第51話



 土煙と怒号、そして悲鳴が戦場を支配する。


 城塞都市カルラン、陥落の危機だった。

 八角形状に築かれた城壁。

  

 その石造りの壁の各所にある半円形状の塔――側防塔の一つが崩壊していた。


 アンデッドの群れが次々と雪崩れ込む。


 滅びた王都を彷彿とさせる光景。

 カルラン駐屯軍は必死に都市内部には入れさせまいと亡者達を魔法で、剣で、槍で、弓で撃退していく。


 個々の質では騎士達は下位アンデッドらに余裕で勝っている。


 だがどうしても数日間戦い続けているだけあって疲労は取れない。集中力も散漫になり始めた。


 対して怯まず、休まず、恐怖の感情すらない無数のアンデッド達。


 彼らの勢いに次第に戦線が押されていく。


「エリオット様ッ」


「……このままではッ!」


 騎士達が苦悶の声を上げながら自らの主人の名を呼ぶ。


 頼みの綱のエリオット・フィーベル伯爵は折れた剣を支えにして、残念ながら片膝を地面に着けていた。


 彼の目の前には側防塔を拳の一発で粉砕した上位アンデッドがいる。

 

 数刻前は四本腕を持つ黒色の骸骨――闇骸戦士デス・ファイターだったが、今では進化を果たして骸鎧超戦士デス・ウォリアーとなってから形勢が完全に逆転した。


「流石にぶっ通しで戦い続けたら魔力も尽きるわな。職技能クラス・スキルが使えねえならもう俺には勝てねえぞ」


「……」


 腕は二本に戻り、体格は変わらない。

 だが姿形は大きく変わった。


 まず鎧のような外骨格を纏っている。

 肉や皮が一切ついていない骨人スケルトン種の見た目。そこは今までと同じだが、その黒光りする外骨格をフィーベル伯爵は鋭く睨んだ。


 骸鎧超戦士デス・ウォリアーとなったその身体と特異個体ユニーク・モンスターの証である固有技能オリジン・スキルの金属化を併用させると、相手は驚くほど高い守備力を発揮する。


(……魔法には弱そうだが、生憎私は物理技しか使えん)


 フィーベル伯爵は折れた剣を捨て、無手の状態ながら居合の構えをとる。


「<闘鬼剣>」


 もはや魔力は尽きた。   


 それでも職技能クラス・スキルを発動するとどうなるのか。

 

 違うもので代替えするのだ。


 それは命そのもの――すなわち体力で。


「……カルランを落とされるわけにはいかん。この命を燃やし尽くしてでもお前を倒す!」


 命を闘気に変換し、それを長剣の形に維持する。


 だが代償は大きく見る見るうちに伯爵の身体が痩せ細っていく。


「良い覚悟だ……だが果たして俺に効くかな?」

 

 ロイの身体と一体になった外骨格が更なる硬さを得るべく銀の光を帯びる。  


「なら受けてみるがいい」


 達人の一刀。


 そう表現するのが正しい一太刀だったが、ロイの腕が剣に変化して難なくその紅き刃を受け止めた。


「――進化して、より能力の幅が広がったようだぜ。身体を金属に変化させられるだけじゃねぇ、己の身体を武器そのものの形に変える事も覚えたわけだ」


 自分で言って感心しながらロイは自らの外骨格から無数の剣を突き出す。


 予想外だったのか避けきれずフィーベル伯爵の胸元が血に染まる。


 騎士たちから悲鳴が上がった。民兵たちは絶望した。


 フィーベル伯爵が負ければ全てが終わりだ。


「――まだだッ、後少し、後少しで娘が来るんだ、剣の師として、親として。情けないところは見せられんッ!」


 胸部に刃が刺さりながらも、フィーベル伯爵は外骨格の隙間に闘気の刃を突き入れた。


 しかし、


「英雄さえ今の俺には勝てねえか」


 全身、銀に染まった骸鎧超戦士デス・ウォリアーの身体に闘気剣は阻まれる。


「あれだけ……あれだけ焦がれた存在が

……魔物になって正解だった。終わりだな」


 眼窩にある紅い光が揺れ動く。


 ロイの腕が剣に変わった。

 無情にも手刀がフィーベル伯爵の首に振り下ろされる。

 

 だが、


「……代わります、父様」


 その声が聞こえてから一拍遅れて、大歓声が響いた。


 伯爵への一刀を寸前で剣で受け止めたのは銀色に輝く鎧を纏った長身で美しい女性だった。


 銀青色の長い髪に切れ長の眼、そしてとんでもない美貌。


「聖騎士団長アリーチェ様だッ!」

 

 更に援軍はやってくる。


 崩壊した側防塔に雪崩れ込むアンデッド達が突如、金の炎に包まれる。


「危なかった。軍より先行して来た甲斐があったね」


 ふうと胸を撫で下ろしながら金髪碧眼で童顔の少年がいつの間にかカルラン駐屯軍の騎士たちの前に佇んでいた。


「勇者フレン様までッ!」


 そして最後。


「……」


 無言のまま降り立った黒鉄の全身鎧に身を包んだ大男の姿に誰もが喜びの声を大空に轟かせる。


「大戦士グランツ様!」


「凄い! 賢者様以外、王国四英傑様が三人も‼︎」

 

 助かったとばかりに安堵の空気が広がる。

 そんな中、聖騎士団長アリーチェだけは深刻な雰囲気を崩さない。


「この固有技能オリジン・スキル、貴様アシルの同僚だったロイか?」


「……あ? そういうてめえは誰だ」


「……アシルは……アイツもアンデッドになってしまったのか?」


「聞けよ、クソ女!」


 硬い拳の一撃をアリーチェは長剣の腹で受け止め、


「……私の職能クラスは父様と同じ剣聖だが、扱う武器が違う。この星宝剣アルテナは私に光属性の魔法効果を付与してくれるのだ」


 アリーチェが持つ長剣、その星型の鍔から伸びた銀の刀身の周囲にチカチカと光る星屑の粒子が漂い始めた。


「ぐっ⁉︎」


 ロイの金属と化した拳が融解したようにどろりと溶ける。


「終わるのは貴様の方だッ」


 アリーチェの剣が閃く。


 その寸前に、大戦士グランツは動いていた。

 彼の行動によって起こった結果に誰もが目を疑った。


「な、なぜ……!」


 アリーチェは背中に走った激痛に目を見開き、背後を振り向いた。


 寡黙な同僚は、いつだって正々堂々を好んでいた。


 堅苦しい武人という言葉がこれほど似合う存在はいない。


「グ、グランツ……?」


 勇者フレンは困惑の極地にあった。


 親友が聖騎士団長アリーチェの背を手に持つ斧で斬り裂いた瞬間を目にして。  


 血に濡れた黒の鎧を身に纏い、振り返った親友から討伐したはずの屍霊四将の声が聞こえた。


「――さぁ勇者よ。復讐の時間だ、この女と伯爵を殺されたくなければお前がカルランの雑兵供を皆殺しにするのだ」 


「……な、何を言って――」


「兄と同じ事をしろと言っているのだ。簡単だろう? こうなった全ての原因はお前たち兄弟にあるのだから」


 カルランの騎士たちや民兵にも聞こえるように、隠していた本性を露わにした屍霊四将ヴラドは兜の下で笑みを浮かべながら声を張り上げた。

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