第10話 杖の修理 1


 エコーさんとウルスさんが退店したあと、預かった杖を持って作業場へ移動した。


「杖の修理なんて久しぶりだなぁ」


「ウォウン」


 後ろをついてきたジジが「いつ以来?」と問うように首を傾げる。


「う~ん。宮廷魔法使いさんの杖を修理して以来かな?」


 あれは確か「国宝」とされる杖だったような。


 あっちも本物の杖だったし、エコーさんの杖よりももっと古い杖だったことを思い出す。


「さて、改めて確認していこうか」


 エコーさんの前で確認したが、確認漏れがないようにもう一度素材の確認から行う。


 彼女が大切にしている杖だからね。万が一にも間違いが起きないようにしないと。


「杖本体はエルダートレントの枝を加工した物、と」


 僕は素材をメモに記載していく。


 杖本体の素材はエルダートレントと呼ばれる木の魔獣から獲れる素材を削ることで作られていた。


 トレントという魔獣は長く生きるにつれて体全体に魔力を蓄積させていく。


 エルダーと呼ばれるほど長く生きたトレントから採取される太い枝には、それ一本だけで凄まじい杖を作るだけの魔力を秘めているのだ。


 所謂、本物の杖を作る過程で大事なのが素材に魔力が含まれていること。


 これは古代文字との相性が抜群に良く、彫り込んだ魔回路の魔力伝導性がグンと上がる。


 加えて、使用者の魔力と杖そのものが持つ魔力が溶け合い、魔法発動時に掛かる魔力コストの効率性にも繋がるのだ。


 ――余談であるが、市場に流通している量産型の杖は魔力を含んでいないので、百パーセント使用者の魔力を使って魔法を発動させる。


 これにより、量産型の杖を使う魔法使いの方が先に魔力切れを起こすという現象が起きる。


「それにしてもすごく丁寧な作りだなぁ」


 杖を形作る工程としては、枝を削って杖の形に成形しつつ、先端を台座のような形に削る。


 その上に任意のコアとなる魔石を置くだけ。


 シンプルな作業であるが故に丁寧な作りが際立つ。削る作業一つ一つに魂が込められていると思えるほど。


 加えて、使用されている素材からも『一切妥協しない』という想いが伝わってくる。


 何度も語るように一見簡単な作りだが、使っている素材は高級・高品質である。


 エルダートレントの枝一本にしても状態などによって値段が変わるのだが、これは平均価格の五倍はするだろう。


 ルクシア王国内の市場価格だけで言えば、この杖を買うお金で王都の一等地に豪邸が立つほどだ。


「エルダートレントの杖だし、伝統的な杖なんだろうな」


 師匠曰く、エルフは杖の作成時にトレントの素材をよく用いるそうだ。


 森と生きることを信念とするエルフの伝統的な部分もあるが、トレントという魔獣の素材に特別なこだわりを持っているという。


 特にトレントの中でもエルダーと冠する高級素材を使って作られた魔法武具は、エルフ族の中でも特に伝統を大事にする家系――族長家の血筋を持つ者達に多い。


 他にも民族儀式に用いる物として作られることも多いと聞く。


「……儀式用の杖は持ち出さないだろうし。となると、エコーさんは族長クラスの家に生まれたエルフ?」


 エルフ社会の中でも特別な血を持つ、と称される「族長家」はヒューマン社会で例えると貴族みたいな立ち位置だ。


 彼女の出自について考えるも、答えを知るのは本人だけ。


 僕は首を軽く振って考えを霧散させた。 


 最後に亀裂の入った魔石であるが、こちらも確認するとマンティコアの魔石で間違いない。


 これもメモに記載しておき、念のために魔石全体のサイズも測っておいた。


「さて、まずは魔石を外そう」


 まずは杖の先端、台座として形成された部分に接着された魔石を取り外す作業から行う。


 台座と魔石を接着させているのは、スライムの粘液とオオミズグモと呼ばれる魔獣の糸を溶かして混ぜた魔力を通す接着剤だ。


 接着剤の作り方は、熱湯で両素材を溶かした後に根気よく混ぜ合わせること。混ぜることでジェル状の接着剤が出来上がる。


 物に塗って乾燥させればくっ付く上に魔力の伝達を阻害しない便利な魔法物質だ。


 逆に接着剤を再びジェル状に戻す手段は、しばらく熱湯に浸してやればいい。


 ただ、今回の場合は杖の先端が痛まないよう熱湯の温度にも気をつけねばならない。


「まずはぬるま湯から……」


 作業場に置かれていた魔導コンロ――魔石を燃料とする小さなコンロ――の上にヤカンを置き、手でも触れるほどのぬるま湯を作る。


 桶にぬるま湯を入れてから杖の先端を桶に近付け、ぬるま湯を手で掬って台座と魔石の隙間に少量だけ流し込む。


 接着剤がジェル状に戻るかどうか経過観察しつつ、適切な温度を見極めていく。


 この接着剤がジェル状に戻る温度は、接着剤を生成した時の配合によって決まる。


 オオミズグモの糸が多ければ多いほど熱に強い接着剤が出来る。極論言えば水に濡れただけでジェル状に戻るような代物も作れるし、マグマのような超高温でなければ戻らない物も作れる。


 だが、後の修理を視野に入れているならば、どちらも現実的ではないのは作り手も理解しているはず。


 果たして杖の製作者はどうだろうか。


 壊れたら終わり、と考える人物なのか。それとも修理して長く使って欲しいと願う人物か。


 最初に試したぬるま湯ではジェル状に戻らなかった。


 そこから徐々に温度を上げていき、湯気が立つほどの温度――五十度を越えた温度を試すと……。


「おっ」


 スプーンですくった熱湯を少しずつ隙間に流し込んでいると、接着剤がジェル状に戻り始めた。


 台座に乗っていた魔石がぐらついたのだ。


 温度としてはトレントの枝が痛まないギリギリかつ、接着剤としての強度を十分に発揮できる塩梅。


「これは凄い」


 僕は見知らぬ製作者に対して賞賛の声を上げてしまった。


 杖としての強度、メンテナンス性を考慮した絶妙な配合率を実現にしているのだ。


 改めて細部まで行き届いた丁寧な作りに感嘆の息を吐いてしまう。


 ――桶の中にコロリとひび割れた魔石が落ちると、僕はおたまで回収してから布の上へ移動させる。


 次は綺麗な布で杖の濡れた部分を丁寧に拭き取り、陽の光が差し込む窓の傍に置く。


 杖の方は一日ほど置いて完全に乾燥してから修復作業に入らなければならないので、今日行える部分は魔石の加工までだろう。


「えーっと、マンティコアの魔石は……」


 素材棚の下段に置かれた金属製の箱を開け、白い紙に包まれた魔石の中から「マンティコア」と書かれた物を探していく。


「あった、あった」


 文字を見つけ、紙に包まれたままの魔石を取り出す。


 傷がつかないよう巻かれていた紙を外すと、綺麗な青色の魔石が姿を見せた。


 作業場に差し込む陽の光に当てると、魔石の中心にある魔核・・と呼ばれる小さな球体が見える。


 核と名を冠している通り、この魔石内にある魔核が何より重要だ。


 魔核が大きいほど魔法を発動する際の威力等に関わってくる。


 魔石のサイズに関してだが、こちらは魔獣の年齢に比例すると研究成果が発表されている。


 同種であっても長く生きた魔獣ほど、心臓内にある魔石のサイズが大きくなるのだ。


 これは魔獣が生き続ける上で常に魔力を吸収していくからと考えられている。


 うちでストックしていた魔石は標準よりも少しだけ大きいサイズだ。


 元々杖にあった物よりもほんの少しだけ大きいので、魔石の外殻――魔核を覆う魔石の外側。宝石のような部分――を少し削らなければならない。


 棚の下にあった別の箱からハガネザラネズミの革を加工して作られた、魔石を削る際に使われる「ヤスリ革」を取り出しつつ、テーブルの前に椅子を持ってくる。


 加えて、コーヒーが入ったカップを少し離れた場所に置く。


 作業用の手袋をはめて椅子に座りつつ――


「よし! やるぞ!」


 むん、と気合を入れる。


 ここからは元々杖にはまっていた魔石と同じサイズまで、魔石をヤスリ革でひたすら削る作業。


 根気がいる作業ともあって、今日一日はこの作業で潰れてしまうだろう。


 手袋越しに魔石とヤスリ革を持ち、魔石を磨くようにひたすら削り始めた。


 しかし、力を込めて削らない。


 優しく、ジジの頭を撫でるようにかる~く削るのだ。


「わふぅ」


 ジジのあくびを聞きつつも、作業をひたすら続けていく。


 シャッシャッと小気味良い音が作業場に響き、テーブルの上には削れた外殻の細かいカスが積もっていく……。


 昼になったら昼食休憩を挟み、また夕食の時間までひたすらに。


 陽が落ちて空が真っ暗になった頃、ようやく魔石は元の物と同じサイズに整形された。


「ふう……」


 削り終わった魔石を水で濡らした布で磨きあげた後、杖の台座と接着する面に加工を施す。


 愛用の彫刻刀を手にしたあと、小さく息を吐いて集中。


 魔力伝達を意味する古代文字を小さく描き、文字の周囲には二重の円を描く。


「…………」


 ここを失敗すると魔石の選定からやり直しなので、失敗はできない。


 慎重に慎重に。一文字ずつ、少しずつ……。


「……よしっ!」


 魔石側の加工は完成。


 傷がつかないよう布を敷いた箱の中に入れて保管しておく。


「ジジ、今日は寝よ~」


「わふん」


 ずっと傍で見守ってくれていたジジと共に二階へ上がり、ジジをもふもふしながら眠りに落ちた。

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