猫と秘密と 3



「な、な、な、なんだこれは夢か!?猫が突然オリビアになった!!!」

「はぁ………………どうやら疲れすぎて幻でも見てしまったようだわ」

「うふふ」


 混乱するレナートとカトリーナを前にオリビアは視線を彷徨わせる。どうしたものかと考えて、一先ずは笑っておいた。

 だけどレナートはともかく、そんな誤魔化しが通用するカトリーナではない。「説明してくれますよね?オリビア」と圧をかけられ、オリビアは半強制的にヴェセリー侯爵の執務室まで引き摺られていった。


「お母様、今カシアンが来てくれているのだけれど……」

「今日は帰ってもらいなさい」

「はい……」


 アンナに伝言を頼み、重苦しいドアを潜る。三人揃って現れたオリビアたちを不思議に思ったアルバートだったけれど、すぐに異常事態を察した。

 オリビアはこれから尋問でも受けるかのような気持ちで三人と向かい合う。一番最初に口を開いたのはカトリーナだった。


「一体どうして貴女が猫になったのか、経緯をきちんと説明しなさい」

「それが私にも分からなくて……」

「はぁ…………では一体いつから?」

「初めて猫になったのは――」


 母、父、兄とオリビアは代わる代わる尋問もとい質問を受け、説明していく。と言ってもオリビア自身分からないことの方が多くて、ほとんどの質問はまともに答えられなかったんだけれど。


 質問タイムが終わる頃にはオリビア以外の三人の頭は重そうに下がっていた。


「はぁ、とりあえず話は理解した。私は直接見ていないから信じ難くはあるが、カトリーナとレナートが言うくらいなのだから本当なのだろう」

「ごめんなさい、ずっと黙っていて……」

「オリビアが言い難かったのも分かるさ。もし私がオリビアの立場だったとしても、簡単には話せなかっただろうからな」

「お父様…………」


 アルバートの言葉にオリビアは安心する。カトリーナもオリビアを抱きしめた。


「そうね。ずっと一人で悩んでいたのね。気付くのが遅れてしまってごめんなさい」

「お母様…………」

「てっきりオリビアがまた何かやらかしたのだと思ったけれど、違ったようで良かったわ」


(お母様からの信頼が全然ないわ)


 オリビアは肩を落としつつも、怒られたり気味が悪れたりしなかったことを安堵する。最後に、レナートへ謝った。


「ごめんね兄様。沢山遊び道具まで用意してくれていたのに」

「なっ、どうしてそれを……!」


(やっぱり買っていたのね)


 レナートならそうするだろうとオリビアは考えていたから予想通りの行動ではあった。しかしそれをオリビアが使う日は来ないだろう。レナートは残念そうにしつつも、首を振ってオリビアを抱き締めた。


「もちろん猫と遊べないのは残念だが、お前の方がずっと大事に決まっている。何も気にすることはない」

「兄様…………」


 レナートの言葉にオリビアが珍しく感動していると、カトリーナはその場を纏めるかのように口を開いた。


「一応個人的に調べてみるにしても、それだけではきっと難しいわ。だから神殿に行って神官に会うのはどうかしら?」

「そうだな。聖下に会うのは叶わなくても、何か分かることがあるかもしれない。すぐに訪問の日程について話してみよう」


(やっぱり嬉しいわ)



 ずっと一人で心細くて仕方なかったのに、家族が信じて動いてくれているというだけで、こんなにも安心するだなんて。オリビアはこんな状況なのに不思議と笑顔が溢れた。




 ***




 神殿は古代遺跡のような、神秘的な雰囲気がある石材で造られた大きな建物だった。オリビアは今、レナートと、何故か着いてきたカシアンと共に祈祷という名目で神殿に訪れていた。


「カシアン、どうして貴方までついてきたの?今まで神殿になんて全く興味なかったじゃない」

「僕も一度くらいは訪れてみたいと思っていたので、ちょうどいいタイミングだったんです。もしかして、僕が居ると邪魔でしょうか……?」

「そんなことないわ」


 今回の目的は祈祷ではなく、猫になった原因を探ることなので、正直なところカシアンがいない方が動きやすかったけれど、そう言われてしまえば拒絶はできなかった。


「初めまして、ヴェセリー侯爵家の方々ですね。今回の案内を担当させて頂きます、ドミニクと申します。本日はよろしくお願いいたします」


 ドミニクが穏やかに微笑む。オリビアたちもそれぞれ挨拶を返した。話を聞くところによると、ドミニクはどうやら下級神官らしい。

 彼は一つ一つ丁寧に神殿の中を説明してくれるおかげで、退屈するどころか神殿を知れば知るほど興味深くて面白かった。


(それに、空気が澄んでいてすごく気持ちがいいわ)


 神力が欲しいと思ったことはないけれど、もし持っていたらどんな感じなのか気にはなる。オリビアは白い服を着て祈りを捧げる自分を想像してみたが、似合わなくて思わず笑いそうになった。


 一通り神殿を見学し、最後に大きな水が流れている場所で祈祷を捧げれば今日の日程は終わりだった。オリビアは焦った様子でレナートにこっそりと耳打ちをする。


「兄様、どうしましょう……もう見終わってしまうわ。このまま帰ったら、お母様に『本当に見学だけして帰ってくるだなんて』って怒られちゃう」

「奇遇だな。俺もいま同じことを心配していた」


 オリビアとレナートは目配せし合う。どうにかしないとという気持ちは同じだった。


「兄様、少しの間だけドミニクさんとカシアンの気を引ける?」

「当然だ。この兄に任せろ」


(うーん、あまりにも自信満々に言われると逆に不安になるのはなぜかしら)


 だけどもうこの手しかない。オリビアは兄を信じることにした。


「ランティアス小公爵様、少しいいだろうか。ドミニクさんに質問があるのですがこの水は――」


 レナートがカシアンとドミニクの気を引いている隙に、オリビアはこっそりその場から離れた。似たような場所で今いる位置がどこなのか分からないから、とりあえず手探りで進む。

 ドミニクさんには悪いけれど、下級神官では駄目だった。上級、せめて中級の神官に会えたら――



「そこは立ち入り禁止ですよ」



 重い扉に手をかけたオリビアの背後から低く、穏やかな声が響く。手を重ねるようにストップをかけられ、オリビアは驚いて叫びそうになった。


「こんにちは、祈祷に来られたのですか?」


 銀色の長髪を揺らしながら、その人は柔らかく微笑んだ。



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