第13話



 地響きと共に地面がめくれ上がった。


 地中から現れたのは肉や鱗の類は一切ない全身が骨のみの四足歩行の竜である。前腕が両足よりも大きく発達しており、代わりに背に翼はない。


 最強の魔物種族である竜種。


 その中でも地竜と呼ばれる種をアンデッド化したものだ。


 地中を掘り進むために進化した鋭い爪と強靭な四肢は硬い岩盤や鉱脈すら容易に削る。


 空洞となっている眼窩には他のアンデッドと同じ赤い光がぼんやりと浮かんでいた。


 ちなみにアシルと謎の幼女ノルはその地竜の巨大な手に、立っていた街路ごとすくいあげられて乗っていた。


「……シャーロット。やっと来た」

  

 ノルがぴょんとアシルの肩から降りて親しげに竜を見つめる。

 

「……コレガ、シャーロット?」


 思わず呆気に取られて復唱してしまうアシル。

 想像していた姿とあまりにかけ離れすぎている。


 その強大な気配に、彼は無意識に固有技能を発動した。




名前 シャーロット

種族:骸地竜スカル・アースドラゴン

体力:B

攻撃:A

守備:C

敏捷:C

魔力:B

魔攻:B

魔防:C

魔物技能モンスター・スキル

骸竜の息吹ネクロ・ブレス

咆哮ハウル

・下位死霊アンデッド支配




 生前でもこれほど強い魔物とは相対した事はない。

 仇敵であるゼノン以上に目の前の骸地竜スカル・アースドラゴンは強い。


 つまり魔王軍幹部以上に強いアンデッド。


 それと密接な関係らしいノルの正体が益々気になってしまう。


「見て見て、マミーさん。ノルのペットのシャーロット」


 アシルの手を引いて、ノルがどうだと言わんばかりに骸地竜スカル・アースドラゴンを紹介した。


「……ペット? コレガ?」


「そう。目を離すとシャーロット、すぐ迷子になっちゃう。困った子」


 ノルがそう告げた瞬間、骸地竜スカル・アースドラゴンの眼窩の中に揺らめく赤い光が強く輝いた。


 何だかそれは違うだろと否定しているようにアシルには見えた。


「……ん? それはノルの方だって? 違う。シャーロットの方」


『……』


「単独行動しないでって言っているでしょって、それもノルの台詞」


『……』


 何やらノルは物言わぬ骸地竜スカル・アースドラゴンと意思疎通できるらしい。


 ちなみに先ほどまで執拗に狙っていた亡者の群れはもう襲ってこない。

 骸地竜スカル・アースドラゴンが地中から現れた途端周囲に散っていったのだ。


(下位死霊支配の影響か?)


 ただアンデッドがいなくなった代わりに、亡者以外の魔物は近づいてきている。

 城の方角から騒音を聞きつけたのか吸血蝙蝠ブラッド・バットの群れがやってきた。


 蝙蝠の群れはやかましく鳴き声を上げながら骸地竜スカル・アースドラゴンの頭上でぐるぐると旋回し始める。


「……んー、早く城に来いって言われてる」


 ノルはぼんやりと蝙蝠舞う空を見上げながら目を細めた。


「……よし、マミーさん。気に入ったから、一緒に来て?」


「……城ニ俺モ?」


「……嫌?」


 上目遣いでノルはアシルを見上げた。

 友達と別れる時のような、そんな寂しさを内包させた瞳。

 

 こうして見ているとやはり年相応だが、アシルはノルという幼女がわからない。


 何故そんな表情をアンデッドに向けるのか。


 王都が壊滅しているのに、凄惨な血の痕や人骨が街路に転がっているのに。


 そちらには無関心なのは何故か。


 城に呼ばれている理由は何なのか。


 アシルは謎の一端を解き明かすため、固有技能オリジン・スキルを使って彼女のステータスを覗き見た。


(<解析アナライズ>)



名前 ノル・ネクロエンド

種族:人族ヒューム

上位職能クラス大死霊術師アーク・ネクロマンサー

Lv58


体力:C

攻撃:C

守備:C

敏捷:D

魔力:S

魔攻:A

魔防:A

固有技能オリジン・スキル

大魔法陣グレート・マジックスペル

職技能クラス・スキル

死霊創造アンデッド・クラフト

死霊強化オーバー・アンデッド

悪霊使役レイス・コマンド

不死身状態付与アンデッド・オブ・アンデッド



 (……いや強すぎだろ)


 見た目は非常に可愛らしい銀髪ツインテールの幼女。

 しかしその実態は手に持った杖で今にもアシルを撲殺できる遥かに上位の存在だった。


 レベルやステータスに目を奪われるが、それ以上に重要なのは家名と職能クラスだ。


 ネクロエンド家は確か数百年前にエルシュタイン王国にいた大貴族の家名だ。

 爵位は侯爵。


 今でこそ王国を守る四つの名家を四候聖家と呼んでいるが、元々五つだった。


 そんな名家の貴族が国を追われた原因は職能クラスにある。


 ネクロエンド家は代々、死霊術師ネクロマンサーを輩出する家系だった。


 当時は農作業や鉱山での重労働などに疲労のないアンデッドを使って働かせ、領地を発展させていたのだ。


 しかし数百年前、一体のアンデッドが進化の果てに魔王となった。

 王国と敵対する事になる【屍の魔王】が誕生した事で状況は一変する。


 今では死霊術師ネクロマンサーとは、魔王の下僕であるアンデッドを創造、使役できる事から忌み嫌われる職能クラスの一つだ。


 いや、もはや職能クラスという扱いでもない。


 魔物よりも人族に絶大な威力を発揮する漆黒の闘気――暗黒闘気を扱える暗黒騎士ダーク・ナイトなどと並んで、魔の力を操れる職能クラスは聖光神からの加護ではなく、悪魔に見初められた悪魔憑きとして差別の対象にされる。


 当時の国王から一族郎党、斬首刑に処されたと歴史上には記されているが、難を逃れた一部の血族が魔王軍に身を寄せていたのだろう。


「ノル……一ツ聞キタイ事ガアル」


「何。マミーさん」


「ノルハ……ヤハリ魔王軍ナノカ?」 

 

 一応確認のために尋ねる。


「……当然。だからノル、城に呼ばれてる」


 きょとんとした表情を浮かべ、小首を傾げているノルの幼い顔を見つめながら、アシルは彼女の過去に思いをはせる。


 ノルはおそらく、周りにアンデッドしかいない状況で育ったのだ。


 だからアンデッドに囲まれても危機感がないし、生まれてからずっと魔王軍に所属していたのだから自分の立ち位置を疑問にも思わない。


(……死霊術師ネクロマンサーか。兵士時代に捕まえた囚人にもいた)


 基本的にエルシュタイン王国の民は皆、物心がついた頃に教会に行き、【天使の涙】に触れて聖光神から加護である職能クラスを授かる。


 死霊術師や暗黒騎士の職能クラスは極めて珍しいが、今ではその場で教会によってされる事が多いと聞く。


 しかし中には難を逃れた者もいる。


 彼らは指名手配され、悪魔憑きとして教会と国から追われる運命を背負う。


 まともな職に就けないから、犯罪行為に走るしかなかった。迫害され、身の危険を感じるから抵抗した。


 そう供述した彼らが死刑になるたびに兵士時代のアシルは自分の中で徐々に疑念を深めていた。


(……自分のやっていることは本当に正しいことなのかと)

 

 罪を犯していなくても悪魔の疑いをかけられ、理不尽に差別される。

 そんな人間社会で真っ当に生きていく事などできるのだろうか。


 持って生まれた力だけで悪だと断ずるのはおかしいのではないか。


 過去を思い返すアシルの様子をノルはぱちぱちと瞬きをして不思議そうにしている。


 ノルはエルシュタイン王国では生きていけない。彼女はここにいるしかないのだ。

 しかし、それはアシルの敵になる可能性をも秘めている。


 俯いて何も言わないアシルを退屈に思ったのかノルは彼の手を握って、


「……マミーさん。今度はノルの番。城に来て。そしていっぱいいっぱい質問する!」


 元気よくそう告げたノルは眠そうな目を細めて花のように微笑む。


 主であるノルの意思を汲み取った骸地竜スカル・アースドラゴンが地面を鳴動させながら城に向かい始めた。


 周囲のアンデッドが蜘蛛の子を散らすように距離をとる。


 「……チョット待ッテクレ。幹部デモナイ俺ガ入ッテイイノカ?」


 正直捕らわれているサフィア姫の様子が気になるので入れるなら入りたいが、ゼノンの命令を無視する事になる。


 先ほどノルを抱えて大立ち回りを演じたため、驚くほどレベルが上がっているが、ゼノンに勝てるほどのレベルには満たない。


 できればもっとレベルを上げておきたいところだった。


「……だいじょぶ。ノルの友達って言えば顔パス」


 その自信は自らが持つ力に起因しているのだとアシルは考えた。


 しかしそういう事ではなかった。流石に幼女が魔王軍で重職についているという考えは微塵もなかった。

 だから続く言葉には流石に戦慄した。


「――だってノル、魔王軍最高幹部【屍霊四将】の一人だから」

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