第24話



 二体の屍鬼を倒したアシルは彼らの死体を見下ろしながら目を閉じた。


 天真爛漫な姫君の笑顔を思い出す。


 家族と親しい者たちを一変に亡くした事による絶望か、その身に宿る聖剣を別の王族の身体に宿すという義務感なのか。


 自死を選ぼうとした理由は分からないが、一刻も早く救出する事に変わりはない。   

 とは言えその前に、屍鬼グール吸血鬼ヴァンパイアの餌として囚われている人たちを助ける事も大切だ。


 目を開けたアシルは地下牢に繋がる金属扉に手をかけた。


 この先に人族がいると思うと、どうしても身が竦む。

 どんな状態で囚われているのか。


 無事だったとして、話を聞いて貰えるだろうか。


 変異種とは言え、人族から見たら恐らく傍に転がっている屍鬼グールと大差ないはずだ。


 悩んでいても仕方ない。

 アシルは地下牢へ続く扉を押し開けた。金属が擦れる嫌な音が鳴る。


 石造りの牢屋。部屋数は王城だけあって広い。

 一定間隔で置かれている松明には青い炎が灯されており、暗くはなかった。


 鼻腔に入ってくるのは濃厚な血の匂い。

 まだ空腹ではないからか、そこまで食欲は掻き立てられない。


 だが人族だった頃とは違い、今は好ましいと感じてしまう事にアシルは辟易した。  


 それから絶えず耳に届くのはすすり泣くような女性の声音である。


「ひッ、屍鬼グールッ⁉」


 手前の牢の中にいた数人組のドレス姿の女性――恐らく貴族だ――が悲鳴を飲み込んだ。


「また別の屍鬼グールが……」


「……も、もう、もう嫌よこんな生活ッ……」


 ガタガタと震える彼女たちは身なりはある程度は手入れされているが、牢での生活のストレスか酷くやつれている。


 どの牢に閉じ込められている女性たちも隅のほうに固まって身を寄せ合い、震えている。

 幼い子供のような少女もいるが、全員手枷と首輪がつけられ、罪人のような装いをしていた。


 アシルは牢の前を通り、話ができるような精神状態の者を探す。


(皆、女性だ。それも年代はバラバラだが、美しい者しかいない)


 ザガンやあの屍鬼グール達の趣味か、種族的に美しい女性を好む習性なのかは分からない。


 ただ捕まっている中に男はいなかった。

 

 大体、総勢は十数人といったところか。


「――屍鬼グール、もう止めなさいッ、わたくしを選べば良いでしょう!」


 その凛とした声の出所に、アシルは視線を飛ばした。


「あの吸血鬼ヴァンパイアやゼノンがそんなに怖いんですの? ここにいる者の中ではわたくしが魔力保有量が一番多い事は明白」


 彼女は最奥の牢にただ一人いた。


 目を見張る程の美しい少女だった。

 プラチナブロンドの緩く巻いた髪に、目鼻立ちが整った容姿。

 

 切れ長の瞳と色気がある赤い唇、発育の良い身体からは大人の魅力が漂うが、実年齢はまだ相当若そうだ。


 しかし年齢に反して、精神的にも強いように見受けられる。


 アシルは計画の要となりそうな少女のステータスを視た。




名前 ヘレナ・ホワイトヴェール

種族:人族ヒューム

中位職能クラス重騎士ヘビィ・ナイト

Lv25


体力:D

攻撃:D

守備:C

敏捷:E

魔力:B

魔攻:E

魔防:D

固有技能オリジン・スキル

聖域結界ホワイトヴェール

職技能クラス・スキル

・鉄壁

・重撃



 アシルは思わず驚愕した。


 職能は華奢な身体には似合わないタンク職。

 

 加えてホワイトヴェール家は四侯聖家の一角。

 一族で一つの固有技能オリジン・スキルを共有し、王都を守る鉄壁の結界を維持してきた稀有な家系だ。


 幼少期から英才教育を施されてきたのが分かる。

 ステータスも中々に高い。


 アシルはゆっくりと近付く。

 すると少女――ヘレナの首元には噛まれた痕のようなものが残っている事に気付く。


「……ようやくわたくしを食べるつもりですわね、屍鬼グール。なら食べるのには手枷とこの首輪は邪魔ですわ。外してくだされば、喜んでこの身を味あわせてあげますわ」


 だが、その瞳には鋭い光が宿っている。同時に、手足には震えを帯びてもいる。


 反抗することが眼に見えて分かる。


「へ、ヘレナ様ッ、お止めくださいッ!」


「そこの屍鬼グール、ヘレナ様ではなく私を食べなさいッ!」


 先ほどまでは眼を合わせず震えるばかりだった他の牢から嘆願する声がちらほらと聞こえる。


 慕われている。彼女より年上もいるが、実質この中のリーダーはヘレナだ。精神的にも、彼女ならまだ落ち着いて話せそうである。


「――貴族の娘。俺は食事の為に来たわけじゃない。教えて欲しい事があって来た」


「……何ですって?」


 ヘレナは訝し気にアシルの様子をじっと見つめる。それから僅かに視線を下げ、何かを考えるように俯く。


 だが、数舜後にはきっと眼を剥き、


「王国に不利を与えるような真似は決して致しませんわ。何も答えるつもりはありませんわよ。聖光神に誓ってッ」


 情報を聞き出したいなら、とっくに他の幹部がしている。

 そういうわけではない。


「……俺の目的は王国の事じゃなくてザガンについてだ。ザガンがどこで食事を取っているのか、どのくらいの頻度で血を欲するのか」


「……あの吸血鬼の? どういうつもりですの……」


 アシルはどうやったら協力してもらえるか考える。

 あまり長引かせたくはない。


 地下牢の入り口に戻って、二体の屍鬼グールの死体を引きずりながら持ってくる。


 牢部屋の中から悲鳴と困惑の声が口々に囁かれる。


「……魔王軍の……仲間なのではなくて?」


 死体を見て、息を呑んだヘレナの瞳に渦巻く疑念の感情を読み取ったアシルは、


「……俺には俺の目的がある。俺に協力すれば……ザガンを殺してやる」


 彼女たちを王城から連れ出すのは実質不可能だ。

 連れ出しても一番近いのは戦争中の城塞都市カルランである。


 なら、危害を加える原因の方を取り除く。


「……ッ。なるほど、そういう事ですのね。わたくしたちを――餌を独り占めしたいんでしょう? いかにも卑劣な畜生にも劣る魔物の所業ですわ!」


 アシルは否定はしなかった。


 ザガンさえ消せば、確かに彼女たちはアシルのものになる。

 アシルが食わなければ、彼女たちの無事は一先ず保証される。


「……図星のようですわね。協力や団結する事を化け物は知らないのかしら」


「……何とでも言え。これはお前にとっても利があるはずだ。俺の私欲のおかげで、魔王軍の戦力が減るんだからな」


 憎々し気に視線を向けてくるヘレナの瞳に映る自分の姿をアシルは会話しながら眺めていた。


 その悲しそうな顔を、無理やり悪辣な笑みに変えて。


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