第55話



 城塞都市カルランは陥落一歩手前の状況だった。


 到着して早々にアシルは固有技能オリジン・スキル伴侶血装ブライド・ブラッドの使用を決断した。


 この能力は血を代償として発動する。


 効果はアシルが吸った血液の持ち主が持つ職能クラス固有技能オリジン・スキルを一時的に借り受けられるという破格の力。


 今回はヘレナ・ホワイトヴェールの血を代償として発動した。


 彼女の職能クラスはああ見えてタンク職である重騎士ヘビィナイト

 そして固有技能オリジン・スキルは一族特有の聖域結界ホワイトヴェール


 発動と同時にアシルの姿が激変した。

 身体から血が抜け出たかと思うと、その血が深紅の鎧へと変化する。


(ヘレナの力は……なるほど、より守備力が上がった守りの形態か)


 使えるようになった聖域結界ホワイトヴェールで都市と聖騎士団長、そして勇者を守ってから、アシルはサフィア姫を背後に庇い、周囲の状況を軽く見渡す。


 白銀の鎧に身を包んだ女騎士は血だまりに倒れ伏しているが、まだ息はある。


 勇者も重傷だが、意識はあるようで結界の内側でサフィア姫の姿に目を大きく見開いていた。


 肝心の城塞都市は側防塔の一角が崩れているが、まだ都市内部にはアンデッド達は侵入できていない。


 だが、全てに置いて間に合ったわけではない。


 元聖騎士団長のフィーベル伯爵は首から血を流して倒れこんでいる。

 アシルは深紅の兜の下で唇を噛んだ。


「――どういう事だ、お前は何者なのだッ、どうして聖剣の巫女と共にいる……ホワイトヴェール家の者か?」


 目の前には黒鉄の全身鎧に身を包んだ大男がいる。

 大戦士グランツの姿でありながら、血濡れの勇者に止めを刺そうと戦斧を握っている。


(……問題はヴラドだけか)


 上位アンデッドである骸鎧超戦士デス・ウォリアーと化したロイもこの場にいる。


 しかし禍々しい黒の外骨格の大半が溶けていた。

 ほぼ聖騎士団長と相打ちのような状態だ。


 とりあえずアシルはヴラドのステータスを覗く。



名前 ヴラド

種族:吸血鬼ヴァンパイア・貴種(男爵級)

Lv76

体力:A

攻撃:S(大戦斧装備時+SS)

守備:S

敏捷:A

魔力:S

魔攻:B

魔防:B

固有技能オリジン・スキル

血操奪体パラサイト・ブラッド

魔物技能モンスター・スキル

・暗黒闘気

・眷属召喚

・鬼血の呪い

・超速再生




 魔物技能モンスター・スキルは全てレドブランカと同じだ。

 加えて大戦士グランツの身体だからか、物理の方が秀でている。

 

「……聞いているのだ、 お前は何者なのだと……いや、この匂い。血の匂いだ。貴様、吸血鬼ヴァンパイアか?」


「……質問に答える義務はないだろう。悪いが、すぐ終わらせる」


「馬鹿が。勇者でさえこの様なのだ。お前如きに何ができる」


 アシルは腰に差していた吸命剣パンドラの柄を握り、勢いよく抜き放った。

 刀身に浮き出た血管のような無数の赤い管がドクンと震える。


 寿命が吸い取られるが、吸血鬼には寿命自体がない。だからいつだって限界まで攻撃力を高められる。


「終わるのはお前の方だッ」


 暗黒闘気を全開にして戦斧で斬りかかってくるヴラド。

 それをアシルは微動だにせず眺める。


「ははッ、我のスピードについてこれんかッ!」


 全くの的外れな言葉。

 戦斧はアシルの胸元に振り下ろされたが、ばちっと勢いよく火花が散って逆に弾かれる。


「何⁉」


 アシルの身体は全くの無傷だった。


「<聖域結界ホワイトヴェール>」


 よく見るとアシルの身体は極薄い光の膜に包まれていた。


「……何故、何故その力を使える……?」


「胴ががら空きだぞ」


 アシルは吸命剣を水平に振った。


 ヴラドの鎧、その胸元から鮮血が飛び散る。


 傍にいる勇者フレンが結界の内側で力なく何かを訴えている。

 とは言え、残念ながら戦いの最中に聞く余裕はない。


「ぐッ、クソ……だがこの程度の傷などすぐに元通りになるッ」


 超速再生。

 白煙を上げながら治っていく傷口。すぐにアシルが追撃のために踏み込むと、ヴラドは逆に大きく距離を取ろうと背後に飛ぶ。


 だが、


「……そっちは行き止まりだぞ」


「はは、何を言って――」


「結界はこういう使い方もできる」


 ヴラドは自らの背が何かにぶつかり、後ろに下がれなくなった事を自覚した。

 背後を仰ぎ見ると、光の壁が四方を取り囲んでいた。


「……」


「逃げ場はない。もう俺と戦うしかない」


「ふ、ふざけるな……お前は下位吸血鬼だろう?」


「だからどうした」


「貴種の吸血鬼である我に、敵うわけがないのだ……あり得ない、種族の差は絶対なのだ!」


「……そう思うならまた試してみれば良い。だが、次は俺から行く」


 アシルは視界の端で逃げ出した骸鎧超戦士デス・ウォリアーの姿を横目に見ながら、早々に決着を付ける為に職技能クラス・スキルを発動させる。


「<闘気斬・重衝>」


 アシルはパンドラの刀身を左手でなぞっていく。

 ぶわりと赤いエフェクト光がパンドラの刀身を包む。


 その闘気量は今まで纏っていたそれと一線を画する。


 「……クソッ、クソがッ! 我は、我は死なんぞッ。良いだろう、今回は負けだ……しかしお前が何者なのかをじっく見極め、次こそは、次こそは必ず――」


 その圧倒的な光を見て気が触れたのだろうか。

 ぶつぶつと何やら呟いている屍霊四将に向けて、アシルはその必殺を開放した。


 大上段からパンドラを振り下ろす。

 その瞬間、剣から伸びた赤い闘気の激流がビーム状に伸びてヴラドの身体を飲み込んだ。


 塵一つ残らず、悲鳴を上げる暇もなく大戦士の身体を乗っ取っていた吸血鬼は死んだ。


 轟音と土煙が晴れ、呆気に取られているカルランの騎士たち、呆然とした表情の勇者フレン。かすかに目を見開いてこちらを見つめる聖騎士団長アリーチェを他所に、アシルは無言のままパンドラを鞘に納めた。


 サフィア姫と最後に視線を合わせ、頷き合う。


 アシルは逃げ出したロイの背を静かに追い始めた。


 

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