第39話






 吸血鬼に血を吸われるのは、どういうわけか快感を覚えるらしい。


 サフィア姫も最初は喜悦を我慢するような控えめな声音だったが、吸血行為が続くうちに抑えが効かなくなっていった。


 アシルもアシルで夢中になった。


 サフィア姫を救えた達成感。嫌われていなかった事への安堵。

 そして魔物化しても変わらず受け入れて、優しく抱擁してくれた嬉しさ。


 吸血衝動は高まりつつも、身体に負担をかけないようちょっとずつ、ちょっとずつアシルは血を吸った。


 それが余計に長い時間快感を与える事になってしまった。


 森の中に響き渡った艶やかな声。


 それは見事に、


「はぁ、はぁ……アシルっ」


 紅潮した頬。潤んだ瞳。

 くたりと力が抜けた身体が寄りかかってきて、豊満な胸がアシルの胸元に押し付けられ形が変わる。


 それによって更にアシルも高ぶる。


「姫様っ」


「んぅ、だめ……ちょっとずつ吸うの、だめ……」


「じー」


 そこでアシルは時間でも止められたようにびたりと動きを止めた。

 傍から聞こえたその聞き覚えのある声に唐突に我に返る。


「じー」


 再び聞こえたその声。

 聞き間違いではない。


 アシルは犬歯をサフィア姫の首筋からゆっくりと離す。腕の中で荒い息を吐くサフィア姫。


 アシルがぎぎぎと錆びついた扉のように首を横に動かすと、


「……あ、ノ、ノル」


 銀髪ツインテールの幼女とプラチナブロンドの髪を緩く巻いた美少女、それから地下牢に囚われていた女性たちがいた。


 夢中になるあまり、これほどの大人数が近付いていることにすら気付かなかった。


「……アシル、心配したけど。その必要なかったみたい」


 僅かに頬を膨らませて、ノルは両手を腰に当て半眼でアシルを見つめていた。


「ひ、姫様の血を吸うだなんて……なんという不敬な事をッ! は、早く離れなさい吸血鬼!」


 顔を真っ赤に染めたヘレナもぷんすかと怒っている。


 凄まじい居心地の悪さを感じたアシル。


「……ほえ? あれ、もう終わり、なの? もっと――」


 惚けていたサフィア姫がアシルを上目遣いで見つめ、続きを言おうとして彼女も気付いた。


 地下牢に囚われている娘たちは皆貴族の子女や妻なので、見覚えがある顔が何人もいる。

 彼女たちがそわそわしながら自分の姿を見ている事に気付いたサフィア姫は徐々に顔色を真っ赤に変化させる。


 森の中に、今度は悲鳴が響き渡った。

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