城塞都市カルラン編

第42話



 城塞都市カルラン。


 堅牢な石造りの城壁に四方を囲まれた都市は今、屍の魔王軍の脅威に晒されていた。


 骨人スケルトン屍人ゾンビを筆頭とした混成軍を率いるのは、三メートルを超える漆黒の骸骨、骸巨人ジャイアント・スケルトンのベレンジャールである。


 彼の指揮の元、高い城壁目掛けて進行する無数のアンデッド達。

 対するは城壁の上で必死の形相でそれぞれの武器を持つ騎士や魔法使い達、カルラン駐屯軍だ。


 アンデッドを近づけさせまいと、射手が火矢を放ち、魔法使いが魔法で迎撃する。


 その色とりどりの攻撃をかいくぐったアンデッド達は、倒れ伏した仲間のアンデッド――無数の屍を踏み台にして城壁を登ってくる。


 それを騎士以外――明らかな非戦闘員である領民たちが鉄槍を手に刺し貫く。

 

 目の前で幾度も繰り返されるこの光景こそが今のカルランの日常と化していた。


「――もう少しだッ、もう少しで援軍が到着する!」


「踏ん張れッ! 俺たちが倒れたら街にいる大切な家族は皆殺しにされるぞ!」


「交代の時間だッ、戦っている民兵は後続と交代!」


 不眠不休で襲ってくる屍の魔王軍。

 彼らに対して、人族はローテーションを駆使して疲労度を軽減させているようだった。


 常に死と隣り合わせの状況にありながら、人族の士気は驚くほど高い。


「――怪我をした者は無理をせず後ろに下がれ! 穴は全て私が埋める!」


 城壁の上で長剣を持つ壮年の男が吠えた。獅子奮迅の武力と、類まれな言葉で味方を鼓舞する指揮官。


 軍服を纏い、鷲のように鋭い目と整えられた口ひげを持つその男こそが王国四英傑の一人である聖騎士団長アリーチェの父親にして、元聖騎士団長である英雄エリオット・フィーベル伯爵である。


 最上位職能クラス、剣聖に到達した剣の達人。


 その体力ももはや人間レベルではない。

 魔王軍がカルランへ侵攻してから数日間不眠不休で戦い続け、味方を鼓舞し続けている。


 彼の配下や領民たちはその姿を見続けている。カルランを治める貴族が一番先頭で戦っているのだから、数時間でも休んでいる者たちは皆、泣き言などいってられない。


「忌々シイモノダッ」


 べレンジャールは一向に進展しない戦況に苛立っていた。

 正面から一対一で戦えば、ベレンジャールにも勝ち目はない。


 だからこそ配下を送り込み続け、エリオットの集中力が切れるのを今か今かと待っている。


 だが、一向にその動きが鈍る事はない。早く落とさなければエルハイドの怒りを買うだけではなく、王国軍の主力が援軍として駆けつけてしまう。


「……べレンジャール様、破城槌ノ用意ガデキマシタ」


 そんな折、配下の闇骸人ハイ・スケルトン数体がかついで来たのは近くの森から伐採した丸太である。


 立ち上がったベレンジャールは片手でその巨木を掴み、そのままカルランの正門に向かって投げ飛ばした。


 丸太を槍投げの要領で扱えるその剛腕がベレンジャールの自慢だった。


 城壁の上にいる民兵たちに黒い影が迫りくる。

 悲鳴を上げながら逃げ惑う中、丸太が城壁にぶつかる前にエリオットが虚空を掴んで腕を振りぬいた。


「<闘鬼剣>」


 その手の中にあるのは赤い光――闘気で形作られた剣だった。その剣は長短自由自在らしい。

 高速で腕を振るう。


 一泊遅れて、大木が細切れの木片になった。


「……マダ魔力ハ尽キンカ」

 

 近付けばベレンジャールも無事では済まない威力だ。


 そのためこうしてちょくちょく遠方から攻撃を続けているが、ベレンジャールのほうが焦燥を募らせるばかりだった。


 苛立ちから、人一人を掴める巨大な拳を大地に振り下ろす。

 小規模の地震を起こすべレンジャールの怒りの矛先は人族だけにとどまらない。


「――協力スル気ガナイナラ帰レ」


 骸巨人ジャイアント・スケルトンは傍らに座り込んでいる四本の腕を持つ闇骸戦士デス・ファイターを見下ろす。


 ゼノンの代わりにカルラン攻略を命じられた目の前のアンデッドは何故か手を貸す素振りは全く見せなかった。


「……ア? ソウ、ダナ」


 ロイは眼窩に浮かんだ赤い光を明滅させながら立ち上がった。

 そしてベレンジャールに視線を向ける。


「何ダ?」


「……俺ハアイツニ勝テソウニネエ」


「……勝タナクトモイイ。ソモソモ目的ハ都市ノ陥落ダ」


 ロイがエリオットを僅かでも抑えれば、戦線は魔王軍側に傾く。

 べレンジャールが正門を壊し、そのまま大軍を都市内に送り込めば勝ちだ。


 しかし、ロイは首を振る。


「俺ハ幹部ニナル……イヤ、最高幹部、屍霊四将ニナルンダッ、ソンナ捨テ駒ノヨウナ扱イハ御免ダナ」


 生前、王国師兵団に属していたロイという人間には武の才能はあった。

 しかし、レベル上限という壁――つまり神には愛されなかった。


 ロイはアシルと同様、聖騎士団を一度夢見た人間だ。


 入団条件は上位職能クラスへ到達する事だったので叶わなかった。だが本当は上にあがりたかった。師兵団に所属したのは仕方なくだった。


 その魂が変異した結果、抑えていた上昇志向が色濃く人格に反映される事となった。


「――俺ハ何トシテモ上ニ這イ上ガルッ、モウ一兵卒ナンテ真っ平ダッ」


 ロイは勢いよく飛びあがった。

 咄嗟の事で、ベレンジャールは反応できなかった。


 ロイの漆黒の拳が金属のような銀色の輝きを帯びる。


「ソノタメニ、ウント強クナラナクチャナ!」


 べレンジャールの肩甲骨の上に一瞬で移動したロイはそのまま頭蓋骨に向けて四本腕を振り下ろした。


 何度も何度も。


 割れた骨片が周囲に散らばる。

 指揮官クラスのアンデッドの同士討ちに、城壁の上に立つ多くの人間たちから動揺と困惑のざわめきが広がる。


「――コレデ……俺ハアイツニ勝テルッ! 次ノ屍霊四将ハ俺ナンダ!」


 光の粒子が闇骸戦士デス・ファイターの身体を覆う。

 魔物が進化する時に放つその光に、城壁の上に立つエリオット・フィーベル伯爵は僅かに滲んだ疲労を振り払うように舌打ちを放った。


 

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