第41話



 黒い瘴気で覆われたエルシュタイン王国の王都。


 街中ではどういうわけか同士討ちをしている無数の下位アンデッド達。

 そして王城に至っては所々炎が上がり、半壊状態となっている。


 交差した双剣を背負った竜牙兵スパルトイ、屍の魔王軍幹部デイドラが王都へ帰還して早々に眼にした光景に少々硬直したのは言うまでもない。


 何か起こったのは間違いない。

 

 その何かに巻き込まれて、自身の配下達は消息を絶った可能性が高い。


「……エルハイド様は……」


 確認のために主の姿を探す。


 黒い瘴気は王城どころか、王都全域にまで及んでいる。

 彼の凄まじい怒りを体現したそれにデイドラは事態の深刻さを悟った。


 幹部の自分にさえ襲い掛かって来る屍人ゾンビ達。


 彼らを片手間に斬り殺しながら、デイドラは王城前に広がる庭で主を見つけた。


「エルハイド様、今帰還いたしました」


 地面に片膝をついて畏まる。


 大柄な首なし黒騎士デュラハンはバラバラに刻まれた竜の骨を積み上げ、その上に座っていた。

 その骸から光の粒子――存在力がエルハイドの身体にどんどん送り込まれ続けていた。


「……エルハイド様?」


『……魔王様に……』


「……」


『魔王様に何と申しひらけばいいのやら』


 色濃い悔恨を感じられるその声音に、デイドラは尋ねる。


「何があったというのです?」


『……またしても……またしても私は裏切られた』


「……裏切り? まさかネクロエンド家の……」


 デイドラは斬り刻まれ、粉々になった地竜の骸を眺める。


「地位は同格のはず。何を狙っての事ですか?」


『……分からん。だが奴は魔王軍を抜け、私に敵対した。万死に値する』


 デイドラとしては人族が元々魔王軍にいる事自体、あまり良くは思っていなかった。


 仲間意識は皆無で、裏切られた苛立ちだけが胸中にある。

 

『……恐らくは新しく幹部となった屍鬼人アドバンス・グール……アレに肩入れした結果なのだろう。今や原種の下位吸血鬼レッサー・ヴァンパイアか。まさか私と同じでアンデッドになって尚、人族の魂を失っていないとは』


 本来、人族が死んでからアンデッドとして蘇る場合、その時点で魂は変異するものなのだ。

 +から-に変わるその魂の変異は、常人の精神力では止められるものではない。


 英雄クラスの精神力を持つ存在だけが、その魂の変異を抑えられる。

 かつて勇者だったエルハイドのように。


「……?」


『醜い人族の肩を持ったところで、意味などないというのに……』


 デイドラは誰の事を言っているのか分からなかった。

 断片的な情報を繋ぎ合わせるのも限度がある。


 だからこそ知りたい事は一つ一つ尋ねる必要があった。


「エルハイド様、他の幹部の面々は?」


『……殺された』


「……あのアシュトンさえもですか?」


 デイドラは長い時を生きるアンデッドの戦士だ。

 だが、アシュトンはそんな彼以上に長い生を経ている恐るべき不死の魔法使いである。


 デイドラもあの不死人リッチには一目置いていた。


『ああ……その結果、何としてでもこの王都にとどめておくべきだった聖剣が奪われたッ』


「……そ、それは……」


 デイドラははっきりと動揺した。


 ノルが反旗を翻した事より、アシュトンやザガンが死んだ事より、何よりも驚いた。


 アンデッドにはないはずの感覚、骨の肉体では感じられない悪寒が身体を駆け巡るような焦燥を味わう。


 どう魔王様に申しひらけばいいのか。


 エルハイドの言葉が思い起こされる。


「ではすぐに追わなければッ」


『そんな事は分かっている。だが、まだこの骸地竜スカル・アースドラゴンの存在力を全て吸収し終えていないのだ』


「……なら俺だけでも先に。丁度ソドとテルムの街では雑魚ばかりだったので、我が剣の糧になる者はいなかったのです」


『自惚れるなよッ、デイドラ』


 空気を揺るがす叱責に、デイドラは思わず身体を仰け反らせた。


『お前程度では話にならん。アシュトンはザガンの死体を用いて進化を果たした。それでも負けたのだ』


「……」


『……私はこれより進化して、最上位アンデッドを超えた超位アンデッドとなる』


「……超位アンデッド……」


 その言葉通り、光の粒子がエルハイドの身体を覆いだした。


『……この進化は時間がかかる。だが必要な事だ。完了次第、私はカルランに向けて発つつもりだ』

 

 魔王軍を抜けた元幹部たちがどこへ向かうのか、既に目星はついている。


 王都近郊でめぼしい街はそこしかないのだ。必ずカルランに向かうはず。


 もはや存在価値などない王都を捨て、即刻あの城塞都市を滅ぼしてそこに現れたノルと原種の下位吸血鬼レッサー・ヴァンパイアを始末する。


 そして聖剣の巫女を再び手中に収めるのだ。


『デイドラ、お前は私についてこれる程度の速さは手に入れろ。もはや雑兵などいらん。好きなだけ糧にするがいい』


 その言葉の意味を理解し、デイドラは深く頭を下げた。


「……エルハイド様、必ずや我が剣は貴方様のお役に立つと誓います」


 眼窩に浮かんだ蒼炎をくねらせるデイドラに、エルハイドは腕組みをしながら、


『そう願う』


「はッ」


 アシル達が王都を無事脱出し、一息ついている頃。


 王都では二体の恐るべきアンデッドが誕生しようとしていた。

 もし反乱を起こさなければ、彼らは生まれなかったかもしれない。


 双剣使いの竜牙兵が全ての下位アンデッドを斬り殺し、進化を果たした後。


 同じく超位アンデッドと化した魔王軍最高幹部はデイドラを連れ、城塞都市カルランへと向かった。










 ――――――――――――――――――――――――――


あとがき。


ここまでお読みいただきありがとうございます。これにて一章は終了となります。





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