第52話



「――ト言ウノガ城塞都市ノ現状デス」


 身体能力を大分取り戻したアシルはサフィア姫を横抱きにしながらカルランに向かう道中、空から降りてきた巨大蝙蝠、上位吸血蝙蝠グレーター・ブラッドバッドから報告を受けた。


 体長は二メートル近い巨体を誇るそのレドブランカの眷属を名乗る巨大蝙蝠の特徴は何といっても言葉を操る事だ。


 吸血鬼ヴァンパイアの貴種だけあって、従えている眷属は吸血蝙蝠ブラッドバッドの上位種らしい。


 ステータスを視ると目の前の個体は敏捷がBで、それ以外は大体CやDだった。


 中位アンデッド級の実力である。


「大分ヤバいじゃないかッ」

 

 報告を受けたアシルはその空を飛ぶ蝙蝠と並走しながら再び包帯でぐるぐる巻きに覆い隠した素顔を歪めた。

 彼の首に腕を回し、抱き着く恰好でお姫様抱っこされているサフィア姫が余裕のない表情でアシルを見上げる。


「……どうにかレイフォース卿が時間を稼いでくれればね……」


「信じるしかありません、王国の英雄達を」


「……アシル、もし戦うとなったら屍霊四将に勝てそう?」


「……分かりません。ただ屍の魔王を除けば最強なのはエルハイド――滅びた王都を支配していた首なし黒騎士デュラハンだとノルは言っていました」


 現状、例え本調子じゃなくても新たに得た固有技能オリジン・スキルを使えば少なくともエルハイドと互角以上に戦えるとアシルは考えていた。


 つまりエルハイドより実力が劣るヴラドとは戦えば勝てる可能性が高い。


 ただエルハイド以上に能力が厄介なのはヴラドだ。


「待って、その名前……王国の勇者の……」


 サフィア姫もエルハイドの名を聞いて引っかかるものを感じたらしい。


「……ええ。どういうわけか、恐らく百年前の勇者本人かと」


「……そんな……雷剣の勇者……アシルも好きだったよね?」


「……物語を読めば自然と憧れはします。幼い頃の話ですが」


 アシルは空を飛び続ける巨大な蝙蝠に視線を向ける。


「――それで肝心のエルハイドはどこにいるんだ?」


「城塞都市ニ向カウ途中デシタ。部下デアル古種竜牙兵エルダー・スパルトイヲ引キ連レテ」


「……竜牙兵スパルトイ、デイドラか。進化したのか……」


首なし黒騎士デュラハンモ進化シタヨウデス。デスガ、二体共主人ガ食イ止メテイマス」


「……レドブランカが?」


 アシルは戦慄した。


 少なくともエルハイドが進化を果たして一回り強くなったのだとしたら現状負ける可能性が高い。

 太陽が沈めばまだ可能性はあるが、それにしたって進化したデイドラと二対一で戦うとなると厳しい。


(……アイツ俺より強いんじゃないだろうか……)


 確かに血の魔王軍元大幹部であるレドブランカと屍の魔王軍大幹部のエルハイドは同格だが、それにしたって凄まじい。


「――主人トシテハ此方ハ任セテ欲シイト」


「……凄い奴だな……」


「……誰?」


 サフィア姫には紹介がまだだったとアシルは自身の眷属になったとある吸血鬼の事を伝えた。


 


 



*   *   *





 首なし黒将軍デュラハン・ジェネラルへと進化を果たしたエルハイド。


 そして蒼い炎を纏い、身体から突起がいくつも伸びた骸骨兵――古種竜牙兵エルダー・スパルトイのデイドラは王都を発ってすぐに発生した濃霧の中にいた。


 その霧によって太陽の光さえ遮られ、方向感覚が掴めなくなった。

 もはやどこを歩いているのかも分からない。


「どう考えても、自然のものではありませんね」


 双剣を抜き放ったデイドラが身体に纏う蒼い炎を激しく燃え上がらせた。


 突如として周辺一帯を包み込んだ霧。

 それも目の前の物の形さえ判別がつかない程の濃霧である。


『この力……まさか……』


 より黒の鎧が禍々しくなったエルハイドが続ける。


『……私が人だった頃、古い文献で見た記憶がある。血の魔王の配下だった伝説的な四体の吸血鬼たち。そのうちの一体が確か身体を霧に変える能力を持っていた……』


「……馬鹿なッ、血の魔王は我らが魔王様が生まれる以前に既に滅びています。その配下達も当然皆――」


『生き残っていても不思議ではない。何せ吸血鬼の再生力は異常だ』


 エルハイドは現状を打破する為に自らの愛武器を召喚した。


『<奈落剣召喚サモン・アビスブレイド>』


 現れたのは鍔の部分に黒い宝石が嵌った美しい装飾の長剣だ。


 その剣の造形はエルシュタイン王家の巫女が代々継承する聖剣と異常に似通っていた。


 聖剣は鍔の部分に青い宝石が嵌っており、聖なる力を纏っているのに対してエルハイドが召喚したのは闇の力を纏っている。


『霧を晴らすには風がいるな』


 エルハイドがその剣――奈落剣を大上段から全力で振り下ろした。


 まず大地がひび割れ、音を置き去りにしたままその斬撃は遠い場所に生えていた木々や花々を跡形もなく消し飛ばした。


 同時にその風圧で一気に霧が吹き飛ばされる。ただ何か実体を斬った感触は得られない。


『だが、これを続ければ良い』


「流石はエルハイド様」


『デイドラ、お前も身体の炎をもっと高めるのだ。お前は気温を上げて霧を晴らせ』


「お任せください」


 例え実体を捉えられなくとも、霧が晴れれば視界は明瞭になる。


 この霧を操る者の狙いは明白だ。


 エルハイドとデイドラ、二体の足止め。であれば無視してカルランに向かえば相手は絶対に姿を現す。

 

(最初から正体を現さないのは私が相手では勝てないからだろう)


「――などと思っているなら間違いですよ」


 風で吹き飛ばされた霧が再び辺りを覆い始めた。


 その霧から声がする。


 同時に濃霧の中でもはっきりと分かる紅き魔法陣がエルハイドとデイドラの四方に展開された。


 その数は優に


 次々とその魔法陣から巨大な蝙蝠が空へと舞い上がった。


「吸血鬼の眷属……吸血蝙蝠ブラッドバッド……」


『いや、それにしては大きい。恐らくは上位種か』


 甲高い鳴き声を一斉に上げながら、霧に紛れて蝙蝠たちが襲い掛かってくる。彼らは超音波によって味方の位置を完璧に把握しているのか、連携が凄まじく高度で洗練されている。


(やはり相手は『霧のレドブランカ』か……!)


 エルハイドの予想通りの相手ではあるが、何故血の魔王の配下が目の前に立ち塞がるのか。


(聖剣を回収しなければ……魔王様に始末されるのは私だというのに……!)


『邪魔をするなッ』


 苛立ちと疑問を抱きながら、エルハイドの身体から暗黒闘気が物凄い勢いで吹き出される。

 彼は手始めに紅い爪を振り乱して襲い掛かって来た巨大蝙蝠の一匹を両断した。

 

 


 


 

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