第53話

 


 カルランの戦況は短い時間で二転三転していた。


 援軍として駆けつけた賢者以外の王国四英傑。一時はこのまま魔王軍を一掃する勢いだった。


 しかし突然の大戦士グランツの凶行によって一気に魔王軍側に勝機は傾いてしまった。


 勇者フレンは長剣の柄を痛い程握りしめた。


 骸鎧超戦士デス・ウォリアーは胸元から血を流したフィーベル伯爵の首元に剣に変化させた腕を添えている。  


 そしてかつての親友の姿を借りた化け物は今、聖騎士団長アリーチェの背を踏み付けている。


「……どうした、勇者。この女の命がおしくないのか?」


「……ふざけるなよ。できるわけがないだろうッ」


 フレンは声を荒げながらグランツを睨んだ。


「フ、フレン様っ、一体何がどうなって……」


「グランツ様はどうされたのですか⁉︎」


「……王都が滅んだのは全てフレン様の兄君の仕業というのは……」

 

 フレンは背後に庇うカルランの騎士たちの様子を見て唇を噛んだ。


 王国四英傑のリーダーであり、四侯聖家の一角であるレイフォース侯爵家次期当主であるフレン。


 その兄、ゼノンが裏切り魔王軍に加担した事は王国四英傑と四侯聖家、そして一部の聖騎士のみが知る機密事項だった。


 勇者の実の兄が裏切った結果、王都が滅ぼされたなどという事実は致命的な醜聞だ。


 ほとんどの王族と多くの宮廷貴族、そして王都に住んでいた民。


 数えきれない程の人間を死に追いやったその責任はレイフォース家に向けられる事になる。

 しかし今は責任の所在を追及している場合ではない。


 レイフォース家――フレンの力なくして王都奪還、ひいてはサフィア姫の救出はなせない、そう残った四侯聖家は判断した。


 フレンを守るためにも情報統制を強いていたわけだが。


 フレンとしては後悔しかなかった。


(……兄上、貴方の苦悩を僕は知っていたのに……もっと話をすべきだった。嫌われても遠ざけられても、ちゃんと向き合うべきだった……)


 全てが遅かった。


「……フレンッ、何を惑っている!」


 そんな折、聖騎士団長アリーチェが斬られた背中の傷口を踏まれ、うつ伏せの体勢のまま激痛に表情を歪めつつも叫んだ。


「ふっ、黙るがいい、アリーチェ。お前は今、ただの人質なのだ!」


 更に体重をかけるグランツ。

 アリーチェの鎧の隙間から血が吹き出した。

 

 彼女の押し殺すような悲鳴が響き渡り、フィーベル伯爵がたまらず助けようとするが、


「父様は……動かない方がいいッ、この、程度の痛みで、動けなくなる程柔な鍛え方はしてしていない!」


「な⁉︎」


 激痛に苛まれながらアリーチェは星宝剣を逆手に持ってそのまま自らの背にあるグランツの右足を刺し貫いた。


 常人なら指一本たりとも動かせない痛みのはずが、


「我慢できない程ではない!」


 しかしグランツは兜の下で笑みを浮かべた。

 右足から吹き出した真っ赤な血がアリーチェの身体にかかる。


 彼女の傷口に自らの血が入り込んだ事に内心満足しながら、痛みに身体が仰け反る演技をする。


 王国の面々、皆が今だと勝機を見つけた瞬間、ロイが哄笑をあげながら、


「忘れてねえか? 人質は一人じゃねえ。このおっさんがどうなってもいいのか?」


 フィーベル伯爵の首に剣化した腕を食い込ませるが、かつての英雄は覚悟を決めた表情で自ら首を剣に押し込んだ。


 誰もが目を疑った。


「これで……人質としての……価値などなくなった……」


「父様ッ」


「伯爵!」


 勇者フレンは目を剥いて駆け出した。

 聖騎士団長アリーチェは血に濡れた体を震わせて立ち上がった。


 自分が足を引っ張るのは許せなかったのだろう。


 だがとアリーチェは悲しむより先に怒りを抱いた。

 残された母の事を少しは考えて欲しいと。


 フレンは長剣に黄金の炎を纏わせる。


 彼の覚悟を絶対に無駄にしないと決めながら。


「ははっ、甘く見るなよ? お前は聖騎士団長を抑えろ」


 グランツは短くロイに命令を下す。


「決して殺すなよ」


「は?」


 戸惑いながらもロイは星宝剣による一刀を躱し、聖騎士団長と斬り結ぶ。


「――お前を討つッ、ヴラド!」


「……いいのか、勇者よ。まだグランツは生きているぞ?」


 斧と剣で鍔迫り合いを演じる黒騎士と、金髪の勇者。

 

 だが数百年の時を生きる貴種の吸血鬼の方が駆け引きは上だった。


「我を殺せばグランツも死ぬ。お前に親友が殺せるのか?」


「……!」


 フレンの瞳が揺れた。


 ヴラドの能力によってグランツは既に死んでいる。

 だが、フレンはその事実を知るすべを持たない。

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