第22話
未来を左右する重要な決断を早々に決めたノル。
思わず心配してしまったが、アシルは純粋に嬉しかった。
魔王軍最高幹部が味方についたとなれば、サフィア姫救出の可能性も大いに上がる。
しかし安心するのは早い。まだ何も成し遂げていないのだ。
サフィア姫を救出するに当たって障害となるのは三体のアンデッド達だ。
王城に残っている幹部――
流石に短期間でエルハイドを超えるのは無理だ。
「……ノルもエルハイドは無理。あれは屍の魔王軍最強」
「……やはりそうなんだな」
あれは聖剣を持った勇者に任せるとして、他の二体はどうなのか。
「ザガンはシャーロットをけしかければ楽勝。あれは
「……今の俺だとどうだろう?」
「……んー、アシルがレベルを上げたら多分勝てる。ノルの<
人差し指を口に当てながら告げたノルに、アシルは頷く。
「……問題はアシュトン。あれはエルハイドよりも前から……数百年以上前から魔王軍にいるってお父様言ってた」
「……随分な古株だ。屍の魔王が誕生したのもそれくらいだろう。創設メンバーなのか?」
「もしかしたら。それに恐らく王都にいるアンデッドのほとんどはアシュトンが生み出したもの」
「……つまり俺もか?」
「かもしれない」
もしアシルが元副兵士長だという事に気付いているとしたら厄介だ。
企みが悟られたらその時点で命はない。
「……死霊術師と同じ能力を持っているのか?」
「そう。
「……それは面倒だ」
サフィア姫がどのような状態で捕まっているのか定かではないが、戦いながらでは脱出は難しいだろう。
時間をかければエルハイドに見つかって詰む。
「だから、それに対抗するためにこっちも数がいる」
ノルは悪戯を思いついたように笑みを浮かべた。
* * * *
二人はエルハイドに命令されたアンデッドの作成をするために、王城エルシュタッドの中庭へとやってきた。
いくつもの円柱が並んだ回廊を渡り、一望した中庭。かつては整然と石畳が敷き詰められた広い空間だったが、現在は何をしたらこうなるのか分からないとんでもない大きさの穴がぽっかりと空いている。
しかもその大穴からは酷い悪臭が漂っていた。
中庭全てをくり抜いたような広くて深いその大穴の中には凄まじい数の死体がため込まれている。
「――おお、来ましたな」
傍には魔王軍幹部、アシュトンがいた。
骨の肉体に皮が張り付いたミイラの顔で不気味に笑いかけてくる老人の姿に、アシルは内心目を細める。
相変わらず首にはアシルがサフィア姫から貰った緋色の宝石のペンダントがかけられていた。
すっかり定位置になったアシルの肩の上にいるノルが鼻をつまみながら涙目で頷いた。
「引き継ぎに来た。これ全部アンデッドに変えればいい?」
「ええ、頼みます。儂の魔力では何日かかるか分かりませんからな。到底開戦まで間に合いません。それから……デイドラが制圧したソドとテルムの街からも追加で死体が送られてくるでしょう。そちらもお願いします」
「……分かった」
「それと
「……何だ?」
「進化したてでまだ自覚はないじゃろうが、
「……
アシルはまさかと内心で驚く。
「生きた人間じゃよ。元々はゼノンとザガン用に保管されてあったもの。儂やエルハイド様は食料はいらぬ身体じゃから、ゼノンの分は好きにして良い。ただしザガン達の分まで手をつけたらいかんぞ? 烈火の如く怒るからな」
「……分かった」
まだ人族の生き残りがいたとは。
努めて無表情を維持したアシルが頷く。
「……それと、この王城には新参者の幹部就任を快く思っておらん連中もいる。精々気をつけるのじゃ」
薄笑いを浮かべたアシュトンから忠告が送られる。
「……もし襲ってきたら殺すだけだ」
アシルは素っ気なく答えながら<
名前 アシュトン
種族:
Lv65
体力:A
攻撃:C
守備:C
敏捷:D
魔力:S
魔攻:A
魔防:A
<
・暗黒魔法
・氷結魔法
<
・
・
・
完全な魔法使いタイプだ。
魔力がもたないと言っておきながら、ランクはノルと同じSを示している。
比較的新しい幹部だったゼノンを軽く超える実力者だ。
「頼もしいのう。儂としても、強いアンデッドの死体が増えればそれだけ魔王軍強化に活かせるというもの」
「……どういう意味だ?」
「……お主が生き残れたなら、後で儂の研究室に来て欲しい。疑問に答える代わりに、血や爪を少々採取させてもらいたい」
含み笑いを受かべ、自らの影の中に沈んでいく
「……血や爪って……何に使うんだ」
「……あの爺は魔物――特にアンデッドの進化について調べてる。きっと変異種のアシルに興味があるから城に残した」
「なるほど、研究者か。目的はまだバレてなさそうだ」
一先ず安堵する。
ただ一方で、安心できない情報も残していった。
「……地下牢に生きた人族がいるらしい」
「助けに行く?」
「勿論だ。だが、ノル。聞いておきたいんだが、
人肉など死んでも食べたくはない。
ゼノンは魔物の死肉も食っていた。
生きた人肉以外でも腹は膨れるはずだ。
「ん。でも好きなのは生きた人肉。
「……そうか。やっぱり本物の化け物になったんだな」
アシルがため息を吐きながら靄がかかった空を見上げる。
「――アシル、だいじょぶ?」
肩に乗ったノルがアシルの頭を慰めるように撫でた。
「……ああ、落ち込んでいる場合じゃない。とりあえずここに来た目的を果たそう」
「分かった」
するりとノルがアシルの身体から降りた。
「……王国の住民たちよ、どうか俺に力を貸して欲しい」
小声で呟きながら、アシルは目を閉じる。
全てはサフィア姫救出のため。
安らかなる眠りを与えられない事を謝りながらアシルは祈った。
「やってくれ」
「ん。<
ノルが禍々しい蛇が巻き付いた杖を掲げる。その瞬間、傍にあった死体の真下に黒き魔法陣が浮かび上がる。
死霊術師の
「……更に<
ノル自身の
瞬く間に中庭全体にまで漆黒の魔法陣が広がった。
ノルの
ノルの小さな体から立ち昇った膨大な魔力が輝きを帯びる。
「……<仮初の生を得て、現世に舞い戻れ>」
その言葉を最後に、わらわらと大穴から死体が一斉に這い出てくる。
うめき声をあげ、臓物を零しながら、死体が次々と仮初の生を得る。
本来は魔王軍の先兵となるために生み出されるはずだったアンデッドたち。
しかし、今生み出したアンデッドたちの用途は違う。
例えアンデッドでも、彼らはアシルの協力者だ。
基本的に自我を持たない下位アンデッドは生み出した術者に絶対的に従う。アシュトンが生み出したアンデッドはアシュトンに、対してノルが生み出したアンデッドはノルに。
「ふう、ちょびっと疲れた」
「……お疲れ様」
凄まじい力を発揮して疲れたのか、アシルはノルを労う。
目の前の光景は迫力に溢れていた。
流石は屍霊四将の座に就く幼女。
たった一人で軍隊を生み出してしまった。中庭を瞬く間に埋め尽くす
敵だと思うと心底ゾッとするが、味方だととんでもなく頼もしい。
生み出したアンデッドはアシルが反旗を翻す時、共に立ち向かってくれる事だろう。
その時までは、彼らはまだ魔王軍の先兵だ。
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