第43話



 王都近郊の森で一夜を過ごした一行は早々にカルランへ向けて発った。


 サフィア姫やヘレナをどうするかは、一先ずカルランの状況を見極めてからという結論となった。


 ちなみにアシルの食事問題は議論? が白熱するばかりだったので当の本人が有耶無耶にした。


 下位吸血鬼となった彼を先頭に森の中を進む。

 視界の邪魔になる枝葉を吸命剣で切り捨て、様々な物音が耳に届けば逐一確認しに行く。


 虫や野獣はアシル以外でもなんとかなるが、魔物の場合は早々に対処しなければならない。


 ノルやヘレナはともかく、地下牢に囚われていた女性たちの中には戦闘経験がない者が多い。

 

「――へぶっ」


 アシルは自らの肩の上に乗っていたノルが呻き声を上げた事に気付き、


「……どうかしたか?」


「……蜘蛛の巣に引っかかった」


 大事ではなかった事に僅かに安堵しつつ、アシルはノルの両脇を持って彼女の身体を地面に下した。

 銀髪ツインテールの幼女が相変わらずの眠そうな瞳で見上げてくる。

 

「アシル取って」


「勿論だ。気付かず済まない」


 銀色のサラサラの髪についた糸をアシルは丁寧に取り払う。

 その間、ノルはどこかご満悦そうだ。


「ふふん」


 ノルが傍にいたサフィア姫に得意げな顔を披露する。

 しかし、サフィア姫はくすりと優し気に微笑むだけで受け流した。


「あたしも取ってあげるよ、ノルちゃん。綺麗な髪が痛んだら大変だものね」


「……こ、これが大人の余裕ですわ……」


 ヘレナがほうと感嘆のため息を吐いた。

 アシルはサフィア姫の様子をじっと見つめる。


「……ん? どうかした?」


 王城では長い間アシュトンの魔法によって封印されていた影響だろうか。

 青白い顔をしているサフィア姫の姿にアシルは瞳を細める。


(いや、これは単純に……俺のせいか)


 昨日、彼女の血を吸った事が原因かもしれない。吸血される側の負担はアシルの想像より大きい可能性が高い。

 彼が気付いたと同時にヘレナも気付いた。

 

「……姫殿下、辛くはありませんか?」


「……え、大丈夫だよ、ヘレナ。あとサフィアでいいよ。普通の友人として接して欲しいな」


「……分かりましたわ、辛かったら無理しないでくださいまし」


「病人扱いしないで。皆のほうが地下牢で精神的にも肉体的にも辛い生活を強いられてきているのに頑張って歩いてる。あたしだって大丈夫だよ」


「……」


 ヘレナはアシルをジト目で見つめる。

 その意味に気付き、アシルは思わず口を開いた。


「……申し訳ありません……あの、姫様。本当に無理だけは……」


「何で謝るの。あたしは大丈夫だから」


 気丈に微笑む姫君の姿に何も言えなくなる。


「――とりあえず……森を抜けようよ」


 サフィア姫の言葉の後、するするとノルがアシルの身体によじ登って再び肩車の恰好となる。


(……ノルの身体能力は俺に次ぐんだが、まあ歩くのが面倒なのだろう)


 彼女の体重はステータスが上がったアシルにとっては紙のようなもので、特に気にせず歩き始める。


 時折サフィア姫の様子を確認しながら。


 会話もそこそこに、一行は日が暮れ始めた頃には森を抜けた。

 そして抜けた先には比較的大きめの廃村があった。


 簡易的な木の柵で覆われていたはずの村。

 柵は壊され、畑はめちゃくちゃに踏み荒らされ、木造の家々には血がこびりついている。


 生きている者は誰もいない。

 王都の外に出ていた魔王軍幹部の誰かに殺されたのだろう。


 村民の死体がいくつも野晒しにされていた。


「うっ」


「……これは……」


 女性たちが口元を抑えて、視線を逸らす。

 サフィア姫が彼女たちに声をかけた。


「同じ王国の民だった彼らを……埋葬してあげよう。手伝ってくれるかな?」


「……勿論です、姫殿下」


「やりましょう……」


 サフィア姫はいの一番に死体に触れ、眉根を下げながら一度強く両目を閉じた。

 それから死体を埋めるための穴を掘る。


 当然、アシルもヘレナも手伝った。


 ノルだけは気が進まなそうにしながらも、手持無沙汰は嫌なのか渋々協力してくれた。





*   *   *





 一通りの作業が終わり、アシルの魔物技能モンスタースキルによって火葬した村民たちの遺体を簡易的な墓に埋め終わった後。

 

 辺りを見るとすっかり太陽は沈み終え、青白い月の光が地上を照らしていた。


 一日中、歩き通しだった事に加え、色々と動いた事がダメ押しとなったのだろう。

 皆、腹が減っている様子だった。


 幸いまだ滅ぼされて間もないのか、村には傷んでいない食糧が結構あった。


 サフィア姫を含めた皆が食事を取る中、アシルはノルと共にその場を離れる。


 木造の家の影に隠れ、二人は会話する。


「……ノル。エルハイドは追ってこなかったな」


 もしかしたら強化を施したシャーロットがエルハイドに打ち勝ったのではないか。そんな楽天的な想像をしてしまう。


「ん。でも、シャーロットとの繋がりは消えちゃった」


「……わかるのか?」


「……分かる。操ってるアンデッドは全部」


 ノルの強化は一段階進化するレベルで身体能力が上がる。それでも倒された。


 しかし、いざ自分が対峙する時の事を考えても恐怖はわかない。

 今のアシルなら吸命剣パンドラの力を借りれば良い勝負になるはずだ。


「シャーロット、あの子はお父様の相棒だった。お父様が亡くなって動かなくなっちゃったけど、ノルの職技能クラス・スキルで復活させたの」


「……」


「最期まで守ってくれた。絶対忘れない」


「俺もだ」


 骸地竜スカル・アースドラゴンの存在がなければサフィア姫を救出するどころか、アシルもノルも殺されていた可能性が高い。

 

「……だが、そうなると不気味だ。エルハイドのその後の動向を知りたい」


「……何か考えが?」


 アシルは頷く。


 元々下位吸血鬼のザガンがエルハイド軍で偵察役を引き受けていたように、今のアシルにも同じ事ができる。


 つまり各地に吸血蝙蝠ブラッド・バッドを放っての情報収集である。


「……そっか。眷属召喚」


「その通りだ」


 日中は急に召喚したら周りの皆を怖がらせると思って試さなかった。

 夜になった今なら闇に紛れて召喚できるだろう。


 どうするのかは進化した事で不思議と分かる。


 アシルは傍にある木の棒を拾って地面に魔法陣を描いていく。

 そしてその魔法陣に向けてアシルは親指を嚙み切って血を垂らす。


 ぶわりと紅い光を放つ魔法陣。


「<眷属召喚>」


 アシルがトリガーとなる言葉を呟いた。

 

 当然、アシルは王城の周りを飛び回っていた大柄な蝙蝠、吸血蝙蝠ブラッドバッドたちが飛び出してくるものだとばかり思っていた。


 しかし、魔法陣から浮き上がってきたのは青白い肌の執事服を着た壮年の男だった。


「……え?」


「……ん?」


「……は?」


 アシルは勿論、ノルやその呼び出された男まで。

 三者ともその場で固まった。






 



 

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