第23話




 中庭にあった数千の死体をアンデッドに変えたノルは魔力を消費して眠そうだったので、比較的綺麗な王城の客室に寝かせた。


 それから地下牢の様子をアシルは一人で見に行こうとするが、


「アシル、一応受け取って。<死霊強化オーバー・アンデッド>」


 ベッドに寝そべったノルが手をかざした。


 瞬間、光がアシルの全身を一瞬包み込む。

 進化した時のような全能力の向上がはっきりと分かる。


「……ありがとう、ノル」


「ふいー、ちょっと眠る」


 そのまま気持ちよさそうに眠り始めたノルの頭を一撫でしてから、アシルは地下牢へ向けて歩を進めた。


 生き残りがいた事は喜ぶべきかもしれない。


 だが、魔物の餌として生かされた現状は死ぬよりも辛い気がする。


 早く助けたいが、救出するにしてもそれがアシルが行ったという事はバレてはいけない。

 難題だが、一応作戦は考えてある。


 宙に浮いている青い火の球が城内を照らす。


 ちなみにアシルは副兵士長だったので城の構造には詳しい。

 地下に続く螺旋階段を下りて、辿り着いたのは重厚な金属の扉。


 そこを抜ければ地下牢だが、扉の前には門番のように立っている二体の屍鬼グールがいた。


「ヒヒッ、本当に来たぞ、兄者」


「おお、アシュトンが伝えたようだな。あれが俺たちを差し置いてあの忌々しいゼノンの座を奪った屍鬼グールか」


「……」


 体格は片方が小さくて筋肉質に対して、もう片方は太っていて大柄だ。

 アシルは二体のステータスを覗く。


 大体Dで、魔力や魔攻、魔防に至ってはE。ゼノンよりも数段下だ。

 ノルによる強化は必要ないレベル。


 戦闘になっても素で余裕だった。


「何か喋れよ。何のようで来たのかわからねえだろ? お?」


 太っているほうが醜い顔面を近付けて凄んでくる。


「それとも怖いか? 俺たちがよ」


 生臭い息が顔にかかり、アシルの額に青筋が浮く。更に口元から血塗られた牙が見えた。

 

(食った後か)


「ここはザガン様と俺たちの餌場だ。お前の分はねえ。欲しいなら自分で取ってくるんだな」


「それか、お前は死体で我慢すればいいんだ、ヒャハッ」


 耳障りな声で笑う二体の屍鬼グール


解析アナライズがないと力量差が測れないからな。哀れだ)


 例えレベル1でも、アシルは変異種。それに加えて人類種に与えられる職能クラスの力も加算されている影響で、もはや瞬殺できてしまう。


「……無理やりお前たちから奪う事だって選択肢にはあるんだぞ?」


「ひゃはははははッ、おいおいおい聞いたか、兄者! コイツ本気で言っているみたいだぞ?」


「……どうせお前はまぐれか不意打ちでゼノンを倒して、運よく進化したんだろう。俺たちは屍鬼グールになって数年。戦いってのは経験がものを言う」


 更に、兄者と呼ばれている体格が小さくて筋肉質のほうの屍鬼グールがうだうだと御託を並べる。


「それに数では二対一だ。当然、俺たちが二で、お前が一だ」


「……」


 何を当たり前の事を言っているんだとアシルは馬鹿を見る目で二体を眺める。


「あの生意気なゼノンだって、俺たちにはビビッて手を出さなかったんだ。二対一では分が悪いと知っていたからだ」


 それは違うとアシルは思う。


 ステータスを見て分かったが、目の前の二体の屍鬼グール固有技能オリジン・スキルどころか、魔物技能モンスター・スキルさえも持っていない。


 恐らく喰う価値がなかったか、主であるザガンと揉めるのを嫌ったかのどちらかだろう。


「アシュトンにはゼノンの分は俺の分にしていいと言われた」


「あ? 話を聞いてたか? お前頭が悪いな。ここから先の餌場はザガン様と俺たちの――」


 もう一度息がかかる距離まで来た屍鬼に、


「二度とその臭い口を近づけるな」


 堪忍袋の尾が切れたアシルは無造作に大柄な屍鬼グールの頭を横の石壁にめり込ませた。土埃が衝撃で舞う。


「へぶッ⁉」


 首が変な方向に曲がった屍鬼グールはそのまま壁にめり込んだまま長い腕をだらりと地面に垂らし、ぴくりとも動かない。

 光の粒子――存在力がアシルの身体に吸い込まれていく。


 つまり、死んだということだ。


「……え?」 


 アシルはゆっくりと歩きながら良い考えが閃く。

 明らかな小物だが、王城にいるという事は内部の情報に詳しいのではないか。


「な、え? お前……く、来るなッ、来ないでくれ!」


 ただでさえ圧倒的なステータス差があるのに、ノルの強化が乗ったアシルの膂力は上位アンデッドに迫るものがあった。

 

 腰が抜けた様子の屍鬼グールの頭を掴んでそのまま空中に浮かせる。

 足をばたばたとみっともなく動かしながら、表情が恐怖に歪む屍鬼グールの姿にアシルは冷たい視線を向ける。


「……エルシュタインの姫君がどこに囚われているか知ってるか?」


「ひ、ひいッ、な、なんで、なんでそんな事……あ、あんた幹部なんだろ⁉ ザガン様かアシュトンに――」


「怪しまれたら水の泡だからな。早く言ったほうがいいぞ」


 アシルは徐々に手に力を込めていく。

 頭蓋骨に指が食い込み、絶叫をあげる屍鬼グール


「わが、わがっだ、言う、言うがらッ」


 僅かに力を緩める。


「……さ、最上階、だ。そこに、封印、されてる、らしい」


「封印?」


「な、なんでも……頭がおかしくなったのか……ずっと自分で死のうとするから……アシュトンが魔法をかけて……」


「……ッ」


 アシルは一瞬、悔恨の表情を浮かべた後、鬱憤を晴らすように闘気を纏わせた手刀を使って屍鬼グールの首を斬り飛ばした。





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