第54話



 フレンの剣に迷いが生じた事に兜の下でグランツ――いや、ヴラドは笑みを浮かべた。


 その金の炎を纏った一刀によって、かつてのヴラドは殺された。

 だが、彼は戦いの最中に必ずスペアを用意する。


 大戦士グランツは四英傑の中で壁役タンクとしての役目を一身に引き受けていた。


 だからこそその身体に傷を与え、血を送り込む事は造作もなかった。


『……フレン、まだ俺は生きている……殺さないでくれッ、見逃してくれッ』


 グランツの声音でヴラドが訴えかける。


 フレンは苦悩が滲むように顔をしかめ、剣を持つ手を震わせた。勢いを失った斬撃をヴラドはグランツの愛武器である『重戦斧ヘルグラヴィ』で跳ねのける。


「……くっ」


『頼むフレンッ、俺はまだ死にたくないんだ!』


「その声を……やめろ、ヴラド!」


 そんな情けない事はグランツは言わない。


 しかしフレンは幾度もの打ち合いで気付いた。

 声もそうだが、ヴラドが扱う斧術はどういうわけか大戦士のそれと酷似している。


(……ここで負けたら伯爵は無駄死になるッ、それだけはダメだッ! でも、本当にグランツは生きてるかもしれない……ヴラドだけを滅ぼす方法は……きっと何か手があるはずッ)


 雑念が滲む思考。

 フレンは一瞬だけ目を閉じた。一秒にも満たない僅かな時間。


 それは戦いに集中するための時間だ。


 再び目を開けた時には目前に迫った戦斧を長剣で強引に弾き、ヴラドの懐に入り込む。


(とりあえずあれこれ考えるのは動けなくしてからだ!)


 まずは足を断つ。眦を決したフレンが肉薄するが、


『……やめろ来るなッ。俺はヴラドじゃない。お前の親友だ、フレン』


「……!」


 身体が完全に泳いでいる状態のヴラドに、フレンが水平に剣を振るうその間際、再び親友の声で語りかけられる。


 己の意思に反して手が止まってしまう。


 フレンの脳裏にグランツとの思い出がよぎる。


 共に王国を守ると約束した幼少期。背中合わせで戦った日々。

 グランツは親友であると同時に、フレンにとっては彼がゼノン以上に兄のような存在だった。

 

「――その様ではお前は我に勝てんよ、勇者」


 その隙を狙っていたヴラドは精神的に未熟な年若い勇者を内心嘲笑った。


 『重戦斧ヘルグラヴィ』は魔力を込めると重量が変化する武具だ。

 本来の主であるグランツ以上に多い吸血鬼の貴種の魔力を与えられた戦斧が振り下ろされる。


 フレンは間一髪長剣を己の頭上に掲げて受け止めた。

 しかし戦斧の刃が徐々に食い込み、長剣に罅が入り始める。


 更に凄まじい重量に足が地面にめり込み、感じる重さに思わず膝が折れそうになる。


「ぐッ」


「……フレン、お前が相手をしているのは大戦士ではないとまだ分からないか。上位アンデッド屈指の力を持つ吸血鬼ヴァンパイアなのだと」


 ヴラドが纏う大戦士の鎧、その関節部から黒い瘴気が噴出した。

 暗黒闘気。

 

 それは一段階、身体能力を上げる魔物の力。戦斧にかけられた力が著しく上がる。


「……⁉」


 瞬間、フレンの目の前で圧に耐え切れなくなった長剣の刃が音を立てて砕け散った。

 振り下ろされる親友の斧。


「――<金陽炎サン・フレイム>!」


 無手になったフレンは咄嗟の判断で自らの固有技能オリジン・スキルを目の前の吸血鬼に放つ。


 親友の身体を燃やし尽くさないよう加減して放たれた炎。

 軌道は辛うじて致命傷から避ける事ができたが、手加減した分、己の身を守り切る事はできない。


「がはッ」


 辺りから口々に悲鳴が轟く。


 鮮血が宙を舞った。


「「フレン様⁉」」


 金炎を切り裂いて振り下ろされたその斬撃をフレンは肩に受けた。勇者が膝から崩れ落ちる様に誰もが絶望した。


「――スペアを用意したが、必要なかったな。王国の英雄、これで二人始末できる」


 戦斧を肩に担いだヴラドが左に首を傾ける。


 倒れこんだフレンは血反吐を吐きながらかすかに目を開き、ヴラドの視線を追う。

 

(聖騎士……団長……)

 

 流石に不意打ちが効いていたのだろう。骸鎧超戦士デス・ウォリアーの身体の大半を融解させつつも、背中の傷から流れ出た血が勝敗を左右した。


「は、ははッ、俺の……俺の勝ちだ……」


 青白い顔でアリーチェは血だまりに倒れ伏している。

 その彼女を見下ろした骸鎧超戦士デス・ウォリアーが足先を剣に変化させて止めを刺そうとしていた。


 残ったアンデッドの群れは依然として城塞都市の崩れた側防塔目掛けて進み、カルランの騎士たちはその対処で手一杯。


 ヴラドは周りの状況を満足げに眺めながら倒れ伏した勇者に視線を止める。


「魔王様……ご覧ください。我が勇者を討ち果たしました……王国を滅ぼす上で最大の障害だった勇者を我が殺したのです」


 笑いながらヴラドが無造作に戦斧を振り下ろした。

 その寸前、


「――<伴侶血装ブライド・ブラッド・ホワイトヴェール>」

  

 王都を守っていた光の結界がアリーチェとフレンの身体を半円球上に包み、更に城塞都市カルランを丸ごと包み込む。


「これはホワイトヴェール家の……」


「なんだ⁉」


 当然、ヴラドは困惑した。

 戦斧の刃は完全に結界に阻まれ、微塵も動かない。


「――間に合ったね」


「ええ、間一髪でした」


 その背後から聞こえた声音にヴラドは勢いよく振り返る。

 同時にカルランの騎士たちから歓声と驚愕の声が大空に打ちあがった。


「……ひ、姫殿下⁉」


「見間違い……ではないぞ!」


(姫……馬鹿なッ、聖剣の巫女だと⁉ エルハイドは何をやって――)


 桜色の髪の可愛らしい姫君をゆっくりと地面に下し、腰に禍々しい黒の長剣を差した深紅の鎧を纏った騎士が屍霊四将ヴラドと対峙した。



 

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