを守るために志願した民兵や騎士達の死体があった。


 魂が変異して、アンデッドになっている以上彼は人族の敵にしかならない。


「ロイ、少なくとも俺は忘れない」


「や、やめろッ、来るな! せ、せめて俺の身体が治ってからにしろよ! 卑怯だぞクソが!」


「……それを言うなら不意打ちをくらった聖騎士団長と戦ったお前だって卑怯だろう」


 もしアシルが間に合わなかったらアリーチェは殺されていた。


「……もうお前は俺の知ってる親友じゃない」


 アシルは天秤にかけて、そして選択した。

 友情よりも、彼を生かした時に未来で犠牲になるだろう人族の命を。


「ま、待て……待ってくれ!」


「……済まない、ロイ」


 無心で剣を振るう。


 結果、ロイの身体は縦に割れ、眼窩に浮かぶ光が明滅しながら消えていく。


 光の粒子がアシルの身体に流れ込んできた。


 ロイの存在力のおかげで、また複数レベルが上がった事を自覚する。


 腕を力なく下ろして、ぼんやりとその光の粒子を眺めていると。


 ふと沸いた疑念に、アシルは城塞都市の方を振り返る。


(……そういえばヴラドを倒したのに……存在力が入って来なかった……)


 ステータスを確認して、アシルはその違和感が正しかった事を確かめる。


 まだ倒しきっていないのではないか。


 だとするとヴラドの能力の特性上、誰かの身体に潜んでいる可能性が高い。


(……まずは姫様にこの事を伝えなければ)


 ヴラドが乗っ取るとしたら、戦っていた勇者フレンか背中に傷を負わせた聖騎士団長アリーチェのどちらか。


 どちらにしろ厄介な事この上ない。


「クソッ……」


 身体に纏っていた深紅の鎧が血に戻り、地面にばしゃりと落ちた。


 アシルは自らの喉を押さえる。


 伴侶血装ブライド・ブラッドは強力だが、血を代償とするためすぐ飢餓感に襲われるのが難点か。


 ヘレナの力は彼女の血を吸わない限りもう使えない。


「……後で必ず墓を造りに来るから」


 ぽつりと呟き、アシルは気怠い感覚を我慢しながら城塞都市へと帰路に着いた。



 


 


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