第4話 朝の散歩と納品 2


 迷宮組合を後にした僕は、犬ゾリに積まれた残り一箱を納品するべく次の目的地へと向かう。


 メインストリートを中央区に向かって歩き出し、都市の中心にある中央十字路付近に建設された大きな建物。


 到着した建物の名は聖アリオス医療院、またの名を聖アリオス教会と呼ばれる場所だ。


 名の通り、教会に勤める聖職者達が人々に対して医療行為も施す場となっており、都市に存在する建物の中では一番大きな建物となっている。


 その理由は、都市住民全員の医療行為を引き受けている点。加えて、大神アリオスに祈りを捧げる教会も横並びで併設されているからだ。


 医療院と教会の裏手には聖アリオス教会が経営している孤児院も建っていて、中央区画の北東半分は聖アリオス教会の施設で占有されている。


「よっこいしょ」


 犬ゾリから木箱を持ち上げ、ジジに視線を向けた。


 今度はついて来る? と聞く前にジジは床に伏せて目を閉じてしまう。


 ここで待っている、という態度に僕は「ふふ」と笑い声を漏らしながら医療院の入り口へ続く石の階段を登り始めた。


 計五段になる石階段を登り、入り口のドアを開けるべく箱を地面に置こうとしたが、タイミングよく入口のドアが開いた。


「おや? おお、クルツ殿。おはようございます」


 入り口から出てきたのは箒を持った中年聖職者。


 どうやら入口の掃き掃除をしようと外に出てきたところみたい。


「ポーションの納品に来ました」


「これはこれは。いつもありがとうございます」


 彼は深く頭を下げたあと、入口のドアを開けて支えながら「どうぞ、中へ」と笑顔で言ってくれた。


 ありがとうございます、と礼を言いながら医療院内へと進入し、そのまま医療院入口にある受付へと歩み寄った。


「クルツさん。おはようございます」


「おはようございます。納品に参りました。先生はいらっしゃいますか?」


 受付に座っていた女性聖職者に告げると、受付奥にある部屋に向かって「先生、クルツさんが来ましたよ!」とやや大きな声で知らせてくれる。


 女性聖職者の声を聞き、早足でやって来たのは祭服の上に白衣を着た茶髪の若い男性。


 だが、よく見れば上に羽織っている白衣には赤い血が付着していた。


「ルディ先生、どうしたんですか!?」


「やぁ、クルツ君! ――ああ、すまない!」


 白衣に付着した血に驚く僕の声と同時に、ルディ先生も同時に声を上げて言葉が被さってしまった。


 互いに「すみません」と謝って仕切り直すと、ルディが先に口を開く。


「申し訳ない、早朝に迷宮で怪我した者が運び込まれてね。先ほど処置を終えたところだったんだ」


 どうやら迷宮から運び込まれた患者を処置したばかりらしく、白衣に付着していた血は迷宮内で怪我をした冒険者のものだのだろう。


 聖職者であり、都市一番の優秀な医師としても活躍するルディは朝から大忙しだったようだが、緊急事態じゃないことにホッと胸を撫でおろす。


「いやはや、誤解させてすまないね」


 そう言いながらルディ先生は白衣を脱いでクルクルと丸めて脇に抱える。


 そのまま僕を奥の休憩室へと誘った。


「ソファーに座って待っててね」


 休憩室内のソファーを勧められ、僕は木箱を脇に置いて着席。


 ルディ先生は丸めた白衣を折り畳み式のランドリーケースに入れると、休憩室内にあった手洗い場で手を洗い始めた。


 両手を清潔にしたルディ先生は箱を開けてポーションの数を確認していく。


「うん。注文通りです。いつもありがとう」


 確認を終えたルディ先生は受付に向かい、納品完了と書かれた文字と聖アリオス教会の紋章朱印を押した紙を手渡してきた。


 迷宮組合と違い、教会が外部依頼した物に関しては全て納品完了書が渡される。


 これは依頼料と商品代金の振り込み証明書としても使われ、同時に『依頼完了』の証明書としても扱われるものだ。


 同じ物を教会側が持っており、教会側は証明書を片手に僕の王立銀行口座へお金を振り込む仕組みとなっている。


 これら一連の流れと証明書が発行される理由は、外部の人間とのトラブル防止として作られた教会独自のルールである。


「運び込まれた怪我人は大丈夫でしたか?」


「十五階でアイアン・アントの群れに遭遇したようでね。腕に噛みつかれてしまったようだ」


 内容を聞き、僕は思わず「うわぁ」と顔を顰めてしまった。


 アイアン・アントとは鋼の外殻に覆われた巨大な蟻。顎にある牙も鋼でできており、噛みつかれれば人間の腕など軽く切断してしまう。


 ルディ先生は噛みつかれた後の事を口にはしなかったが、アイアン・アントを知っていれば「切断されたんだな」と簡単に想像できた。


 迷宮とは国に大きな恩恵を与える。


 迷宮に潜る探索者も日々の糧を得ることは勿論、迷宮内で新たな発見や迷宮踏破を成せば名誉を得ることだって出来るだろう。


 しかし、それらは簡単なことじゃない。


 今朝運び込まれた探索者のように、魔獣に腕を切断されて探索者稼業をリタイア……なんて悲劇はざらに起きるうる。


 光り輝く栄光の裏側には暗い影がつきものだ。


 その影となった者達が運び込まれる場所こそ、この医療院という施設と言えるだろう。


「だが、幸いにして命を落とす事はなかったよ。君のポーションがあったおかげでね。年々、探索者の死亡率が下がっていることは喜ばしいことだ」


 そう言って微笑むルディ先生だが、僕は眉を潜ませながら首を振る。


「ポーションを店頭販売したり、納品先を増やせれば良いと思うのですが……」


「それはダメだ。サーシャ様にも国王陛下にも禁止されているのだろう?」


 現在、僕が作るポーションは販売先も販売数も制限されている。


 制限を掛けているのは師匠とルクシア王国国王という最高権力者であった。


 師匠曰く「お前のポーションは薬であるが、害にもなる」とのことだ。


 より良い薬を開発することは素晴らしいことであるが、タイミングを見誤ると大惨事を引き起こすと。


 僕が「美味しいポーション」を完成させたのは十二歳の頃だが、当時注意されてショックを受けたことを覚えている。

 

「君のポーションは効きすぎる。怪我にもにもね」


 今となっては制限された理由も理解しているけど、それでも「もっと」と考えてしまうのは僕が未熟なせいだからだろうか。


「君の作るポーションは画期的で革命的だ。だが、同時にポーション生成を主な生業とする薬師業界に大きな衝撃とダメージを与えかねない」


 他にも現在主流となっている製法で使用される薬草の栽培など、迷宮素材以外の材料を生産する農家にも。


 僕の製法に使われる素材は現行品と全く違うので、業界全体を大きく変えることで既存の利益取得者を一掃してしまう可能性も秘めていると。


「何よりねぇ……。君の作るポーションが『師匠を越えている』というのが大きな問題でもあるよ」


 当時、師匠が僕の作ったポーションを片手に難しい顔を見せながら出かけていったことも覚えている。


 後に聞いた話だけど、あの時はポーションを持って王都まで行ったらしい。


 そこで陛下にポーションを見せて共に協議した結果、現在の制限が出来上がったというわけだ。


 限定された納品先はクレントにある教会と迷宮組合のみ。しかも、数量限定販売という範囲に収まった。


 ただ、師匠はそもそもポーションを販売すること自体に否定的だったみたいだけど。


 とにかく、そういった経緯もあってウィッチクラフトでポーションは店頭販売されていない。


 僕が作ったポーションは教会と迷宮組合という二大組織でした取り扱っていないし、関係者以外に対しては製造者の情報は限りなく秘密とされている。 


「まぁ、全ては君を守るためだ。サーシャ様は愛情深いな」


「僕への愛情よりも、怪我人の方が重要だと思うのですが」


「君の考えも正しいよ。だが、陛下が国としてのメリットとデメリットを天秤に掛けた結果だ。君が病む事もなければ、国としての判断としても正しいと思う」


 要はバランスの問題だ、とルディ先生は言う。


「君はまだ若い。サーシャ様が表舞台の脚光を浴びるにはまだ早いと考えるのも頷ける」


 ルディ先生は苦笑いを浮かべて「世の中には優しい人ばかりじゃないからね」とため息交じりに語った。


「世の中には君が思う以上に悪人が多いよ」


「そんなにですか?」


「ああ、そうとも。この目で見て来たからね」


 ルディ先生は「あっはっはっ」と笑いながら言うが……。あまり深く聞くのは止めておこう。


「それにね。君のポーションに頼りきりでは人生の先輩として恥ずかしいだろう?」


 と、ルディ先生は受付を指差した。


 そこには腕を医療用の固形材で固定して、その上から包帯をぐるぐる巻きにされた探索者が笑顔で受付の女性と話す姿があった。


 僕が耳を傾けると「いやぁ、腕が千切られた時は焦ったが、まさかくっつくとはな! 探索者業も廃業せずに済みそうだぜ!」と豪快に笑う話し声が聞こえてくる。


 現在の医療技術では切断された腕を元通りに治す、なんて行為は難しいとされていた。


 だが、目の前にいる医師はそれを可能にしてみせたのだ。


 僕は驚きのあまりルディ先生の顔をまじまじと見てしまった。


 すると、彼はニッコリと笑って言うのだ。


「どうだい? 日々研鑽を積む私の腕も悪くないだろう?」


「さすがです。先生」


「だろう? 年下の君に負けっぱなしというわけにはいかないよ」


 僕達は小さく笑い合う。


 先生の「今後も共に頑張ろう」という言葉に頷き、握手を交わした。

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