第21話
ノルを床に下ろして、アシルは膝をついて彼女と目線を合わせた。
それから静かに語り始めた。
自らの過去を。
敵であるはずの、魔王軍大幹部に。
エルシュタイン王国の副兵士長だった事。
聖剣の巫女であるサフィア姫を王都から連れ出そうと試みた時に殺された事を。
「……気がついた時にはアンデッドとして蘇っていた」
「……アシル」
「そう。それが俺の……本当の名前だ」
ノルは僅かに目を見張り、
「……一度亡くなってからアンデッドになった場合……生前の自我を保てる人をノルは知らない。驚き」
「……そうなのか?」
確かに
本来のアンデッド化の例としてはアシルの方が異例で、ロイの方が普通なのだろう。
いっそ自分もそうなっていれば悩まなかったが、ああなりたいとは思わない。
(ロイは人族を殺すだろうか)
実は自らの本心を隠して魔王軍に一矢報いるチャンスを伺っていた。そんな未来を想像したくなる。そうだったらかっこいいものだ。
だが、もし魔王軍の尖兵に成り下がっていたら、止めるのは自分の役目に違いない。
「……理解できた。どんなに自我があっても、アンデッドは生者を憎む。魔王軍の幹部たちも、内心ではノルを嫌っている。だから、ノルが生み出したアンデッド以外でノルを守ってくれたアンデッド――アシルを見た時、信じられなかった」
「……」
「でも嬉しかった。初めての経験だったから」
アンデッドが意思を持って生者を守った。それは本来あり得ない事らしい。
だからこそ、ノルはアシルに対してあれだけの興味を抱いていたわけだ。
「……ノル、俺は生前できなかった事をやり遂げたい。この王城のどこかに囚われているはずのエルシュタインの姫様を救出して、勇者フレンの元に送り届けたい」
「……」
「当然魔王軍を裏切る事になる」
その言葉にも、銀髪の幼女はあまり驚きを見せなかった。
「……ノルは……魔王軍の偉い人だよ?」
ただ上目遣いで尋ねてきた。
咎めるようなものではなかった。むしろ自分に打ち明けて良いのかと、そんな心配の色の方が強かった。
「聖剣の巫女を封じる事は魔王様の命令。魔王軍にとっては最重要事項だった。ノルがエルハイドに伝えれば、アシルは終わり。話して良かったの?」
「当然だ。それは君がこのまま魔王軍に所属する事を選んだ場合の話だろ?」
目の周りがすっかり赤くなったノルはきょとんとしたまま首を捻った。
「どういう事?」
「……俺が全てを話したのは、一緒に魔王軍を抜けて欲しいからだ」
「……それは……」
ノルが俯く。
彼女の気持ちも分かる。
生まれてからずっといた場所を、急に離れようと言われて素直に頷けるわけがない。
それでも、アシルは話を止めない。
魔王軍にいてほしくなかった。一緒に来てほしいのだ。
「進化して俺は中位アンデッドになった。だからかな。姫様を救出した後の事を考える余裕が少しだけできた」
「……後の事?」
「そうだ。漠然と俺は生前できなかった事……人族を助けたいと思っていた。だけど、今の俺はアンデッド。単純に手助けしたいと言っても、誰が信じてくれるんだろうと、今気付いた」
城の窓に映った自分の容姿をアシルも初めて目にした。
姿形は人族とそこまで変わらない。
しかし土気色の肌に、
明らかに化け物だった。
それは進化しても同じだ。
吸血鬼になったら青白い肌と牙で分かるし、何より日の光にめっぽう弱くなって人間社会で酷く生きづらくなる。
「俺はもうエルシュタイン王国には帰れない」
「……アシルも一人ぼっち?」
「ああ。だけど俺はどんなに嫌われても……やっぱり人族を助けたい。魔王軍幹部として、このまま戦争に参加する事はできない。人族が絶対的な正義じゃない事も分かっている。でも、俺はやっぱり人間だから」
「……ノルは……人族の中じゃ生きていけない」
「俺もそうだ。街に入るつもりはない」
「……それでも助けるの?」
「……ああ」
王都陥落時、何もできなかった分はこれからの行いで挽回するしかない。
何より、姫様に謝りたかった。
あの時、何もできなかった事をひれ伏してただただ詫びたかった。
「……どこで暮らすの?」
「もしノルと一緒に行動するとなったら、基本は野宿かもしれない」
「……毎日野宿?」
んーとノルは唸りながら考え始めた。
我ながら最低な環境だ。
魔王軍に残ろうが、アシルと共に魔王軍を離れようが、どちらも危険な事に変わりはない。
どんな選択をするのか、それはノルに委ねるしかない。
アシルはただ自分の素直な気持ちを吐露することしかできない。
「……例え誰にも望まれなくとも、せめて隣には、自分を必要としてくれる誰かがいて欲しいんだ」
「……アシル」
「……別に俺に倣って人族を助ける必要はない。だけど、広い世界には俺たちを認めてくれる誰かがいるかもしれない。魔王軍だけが居場所とは限らない」
どんな化け物に成り果てようと、自分の居場所が世界のどこかにはあるんだと信じたい。
「……勿論、今すぐに答えを出せと言っているわけじゃない」
当然、アシルは猶予を設けるつもりだった。
魔王軍を抜けるか、とどまるか。
これほど未来を左右する二択に、即答させる方が間違っている。
魔王軍にとどまったら、人族の英雄達からこぞって命を狙われ、更に内部からもその座を狙われ続ける。
かと言ってアシルについてきても、幸せを確約できるわけじゃない。下手したら人族も魔王軍も敵に回す可能性が多大にある。
しばらく時間をおいて、ゆっくり考えさせた方が良いだろう。
「……アシルが出ていったら、敵になっちゃう。それは嫌」
「……そうだな。俺も嫌だ」
「でも、抜けたらお父様とお母様の言いつけを破っちゃう」
ノルは頭を左右にゆらゆらと振りながら悩んでいる。
「このままか、アシルと旅にでるか」
「……」
どんな選択をしても、アシルは尊重するつもりだった。
とりあえず答えは数日後か、ぎりぎりのタイミング――サフィア姫救出が上手くいった時、改めて聞かせて貰おう。
アシルがそんな思考に辿り着いた時、
「……決めた」
ノルがくいくいとアシルの手を引いた。
「……いやいやいや。流石に早くないか? 大丈夫なのかそんな数秒で決めて」
逆にアシルの方が不安になる。
「ちゃんと考えた?」
「考えた」
「……」
アシルが疑念に満ちた目を向けるが、ノルは平然と頷く。
「だいじょぶ。後悔しない。ノル、アシルについていく」
「……え? ほ、本当に?」
さらりと告げられた言葉に、思わずアシルは僅かに硬直してから慌てて聞き返した。
「ん。そっちの方が毎日楽しそう」
「……い、いや、楽しさで決めて良いのか?」
疑問が溢れるが、同時に何よりも嬉しかった。
肩に入っていた力が自然と抜ける。
実に子供らしい理由だ。
だが考えてみればノルはまだ子供だった。
「これからも一緒」
伸ばされたノルの小さな手を握る。
「……ありがとう、ノル」
敵地のど真ん中。
アシルはほっと安堵の息を吐いた。
魔王軍大幹部が占領している王城内で、アシルはとんでもなく頼もしい味方を得る事ができた事に。
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