第44話
魔法陣から出てきたその男は傍目から見ると大貴族の付き人のような品の良さがある。
ただし人族ではなく、明らかに吸血鬼の特徴を持ち合わせていた。
青白い肌に鋭く尖った犬歯。
灰色の髪をオールバックに整えている男は、特徴的な糸目を見開いて硬直している。
最初に我に返ったノルがきょとんとしてアシルに尋ねた。
「――もしかしてアシルの親戚の人?」
「……いや、親戚に吸血鬼はいないな」
というかいたら問題だ。
アシルの視線は深紅に輝く魔法陣に向けられ、手は腰に差してある吸命剣パンドラの柄に伸びる。
(……なんで
魔法陣の書き方を間違えたのだろうか。
「……いや、正しく機能していますよ」
アシルの思考、もしくは表情を読み取ったのだろう。
動揺から立ち直った目の前の糸目の
「……
流暢に説明してくれるその吸血鬼の態度に毒気が抜かれる。
しかし今まで散々屍の魔王軍の面々と戦ってきた影響でどうしても警戒してしまう。
「……とは言え、魔物と言っても基本的には
「……じゃあやっぱり魔法陣の誤作動じゃないのか」
「いいえ、そうではないのです。魔法陣に捧げた血が極上である程、呼び出される眷属のランクは高まります。そしてあまり極上すぎると、私のように眷属の枠からはみ出た者が召喚されてしまうのです。貴方様が捧げた血はよほどの神性を帯びたものでした」
魔法陣に捧げた血。
確かにアシルは親指を噛み切って数滴ほど垂らした。
(まだ
アシルは昨日、サフィア姫の血を結構な量飲んだ。そして彼女の体内には聖光神から賜った聖剣が宿っている。
極上というなら、確かに彼女の血は天にも昇るくらい美味しく感じた。
つまりアシルの血ではなく、サフィア姫の血に引き寄せられて目の前の吸血鬼が召喚されたのではないか。
「ちなみにですが、原種とは言え
「……」
ぱちぱちと心からの笑顔で拍手をする吸血鬼。
自分の種族がバレている事に加え、目の前の男は
急に爵位を言われても、それがどれほどのものなのかは分からない。
何より彼の物言いはアシルの眷属になると言っているようなものだ。
アシルはノルと顔を見合わせる。
「……どう思う?」
「んー、本心で言ってるっぽい。良い奴か悪い奴かは置いておいて」
「……吸血鬼に良い奴なんているのだろうか」
「いるじゃん、目の前に」
ノルからまっすぐな視線を向けられ、アシルは照れを隠すように咳ばらいをして誤魔化した。
「信用はこれから積み上げるとして。まずはお互い、自己紹介でもいたしましょうか?」
そう言って糸目を弓なりに細める吸血鬼の男。
やはり反抗的な態度は皆無で、親しみしか感じさせない。
それでも一応アシルはノルに耳打ちした。
(返品とかできないんだろうか?)
(……ノルは聞いた事ない)
そうかと一つ頷き、アシルはため息を吐きながら剣の柄から手を離した。
「驚かせたいので、トリは私でお願いします」
お茶目にウインクしながら告げる吸血鬼。
何となく気になりつつも、では先にとノルが口を開いた。
「ノルはノル。ノル・ネクロエンド」
「……ほう、これは屍のところの。エルシュタインの旧侯爵家の姫君ですか」
「姫君……そう」
どことなく満足げに頷くノルを横目に、アシルも名乗る。
「……俺はアシル。知っての通り
「原種は本当に珍しい王の資格を持つ個体です。ですが、それにしても貴方ほどの方が肩書を何も持っておられないと?」
「……生前はエルシュタイン王国の兵士だった。それと、元ではあるが屍の魔王軍の幹部だ」
極短い時間のみだが。
「……なるほどなるほど、肩書は――いや、伝説はこれから作られるという感じですか。若くてエネルギーに満ち溢れている感じ、あの方を思い出します。良いですね」
何度も頷きながら観察するようにアシルやノルの姿を眺める吸血鬼。
「……お前の番だぞ」
「――分かりました、では名乗りましょう」
その瞬間、目の前の吸血鬼の身体が白い煙-―いや、霧となって消えていく。
アシルは思わず目を見張る。
「……こ、この力は……」
「……アシル、知ってるの?」
首を縦に振る。
アシルは人一倍英雄に憧れ、子供の頃は英雄譚を片っ端から集める程の英雄好きだった。
だからこそ分かった。
英雄譚に登場する敵役は同じ人間である事もあるが、そのほとんどが強大な力を持つ魔物だ。
英雄譚を読めば必然、伝説的な魔物の能力に詳しくなる。
周囲に拡散していた白い霧が再び集まって身体を形成する。
「……私の名は『霧のレドブランカ』。元は『血の魔王』様の腹心である四天王――その最後の生き残りです」
既に英雄によって滅ぼされた魔王、その大幹部だと吸血鬼は自らそう名乗った。
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