帰省

Yokoちー

帰省


 実家に帰省したのは、いつぶりだろう?

 

 どうしても行きたかった訳ではない。記念受験。そんな程度で受けた有名都市大学だ。うっかり受かってしまうなんて。嬉しかった。でも、気まずくもあった。


「一緒に進学するって言ったのに……」

 受験後に告白された、たった数日の彼女。僕と同じ地方の名もない私立大学に行くために、都市大学の推薦を蹴ったというのは本当だろうか? 泣きじゃくる彼女に胸が痛い。


 ならばそのまま、この地に止まればいい。そう思う人もいるだろう。だが、国のトップとされる大学だ。ここを卒業すれば人生の勝利は確約されるも同然。そんな大学を、行きもしないで辞退するなど、高校としても、親としても許すわけがない。


 僕はそっと彼女に別れを告げた。告白を受けて数日。傷は浅い方がいい。



 


 あれから数ヶ月。僕は初めて実家に戻った。どうか彼女に会いませんように。そう願いながら。幸いなことにここまで知り合いに会うことなく帰ることができた。僕は胸を撫で下ろす。しかし、油断大敵とはこのことだろう。


 玄関の引き戸が僅かに開いていた。そこから見えた艶のあるローヒール。見覚えがある。いや、よくある靴だ。母のものかもしれない。だが……。


 重苦しく鳴り響く鼓動を敏感に感じて、僕はそっと台所の入り口、つまり裏口に回った。母と若い女の会話が聞こえる。


「やっと帰ってくるのね」

「そうなの。もっと早くに帰省するかと思ったのに……」

 彼女はいつのまに母と仲良くなっていたのか? 共に台所に立つほどに。どんな状況でも自分を待っていてくれるのは嬉しいものだと、ほんの少し頬を緩める。


「ねぇ、これくらいでいいかしら? あんまり入れると鉄の匂いが強くなるのよね」

 彼女の言葉に、僕は夕食の献立を想像する。鉄の匂い……。なんだろうと思考を探る。


「ふふふ。せっかくのお父さんのものよ。たっぷり入れましょうよ」


 上機嫌な母の言葉に、一層予想できない。好物を幾つも思い出し、漂う湯気に香りを探していく。


「この白いプカプカする感じ。白子みたい。トマトもたっぷり入れて……。お鍋って良いわね。ほら、指がソーセージみたい」


 ゾクリ。

 突然、背筋が凍った。二人は何を作っているのか? 僕に何を食べさせようと言うのか? お父さんのものとは……?!


 恐ろしくなって、そっと場を離れようとする。……が、その時、ガチャリと扉が開いた。


「 お帰り! 随分、早かったのね。もうすぐご飯よ。 さぁ、早くお入りなさい」

 久しぶりに見た母。

 ツヤツヤと張りのある肌は何歳も若返ったかのよう。意味深な笑みに固まると、後ろからガシと掴む華奢な腕。

「うふふ。久しぶり。待っていたのよ。積もる話は後にして、さぁ、中に入って!」


 贖えない力。声ひとつ出すことが出来ず、僕はズルズルと家の中に引き摺り込まれる。



 数ヶ月ぶりの帰省。

 僕の立場は、びっくりするほど不味かった。

 

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帰省 Yokoちー @yokoko88

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