第37話



 上半身と下半身を綺麗に寸断され、床に崩れ落ちたアシュトンは怒りを抑えられない表情で叫んだ。


「――後悔する事になるぞ! お主の居場所などこの世界のどこにもないという事が分からんのかッ⁉ 儂に勝ったところで、たった一人で何ができるというのだ!」


 アシルは無言で彼を見下ろす。

 吸命剣パンドラの刀身に纏っていた職技能クラス・スキル魔物技能モンスター・スキルを消し、鞘に仕舞うと同時に二つに分けられたアシュトンの身体から炎が噴き出した。


 最後まで怨嗟と罵倒をアシルに向けながら、不死王ノスフェラトゥは炎に包まれる。


 再生速度を超えた火力に、絶えず悲鳴を上げ続けた。

 整っていた顔の形が崩れ、剝き出しになった骨が溶け落ち、後には灰も残らずに燃え尽きた。


 それを確認してから、アシルは傍に落ちていた緋色の宝石を拾って懐にしまう。

 聖剣はいつの間にか消えていた。


 伝承で聞いた事がある。


 使用者がいなくなると一定時間経過後に巫女の身体に戻ると。


 つまり恐らくはサフィア姫の体内に戻ったのだろう。アシルはサフィア姫の元に急ぐ。その際、僅かに身体がふらついた。


 軽く頭を振りながら、


「――姫様……」


 冷たい檻の中に足をそっと踏み入れる。


 倒れこんでいる少女を目にしたアシルは一度自分の目元を拭ってからそっと抱き起こす。


――お主をきっと遠ざける。


 脳裏をよぎった言葉に、僅かに支えていた腕が震えた。


 桜色の髪に、人形のように整った容姿。その愛らしい大きな瞳が開く事はない。

 ただ着ている白いワンピースドレスの胸元を見ると静かに上下しているため、生きている事は間違いない。


 彼女を横抱きにしたアシルは窓に駆け寄った。王城の一角ではまだ戦闘音が鳴り響いていた。


 エルハイドとノルが最大限強化した彼女のペット、シャーロットが戦っているのだろう。

 しかし最初は雄々しかった骸地竜スカル・アースドラゴンの咆哮は次第に小さく、覇気が感じられなくなっている。


 できれば救いに行きたかったが、共倒れになりかねない。

 アシュトンを倒したが、現状それほど余裕があるわけではない。


 現にアシルは先ほどから感じていた眩暈に耐え切れず、壁を背に預けて目を閉じた。


「……クソ……」


 右足を自分で斬り飛ばした代償か。血を流しすぎたからか。


 腹が減って仕方ない。喉が渇いて仕方ない。


(……血が欲しい)


 これが吸血衝動というやつらしい。


 サフィア姫の染み一つない真っ白の肌、首筋を見ていると視界が揺れ、眩暈がひどくなっていく。

 壁に頭を打ち付け、その衝動を抑えながらアシルは王城からの脱出を急いだ。

 

 他に考え事をしていないと、気付けばサフィア姫の喉元に口を寄せてしまう。


 ノルは無事だろうか。

 地下牢にいる者たちを連れて脱出できただろうか。


 一心不乱に足を動かす。

 きっと半ば錯乱した状態だった。


 一際大きな轟音と土煙が上がった後に聞こえた、怒りに震える誰かの雄叫びが空気をびりびりと震わせる。


 王都を飲み込むほどにどこからか伸びてくる漆黒の瘴気。


 それから逃げるためにも、感じる目眩に奥歯を噛み締めながらアシルは疾走した。

 同士討ちをしている下位アンデッド達を他所に、腕の中にいる少女をしっかりと抱えて。


 後の事は覚えていない。


 吸血衝動によって朦朧とする意識。

 それでも一刻も早く逃げなければという強迫観念に突き動かされて走る。走り続けた。


 もはやどこを走っているのかも分からない。


 ただただ腕の中にいる存在を安全な場所におきたかった。

 あの時守れなかった分、これからはずっと安全な場所へ届けたかった。


「――シル……アシルっ」


 しかし限界は訪れる。


 膝から崩れ落ちたアシルの耳に最後に聞こえたのは、記憶の中にある優し気な少女の声だった。


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