第48話



 だが、そうなると城塞都市カルランの状況は非常にマズイと言える。


 アンデッドの軍を率いるロイやベレンジャール以上に屍霊四将ヴラドは危険な存在だ。

 カルランに援軍として到着する面々にもよるが、他の四英傑――勇者や賢者、そして聖騎士団長も来るのだとしたら最悪、王国の英雄たちが不意をついて皆殺しにされる可能性もある。


(……まず聖騎士団長は間違いなく来る……)


 フィーベル伯爵は彼女の父親なのだ。カルランが王都を取り戻す上で重要な拠点となる以上に、肉親なのだから聖騎士団長は必ず来る。

 

 アシルは個人的に親交があった凛々しい女騎士を脳裏に思い浮かべた。


「――姫様、事態は一刻を争います」


「そうだね……早々にこの情報を掴めた事は不幸中の幸いだった。今すぐカルランの領主であるフィーベル伯爵に伝えないと」


 サフィア姫が焦りを浮かべた表情で告げた。

 斬られた足を押さえながらトラシット子爵が恐怖に顔を歪めて、


「……ま、待て。もはや私はあの街には行きたくないぞッ、あそこには私を殺そうとした四本腕のアンデッドがいるのだろう?」


「……ロイの事か」


 アシルは事の次第を理解した。


 ザガンは恐らくデイドラに子爵を見逃すように伝えたが、ロイとは情報を共有していなかったのだろう。


 そもそもアシュトンの子飼い的な扱いだったロイの存在をザガンが認識していたのか怪しい。


 基本的に屍の魔王軍のアンデッド達は仲間意識は皆無だった。


「子爵、貴方はカルランに着き次第、王国法に乗っ取って刑に処します」


「なッ!? 教えれば助けると言ったではないか!?」


「貴方がやった事は重罪です。自らの過ちを悔いる気持ちはないのですか。自分の妻や娘を殺した事に罪悪感はないと?」


「……わ、私が生き延びる為には選択肢がなかったのだッ、どうすれば良かったと言うのだ!」


「少なくとも貴方がやった事は人の道から外れた明確な過ちだった。私は魔王軍に魂を売った売国奴を絶対に許しません」


 サフィア姫が決然とした態度で言い切った。

 そもそも王都が陥落したのは聖騎士であるゼノンが王国を裏切った事が全てだ。


 彼がヘレナの生家であるホワイトヴェール家の者達を殺した事で魔を阻む結界が失われ、王都にアンデッドの大群が流れ込んだ。


 結界さえあれば例え王国軍の主力がいなくても防衛は可能だったのだ。


 つまり一つの裏切りで全てが変わった。


 項垂れた子爵を他所に、サフィア姫がアシルを真剣な表情で見つめた。


「……ねえアシル。アシルが先行して全力で走ればカルランに数時間で着くよね?」


「……申し訳ありません、今は……」


 アシルは空を指差す。正しくは太陽の光を。

 異常な怠さと血への渇望。


 それは彼のステータスに如実に反映されている。


(<解析アナライズ>)



名前 アシル 

種族:下位吸血鬼レッサー・ヴァンパイア・原種

Lv22(3900/294270)

上位職能クラス剣豪ソードマスター

Lv16(17500/203785)


体力:S→C

攻撃:S→C

守備:A→C

敏捷:S→C

魔力:A→D

魔攻:S→C

魔防:A→D

固有技能オリジン・スキル

解析アナライズ

魔物技能モンスター・スキル

生気吸収ライフ・エナジー

血炎化ブラッド・フレイム

・眷属召喚

職技能クラス・スキル

・闘気斬

・闘風刃

・闘鬼剣



進化解放条件:レベル70

最上位職能クラス解放条件:レベル60



 アシュトン戦でレベルが大幅に上がったが、それを日中では全く実感できない。


「……いっぱい血を飲めば一時的にでも元気にならないかな?」


 サフィア姫が自らの首筋に手を当てながら告げた。

 シリアスな雰囲気を崩してはいないが、若干頬が赤い気がする。


「……それは……」


 やってみないと分からないが、一時的にこの渇望がマシになればある程度身体能力は回復するかもしれない。


 だが根本的な問題として、もしカルランに行ったとしてもアシルではどうにもならない。

 

「……しかし俺の話を信じる者などいるでしょうか」


 アシルは吸血鬼になってしまった。

 その時点で人族にとってどう思われるかは察しがつく。


 聖騎士団長とは顔見知りではあるが、容姿が著しく変わったアシルをアシルだと認識してはくれないだろう。


 それ以外の者達には間違いなく魔王軍の者だと思われて終わりだ。


「勿論アシル一人では行かせないよ。あたしも行く。事情の説明はあたしからフィーベル伯爵にするから」


「……つまり」


「そう、またあたしを抱えて走るの。もう慣れたもんでしょ?」


 小さく笑みを浮かべるサフィア姫にアシルは僅かに逡巡する。


 遅れて大惨事になるよりはよっぽど良いが、アシルの正体が都市内でバレたらどうなるかヒヤヒヤする。

 

 そしてもし実行するとなると、当然アシルの速度に他の面々はついてこれない。


「……ヘレナたちの事はノルに任せる事になるが……」


「……むぅ……また別行動」


 不服そうに頬を膨らませたノルに、アシルは眉根を寄せて申し訳なさそうに彼女の頭を撫でた。


「……ノル、済まない」


「……付き添うだけなら別にいいけど。アシル、条件ある」


「何だ。俺に叶えられる範囲なら何でもするが」


「……ノルの血を飲んで行って」


「……え?」


 アシルは思わず硬直する。


「この機会を利用してまた自分のを飲ませる気。そうはいかない」


 ノルがサフィア姫を指差しながらジト目を向ける。


「そ、そんな事考えてないよ⁉」


 慌てて否定するサフィア姫に、ヘレナが口を開いた。


「お待ちなさい、であればその役目はわたくしが引き受けますわ。サフィアは昨日たくさん血を飲ませているので論外として、ノルさんが吸血行為を経験するのは早いと思うのですッ」


「またその話。早いとかないし。魔力量ならノルが一番。アシルの身体能力を回復させるならノルの血を飲むしかない」


「いやあの、ここに血液がいっぱいあるんだし……」


 サフィア姫が極々小さな声で呟く。

 勿論、横転している馬車の中にある瓶詰された血液の事を言っているのだ。


 だがアシルとしてはこの血液の出所というか、経緯が分かったせいで飲む気がしない。

 

「援軍がもうカルランに到着していたら終わりですわ。大戦士の身体を乗っ取った屍霊四将が都市内で暴れているかもしれません」


 問答をしている時間がない事は確かだ。


「……こうなったら貴方が決めてください」


 ヘレナがアシルを見据える。


「え?」


「どちらの血を飲むのか。幼女の血を好む変態さんではない事を祈りますわ」


「……アシルは飲む。ノルの事大好きだから」


――どちらの血を?


 プラチナブロンドの髪を軽くウェーブした胸の大きな美しい貴族令嬢が頬を染めながらアシルを睨んでくる。


 対して視線をずらすと、もはや相棒と言っても良い銀髪ツインテールの幼女がアシルを相変わらずのトロンとした眠そうな瞳で見上げてくる。


「「どっちにするの(しますの)?」」


 迫られた二択に、アシルは内心頭を抱えながら答えを出した。

 

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