プレビュー「夜」

@Kanariro0831

第1話 今宵の月は酷く醜い

椅子を引く音が煩く、蝉が鳴いている。クラスの中に人だかりができている。

中心には転校生がいる。

眩い光が射し、私だけが違う世界を生きている。

誰も、私に近寄らない。

誰もが、あの転校生に近寄る。

光が射している。

ああ______そうか。

あれこそが、神が私にくれなかった才だ。

少女は_を騙った。



夜____日没から日の出までの暗い時間。太陽が沈んでいる間。宵ともいう。対義語...昼。


「寿限無」という噺は知っているだろうか。縁起のよい名前を全て並べて子の名前にし、その子が近所の子と喧嘩し、殴られた子が父親に言いつけ、長い名前を繰り返すうちにたんこぶが引っ込んでしまった。そういう話だ。だが、元々は、子を思い長い名前をつけるも名前が長すぎて救助を呼ぶのに時間がかかり、その子は命を落とす、という話だったらしい。

名前とは往々にして、込めた意味とは反対に子は成長していってしまう。

私の名前が「[[rb:真昼 > まひる]]」であることも皮肉だ。まだ年齢が両手の指で数えられた頃に日は入り果ててしまい、日の出など訪れたことは一度だって存在しない。月が綺麗ですね(=I love you)、とは言うが、月光はあまりにも弱く、私はまた宵闇に溺れ溶けてゆく。


[newpage]

学生にとって、転校生というものは重要なイベントの一つである。少女漫画のように、曲がり角でぶつかったのが転校生で、「あのときの!」と、物語が始まる...なんてことはないが、誰かの人生を逆転させてしまうには十分だった。小学五年生の秋。暦の上では夏は終わったというのに蝉が騒がしく鳴き、強烈な光が肌を黒く染め、まだ学校の花壇に向日葵が咲いていた季節に、[[rb:宵崎 冴夜 > よいざき さよ]]はやってきた。

新学期の始業式、涼しくはなく、そこそこ暑い中、体感で言えば五劫がすりきれそうなほどの校長の話を聞くのは生徒にとって拷問に等しい。誰もが「早く終われ」と思い、校庭には、道路を走る車の音と蝉の声、そしてスピーカーから出る校長の声だけが響き渡る。転校生発表という言葉が聞こえた途端、場がざわつき始め、コンサートの如く拍手がまきおこる。それらには、転校生への歓迎の意と、期待がこもっているのだろう。転校生のクラスが告げられると、ある者は落胆し、ある者は飛び上がって喜んだ。ひとつ、絶叫が聞こえたが、お構いなしに式は進んでゆく。

小学五年生の転校生は、真昼のクラスに来るらしい。周りのクラスメイトが歓喜する中、真昼は表情ひとつ変えず、ただ話を聞いていた。

長ったらしい式が終わり、教室に戻って皆が席に着く。

担任が朝学活を始めると言って、転校生に入ってくるよう指示した。

ガラガラと音を立てて戸が開く。


_______太陽。

真昼のギラギラと照らす太陽のような、輝き。



綺麗だ。


艶やかな黒髪に、可愛らしい二重の瞳。確かに顔立ちは整ってはいるが、綺麗だ、とつい思ってしまうほどでもない。ただ、真昼の瞳は、それを美しいものだと認識していた。

冴夜は何をするにもどんくさく、字はアンバランスで算数はとても苦手、教室移動の時も集団と反対方向に向かって呼び止められていた。取り柄がない、とはこの事を指す、とでも言えばいいのだろうか。とにかく「鈍間で使えない奴」だった。


ある日の昼下がり、校内で冴夜が迷子になっていた。

どうするべきか迷ったが、話しかけておいて損はないだろう。

「どうしたの?」

真昼は転校生に問いかける。

「あ、あのっ、迷ってしまって...」

目の前の転校生はひどく狼狽えている。無理もない。

「そっか。何処に行きたいの?」

「えっと、アレルギーの対応があるとかで、給食室に...」

給食室は下の階に行けばすぐにある。階を間違えたのだろうか。

「給食室なら一階に降りて、左に進めばあるよ。案内しようか?」

「いいの?ありがとう....!」

静寂の中に足音が響き渡る。ただ、階段を降りる。

女は真昼の後ろを歩き、話しかけてきた。

「......ねえ、名前......何て言うの?」

「[[rb:日野 真昼 > ひの まひる]]。真昼は12時の真昼。好きに呼んでくれて大丈夫だよ。」

「じゃあ、真昼ちゃんって呼ぶね」

そう言って冴夜はにっこりと笑った。私も呼び方に迷っていたから、ちょうどいい。

「冴夜ちゃんって呼んでいい?」

「もちろんいいよ!」

彼女の、太陽のように燦々と煌めく笑顔に胸が躍った。真昼はこの時、直感的に冴夜とは仲良くなれそうだと感じていた。予想通り、冴夜と真昼はすぐに打ち解け、いつも一緒にいるようになった。二人ともよく喋る性格[[rb:だった > ・・・]]ためだろう。今放送中のアニメのどのキャラクターが好きだとか、授業中に先生がすっ転んだ話だとか、たわいもない会話をしていく。冴夜は控えめに言ったとしてもかなり抜けていてぶっ飛んだ性格をしており、度重なる奇行に対し常識人の真昼がツッコミを入れる、というのを繰り返しだった。M-1に出場して優勝できるのではないか、と周囲に言われるほどに面白おかしいコンビだった。どんな話題でも"コント"に発展し、聞いたものは笑わずにはいられなくなる。幸せな2人だった。[newpage]



目を醒ます。まだ窓は黒く、時計を見ると深夜2時である。

体はじっとりと汗で濡れていた。悪夢でも見たのだろうか、記憶には存在しない。

寝る気にもなれないし、昨日シャワーを浴びずに寝てしまったことを思い出し、風呂に入ろうと廊下に出る。

ぺたぺたと静かに足音が鳴り、ぱっと風呂場の電気がつく。

シャワーの蛇口を捻ってから、脱衣所で服を脱ぐ。

浴室に入ってシャワーの湯を浴び、シャンプーを流して体を洗おうと思ったが、リンスをしろと冴夜に言われたことを思い出す。面倒だと思いながらも、リンスをしっかり髪に染み込ませる。

水音が反響する。

静かだ。酷く。



風呂から上がり、体を拭いて着替えたとき、ふと冴夜を起こしてしまってないか気になった。

冴夜の部屋なら風呂場の音が聞こえなくもない。部屋は真昼の部屋の向かいにある。そっと戸を開けると、冴夜は気持ちよさそうに眠っていた。

私がしたことの影響などなかった。爪痕すら残せていない。

...襲ってやろうか。

邪念が湧いたが、襲うってどうやるのだろうと思い、やっぱりやめた。

また、自分が嫌いになる。

自分の代わりに眠気が襲ってきたので、また寝ることができるような気がして、自室に向かう。

廊下の電気がふっと消えるのと同時に、眠りに落ちた。


目を開けて時計を見ると、いつの間にか朝10時になっていた。

のそのそと起き上がってリビングへ向かうと、冴夜がいた。

「おはよう」

「おはよう......。」

冴夜はパソコンをいじっている。カタカタとキーボードの音が鳴る。

「何してるの?」

「ん?ああ、今日は生配信あるからね」

「あれ?生配信?」

ふとスマホを見ると、『(日)』と表示されている。

そうか。日曜日か。

日曜日は私と冴夜で生配信を行うのだ。

起きて、栄養を摂取し、風呂に入り、寝て、起きて_____

そんな単純なサイクルを繰り返す生活だと、どうにも曜日感覚が狂う。

「じゃあ私も設定してくる」

「了解〜」



「みんな〜!こんきらり〜!」

「こんひかる〜」

「音量大丈夫かな?聞こえてる?」

【大丈夫だよ〜】

【聞こえてます】

「お、よかったよかった」

「じゃあ、今日もね、太陽きらりと星空ひかるで」

「ホラーゲーム実況、やっていきたいと思います」

「いぇ〜〜〜い!」

「ドンドンパフパフ〜」

画面に映るのは、宵崎冴夜と日野真昼。

_________ではなく、「太陽きらり」と「星空ひかる」だ。

オレンジ調のショートヘアの女と、青色がベースのショートヘアの女が笑みを浮かべ画面の中で手を叩いている。

それぞれ、「太陽きらり」は宵崎冴夜、「星空ひかる」は日野真昼のもう一つの顔である。

冴夜は可愛い声、真昼はイケボの持ち主であった。

それはもうとてつもなく。

冴夜としては、これが腐るのは勿体無い、そして自分と一緒に活動してほしいと、配信活動に真昼を誘って養っている。

真昼は特に何も考えてはいないのだが、幾つかのことに気をつけて、友人と一緒に遊んだり話したりするだけで生活を保障してもらえるのだから、とてもいい話だ。



[[rb:日野真昼 > ひの まひる]]は天才である。文武両道、才色兼備。まさに完璧、といった所だが、大抵のものは近づいて見てみれば、想像より完璧ではない。とにかく変人である。変人なのだ。天才=変人なのだが、それでも「変人」という言葉以外に彼女を表す言葉はないだろう。

高難易度の中学受験を難なく突破し、成績はトップ3を維持。そこから某国立大学に進学、大手IT企業に就職。英検、漢検ともに一級を所持。

これだけを見れば、人生イージーモードでトントン拍子に物事が進んでいる、そう見えるだろう。

そう、見えるだけである。

心という感覚は、決して共有できない。

共感はできても、完全に理解することはできない。個人により異なり、基準となるものがなく、人それぞれの固有の感覚でしかないからだ。

真昼のそれからの歴史を知るものは、この世に二人しか存在しない。


まず中学受験で合格し、成績はトップ3を維持しながら、学内の行事などでも好成績を残し、某国立大学に現役合格、そこから某大手IT企業に就職。将来安泰かと思われたその先_____


真昼は壊れた。


まず真昼は小学五年生の秋から徐々に狂っていった。

トリガーとなったのは小学六年生の夏だ。

太陽は神を騙った。





ふと、真っ黒に塗りつぶされた部屋の中、液晶が光を発した。

【新しい投稿】 『今日の配信も楽しかったぞ〜!また来週もやるからな〜!お前ら楽しみにしてろ〜!』

文字盤の光が闇に慣れきった瞳を灼く。この女は「月」ですらない。闇そのものだ。私の世界から太陽を消した忌まわしき影。太陽が影に隠されようとする時、その者は狂ってゆく運命が確定する。幾千もの仮面を持ち、顔が見えたかと思えばまたそれも仮面である。一体どれが本物なのだろうか。本物である意味は何だろうか。脳の中を数多の思考が駆け巡り、答えのない問題を永遠に議論している。

意味もないのに記憶力がいいのは困りものだ。生命維持活動に必要とされない大量の知識と教養が引き出しに丁寧に仕舞われており、少しのきっかけがあれば引っ張り出されてくる。嫌なことは忘れろというが、私の引き出しはいらない情報も綺麗に保存して取っておいてしまう。引き出しが勝手に過去のデータを掘り返し、私に突きつけてくる。人間は頭が良くなりすぎないよう出来ているらしいが、私はそのストッパーが少しばかり欠如しているような気がしてならない。そうでなければ、なぜ自分がこのように小さく愚かで醜く、忌み嫌う羽虫と同類なのだということを自覚せねばならないのだろうか。思考の渦にはまっている時点で大して頭が良くはないことなどわかっている。だが自覚しているのなら少しは私は有能なのではないか。

そのサイクルが繰り返し、全ての澱んだ厭な思考が引き出されて津波となって押し寄せる。やがて何も理解できなくなる。頭痛がする。偏頭痛とは違った、神経そのものが痛むような感覚。ズキズキと痛い。なぜこうも愚かなのだろう。

滑稽だ。

醜い。

醜い。

嫌い。嫌い。

嫌い嫌い嫌い。

嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い。

昔から刃物が怖くて、料理も苦手だった。なんだかこちらに向かって「お前を傷つけるぞ」と言われているような気がした。そんな物を自分で自分に当てるなんてできやしない。リストカットとは、自傷行為をして脳内で物質を分泌し、辛さを和らげるためのものだと何かの記事で見た。

そう、リストカットは「自傷行為」の手段に過ぎない。

だから、殴る。

殴る。殴る。

殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。

拳で自分の腕を殴る。思い切り殴る。殴る。殴る。机にぶつける。こんなところに分厚い本があったな、と思い、それを自分の体に打ち付けている。ああ、こんな頭なんてなければいい。

頭を打ち付ける、ゴン、と鈍い音が鳴る。

打ち付ける、音が鳴る。打ち付ける、音が鳴る。

打ち付ける。打ち付ける。おかしくなる、目が回って視界が歪み、少しだけ楽になるような気がした。

ガチャリ、と音がし、暗闇に包まれた部屋のドアが開く。

「....わあ。今日は一段とひどいね」

腰あたりまで伸びた長い金髪に、藤色のインナーカラーが入ったハーフツイン。両耳にピアスを開けている、可愛らしい女が現れた。


真昼は動きを止め、女の方を向いて、笑った。

「今日の仕事終わったんだね。お疲れ様。」

真昼の頭からは血が滴り、その状態で笑う真昼を見れば気狂いなのだろうかと誰もが疑うだろう。その言葉に間違いはないが想定とはまた違った「気狂い」である。戸を開けた女、[[rb:宵崎 冴夜 > よいざき さよ]]はすっかり慣れきって、血塗れの真昼と、一見すると普通に会話しているのはなんとも奇妙でおかしな光景だ。だが、目を凝らして見てみれば、真昼の笑いはどこか不自然で、冴夜からは少しばかり不安が滲み出て伝わってくる。

冴夜は昼を生き、真昼は夜を生きる。昼夜が逆転したのは、二人の運命が交差してしまったからなのだろうか。[newpage]

**


「頭、止血しなきゃだね。ガーゼと包帯どこ?」

真昼は無邪気な子供のように答える。

「ん〜...忘れた!あんま使わないからね、多分、あそこの棚。」

あまりにも薄っぺらい嘘だった。場所は覚えているし頻繁に使用する。

「あ、あったあった。ていうかなんでそんな血塗れになってんのよ」

ガーゼを押し当てられる。

「多分家の中で転んで頭打ったからそれかな〜。」

これも嘘である。先ほど自分で頭を打ちつけた。

「もう!気をつけなよ〜〜お前〜〜〜」

「気をつけてるんだよ〜〜〜〜。」

真昼がこんな明け透けの嘘を吐くのはバレていないと思っているから。現場を目撃されてもなお、隠し通せていると思っている。思い込んでいる。それは真昼の心の中に、「おかしくなっていることがバレてはいけない」という思考が初期装備で植え付けられているからだ。その思考が何を意味するのか、一寸だけでも考え始めたら気付けないほど真昼は鈍感ではない。だから、気づかないように、思考に制限をかける。前頭葉に錠と鎖が巻き付いている。

「それじゃ、おやすみ」

冴夜は部屋から出ていき、扉が閉まって空間は再び暗闇へと戻る。

しん、と静寂の音が部屋に響いた後、真昼の目からは涙が溢れ出す。河が氾濫したように、とめどなく流れていき、倒れるようにして寝転んだベットに染みを作った。

真昼の中身は空っぽである。

いつからか無尽蔵のはずのガスが減っていき、ついには切れていた。

真昼のガスが空っぽになり、炎を灯せなくなったのは冴夜のせいだ。

そうだ。きっと。

そう思っている。

そうに違いない。


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