第12話
カタカタと骨を鳴らしながら
先ほど闘気を纏わせた影響で繰り出してきた漆黒の拳に、アシルも合わせるように己の拳を合わせた。
力は互角だが、
別の個体が体当たりをしかけてくるが、横に躱しながら容易く足をかけることができた。
(……この
アシルは目の前の
衝撃で歯が吹き飛び、顎を砕いた。
そのまま追撃しようとしたところで後ろから再び気の抜けた悲鳴が耳に届いた。
「たーすーけーてー」
先ほど転んだ
やはりアンデッドは生きている人間に引かれるのだ。
「ヤメロッ」
アシルは後ろから
そしてそのまま足を掴んで勢いよく引きずり上げながら横に振り回し、傍にあった家屋の石壁に頭蓋骨をぶち当てた。
バキッと骨が割れる音と共に、頭どころか上半身が粉々になった
光の粒子が流れ込んできた事で倒した事を自覚する。
これで二体目。
最後に残った
その光は後ろに庇う幼女を見ているような気がしてならない。
そして
「……逃ゲルシカナイ」
流石に同時に相手できるのは二、三体が限度だ。
幼女を連れてとりあえずこの場から離れよう。そう決めた瞬間、幼女が軽やかにアシルの肩に飛び乗った。
「……それがいい。気に入ったから、乗せて?」
「……」
「んしょんしょ」
幼女がアシルの肩の上に座り、そのまま納得のいくポジションを探ろうと体を揺らす。
その体勢はどこからどう見ても肩車だった。
ここでようやくアシルの理性が仕事をし始めた。
躊躇なくミイラ男に飛び乗る行動。
何故アンデッド蔓延る街で幼女がただ一人生きているのか。
外見通りの存在ではない。
しかしその考えに至りながら、アシルは既に彼女の足を優しく掴み、落ちないように細心の注意を払いながら走り出していた。
彼女の長いツインテールが包帯に覆われている頬をくすぐる。
「――マミーさん。あそこがいい。あそこまで行って」
幼女がびしっと指差したのはエルシュタイン王国の王城である。
黒い靄を放つ禍々しい城。
普通の子供なら泣き叫びそうなものだが、謎の幼女の眠そうな瞳からは一片の恐怖も感じない。
「……無理ダ、辿リツケナイ」
「……分かった。じゃ、ここで少し遊ぼ?」
「余裕ダナッ、君ハ一体何者ナンダ……?」
会話しながら、アシルはどうしようかと辺りを首を振って確かめる。
「カタカタカタッ」
後ろには
表通りに出たら追いかけられている数以上のアンデッドと遭遇してしまう。
この街にはアンデッドしかいないのだ。最初から四面楚歌の状況である。
生ある者の存在を彼らは許さない。
「……マミーさんこのままじゃ捕まっちゃう」
「ドウスレバッ」
「……力貸してほし?」
「……力ヲ? ドウイウ意味ダ」
「こういう意味」
蛇を模した金属が巻き付いている不気味な杖を片手に幼女がぼそりと呟いた。
「<
その瞬間、アシルの全身に力が溢れ出した。レベルアップなど比較にならない凄まじい程の身体能力の向上がはっきりと分かる。
「……コレハ……?」
「ノルの力。凄い? 凄い?」
アシルの頭をぽんぽんと叩きながら――自分をノルと呼称する銀髪ツインテールの幼女が肩の上ではしゃいでいる。
(やっぱりただ者じゃない)
その無邪気で子供らしい振舞いは年齢相応だ。
終始彼女は楽しんでいる。
しかし持つ力は明らかに普通ではない。
その様子から何となく察せる。
本当は助ける必要もなかったのかもしれない。
だが、その選択肢を彼が選ぶ事は絶対になかった。
アシルの胸中にはあの王都陥落の日からずっと一つの心残りがあるのだ。
今度こそ守りたい。自分に誰かを守れる力があるのだと思いたい。
その想いが、アンデッドとして自我を取り戻した瞬間からずっと心の中で燃えているのだ。
「凄イ力ダ。本当ニ」
「でしょ、でしょ。マミーさん、全部けちらして?」
眠そうな瞳は相変わらずだが、ふふんと得意げに鼻を鳴らして胸を張る幼女にアシルはしかしと首を振る。
「……デモ君ノ身ガ危ナイ。逃ゲタ方ガ良インジャ?」
今の身体能力ならアンデッドの群れの頭上を飛び越えて行く事もできる。
「……大丈夫。ノル、頑丈だから。それよりも早く突撃、突撃」
ぐらぐらとアシルの身体を揺らしながら「突撃ー」と叫んでびしっと亡者の群れを指差す幼女。
その姿にアシルは深く嘆息しながら口を開いた。
「ワカッタ。コノ状態ナラ何トカナリソウだ……」
彼女にとってはアンデッドに追いかけ回されるのも、撃退するのも遊びなのだと理解した。
まるでこの状況がいつもと同じ日常の一部のような、そんな緊張感のなさが感じられる。
謎の幼女ノルを肩車しながら、アシルは亡者の群れに飛び込んだ。
まさしく人外の膂力を得たアシルの拳はもはや砲弾のようだった。
細い枯れ木のミイラの腕が撓るだけで、
存在力の吸収も捗るというもの。
ちぎっては投げを繰り返し、無数にノルに伸ばされてくる異形の手を払いのける。
「マミーさん。強い、強い」
きゃっきゃと喜ぶノルを他所に、アシルは必死である。
身体能力が驚くほど強化されても何せ数が多すぎるのだ。
とは言え、アンデッドの身体は疲れ知らずだ。
このままさばき続ければ、いずれは周辺からアンデッドが消えるはずである。
それがいつになるのかは分からない。少なくとも一時間では済みそうにない。
亡者の数が尽きるか、アシルの集中力がなくなるか。
我慢比べの形相を呈してきた。
「……あ、効果切れそう」
「……エ?」
「撤退、撤退……急げ、急げ、マミーさん」
またぽんぽんと頭を叩かれ、アシルはその言葉に焦る。
撤退と突然言われても四方をアンデッドに囲まれて身動きができないのだ。
瞬間、身体を包んでいた万能感が消える。
「ヤバイッ。モウ終ワリ――」
「あ、やっぱり大丈夫。シャーロットが来てくれた」
(大丈夫ってどこがだ……!)
無数のアンデッドにアシルは身体の各所を掴まれ、目の前には大口を開けた
アシルではなく、ノルを食おうとしているのだ。
その裂けた汚らしい口に咄嗟に自らの腕を刺し込もうとした途端、アシルの足元に広がっている石畳で舗装された街路に亀裂が走った。
驚く暇もなく直後、大きく地面が揺れ、全てのアンデッド達がバランスを失って転倒した。
例外なくアシルも片膝をついて状況把握に努めようとした瞬間、地面が浮き上がるのを実感した。
亀裂が深くなり、轟音が鳴り響く。
その割れた石畳の奥から巨大な骨のような何かが見えた。
(アンデッドか何かが地中にいるのか……?)
一瞬の浮遊感と共に目を白黒させたアシルの身体は地中から這い出た巨大なアンデッドの手のひらに乗っていた。
そのアンデッドはまるで竜だった。
肉や皮、鱗も何もない骨だけの巨大な竜だった。
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