第10.5話 杖の修理 2


 僕は体に重みを感じて目を覚ました。


 瞼を開けると、目の前にはジジの横顔がある。


 僕の胸に頭を乗せたジジが、じーっと横目で僕を見つめているのだ。


「ふわ~、ジジ……。おはよう」


 大きなあくびをしながらも、ジジの頭をワシャワシャと撫でる。


「ウォン、ウォウン……。ウォフ!」


 パタパタと尻尾を振るジジはベッドに上がり、ふすふすと鼻を鳴らしながら僕の首筋に鼻を擦り付ける。


「どうしたの? お腹減った?」


「ウォフ」


 ふんす、と鼻を鳴らすジジの顔には「お腹減っちゃった」と訴える表情が浮かぶ。


「んー……! あぁ~!」


 上半身を伸ばしながらストレッチを行い、完全に目を覚ました僕はベッドを出る。


「よし! 朝ごはんを食べて作業しよう!」


「ウォン!」



 ◇ ◇



 朝食を食べたあと、僕は一階にある作業場へ向かった。


 昨日から干しておいた杖はどうなっているかな?


 杖の状態を見ると水気は完全に飛んでおり、しっかりと乾燥できているようだ。


「さて……。やるぞ!」


 手袋を装着し、片手には彫刻刀を握って。


 むんと気合を入れてから本日の作業に取り掛かる。


 まずは杖に彫られた魔回路の修復と追加を行うのだが、今日は特に集中力と魔力が必要になる。


「何度見ても綺麗な魔回路だなぁ」


 杖の魔回路は、根本から右巻・左巻きの螺旋を描くように二本描かれている。


 右巻きに彫られた古代文字の羅列は、杖の基本となる魔力の維持と魔法の指向性。あとは今回の原因となったリミッター機能に関する文字が。


 左巻きに描かれているのは、使用者の魔力を杖全体に流す伝導性と効率性を上げるための数式と文字が。


 根本から始まった文字は杖の表面に『8』を描くように彫られていき、魔石がはまる台座の部分で最後の文字が接続することにより完成する。


 簡単に言うと難解、複雑、超細かい。


 細かく小さな文字の中にあるリミッター機能を示す文字だけを綺麗に削り、削った部分にブースター機能を示す文字を彫り直すのだ。

 

 他の文字を少しでも傷つけてはいけないし、修正の際に深く削りすぎると修理箇所が目立って杖としての見た目が損なわれる。


 ――完成度の高い物というのは、完璧な性能面だけでなく美しくもなければならない。


 これは魔導具を作る際、師匠がよく口にしていた言葉だ。


 僕自身も心の底から同意する。


「…………」


 それに大魔導師の弟子である以上、僕が持つ全ての技術を使って『完璧』を目指すのは義務と言えよう。


 いつも以上に集中力を高め、彫刻刀を自身の指の延長と考え、より繊細な動きを心掛ける。


 ゆっくり、確実に。


 該当の文字だけを綺麗に薄く薄く削いでいく。


 たった一文字削ぐだけで三十分以上掛かってしまったが、時間よりも丁寧で美しい表面を作ることに重きを置く。


「ふぅ~……!」


 昼を過ぎた頃、ようやくリミッター機能を示す文字全てを消すことに成功した。


 手袋を外した指で表面を撫でてみるが、引っ掛かりはなし。


 うん、上手くいった。


「ジジ、お昼食べよ」


「ウォン!」


 見守ってくれていたジジと共にお昼を食べて、コーヒーを飲みながら少しゆっくり過ごす。


 脳を休ませて集中力を回復させたあと、再び作業に取り掛かった。


「さて、次は……」


 いよいよ新しい文字を彫る作業に取り掛かるのだが、その前に彫り込む文字の確認を行う。


「どんな組み合わせが最適かなぁ」


 杖に搭載させる新機能は『ブースター』で決定しているが、古代文字は文字の組み合わせで性能が決まる。


 簡単に言うと『超凄い』と『凄い』の差である。もっと言うと『超凄い』と『めっちゃ凄い』という微妙な差まで表現できる。


 一見してどれも同じように見えるが、文字の組み合わせで性能や効率性を細かく設定することができるのだ。


 難しく感じるかもしれないが、これこそが『オンリーワン』を作り上げる古代文字の力と言えるだろう。


「う~ん……。エコーさんは単純に威力アップを期待していたよね。となると……」


 紙にいくつか候補となる文字を書いて絞り込む。


 そして、杖全体の魔回路と睨めっこしながら本当に適しているかを判断していく。


 魔力消費、効率性、再現威力の限界値、発動までの時間、そこに全体的なバランスを加味して――文字の組み合わせを決定した。


「よし! 集中、集中!」


 目を瞑りながら両手を擦り合わせ、集中力を高めていく。


 窓の外から微かに聞こえる街の喧騒が消えたあと、握った彫刻刀の刃に魔力を流す。


 銀の刃が金に変わったのを確認したあと、ゆっくりと杖に近付けていく。


 ――彫刻刀に魔力を流す理由は、魔力を含ませた文字でなければ意味がないからだ。


 古代文字とは読み書き共に難解であるが、実用性を発揮するには『文字に魔力を含ませる』ことが大前提となる。


 文字としての意味だけではなく、文字一つ一つも真に魔回路の一部となり、それらの組み合わせが『杖』となるのだ。


 しかも、単に魔力を流しながら彫るだけでは一流とは言えない。


 師匠曰く、文字には適した魔力の性質がある。


 古代文字の「あ」を掘るならば「あ」に適した魔力を流しながら彫らねばならない。


 これに関しては幼少期の頃から叩き込まれているので、僕が大の得意とする部分でもある。


 成長してからは褒めてくれなくなった師匠も「お前は魔力の性質変化がずば抜けて上手い」と褒めてくれたっけ。


「…………」


 一文字一文字にたっぷりと時間を使いながら、削ぎ作業と同じく手を休ませながらも慎重に刻み込む。


 同時に文字がちゃんと機能しているか、古代文字として発揮されているかも魔力を流しながらチェックする。


 杖に魔力を流すと、既存の文字も新しく掘った文字も金色に光った。これが機能している証拠だ。


「…………」


 彫って確認、彫って確認。手や指が少しでも震えたら休憩。


 たった十文字彫るだけだが、作業が終わる頃には夜の十時を越えていた。


「ふぅぅぅ! よし!」


 文字を彫り終えたあと、最終チェック!


 杖全体に魔力を流して文字が全て金色になるかを確認。


 杖に彫られた「8」を描く螺旋状の文字は全て金色に光っており、先端で合流する部分も問題なし。


 今日の作業は無事完了。


「ふぅ~」


 朝から晩まで集中力を要する作業を続けていたせいか、少し目がチカチカする。


「明日で仕上げだ。頑張ろう」


「ウォン!」


 しかし、完成まではあと一息。


 今日は夕食を食べたあとすぐ眠って、翌日は朝一番で仕上げ作業に取り掛かった。


 仕上げ作業はそれほど苦労しない。


 製作者と同じように接着剤を生成し、台座に魔石をはめ込むだけ。


 台座部分に接着剤を塗り、魔石は彫った文字が根本に向かうように配置する。


 彫った文字が台座で隠れてしまうが、正しい配置である。こうすることで台座に彫った文字と合わさり、魔石まで魔力が流れる仕組みとなっているのだ。

 

 あとは接着剤がある程度固まるまで手で押さえ、作業場にある杖用ホルダーに安置すれば完成だ。


「エコーさん、満足してくれるといいなぁ」


「ウォフ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る