猫と秘密と 2




「オリビア様、ご機嫌が良さそうですね」

「ふふっ、そう見える?」


(当然よ。ついにカシアンに言えたおかげで懸念が一つ消えたのだから!)


あれだけ念を押したのだから、もう殺される心配をする必要はないだろうと、オリビアはご機嫌のままマカロンを口に運んだ。


(ふふふっ、今に見てなさい。私――正確には猫――の可愛さですぐにカシアンもメロメロにしてあげるんだから!)


オリビアは緩む口を抑えられなかった。もう二度と猫になりたくないと思っていたオリビアだけれど、あと一度くらいなら悪くないかもとまで思ってしまう。



オリビアの願いが通じたのか、機会は意外とすぐに訪れた。カシアンとの定期交流の日の事だった。じわじわと感じる夏の近付く気配に、暑さを感じていた時、オリビアの身体は猫に変身していた。


(早めに温室に来ておいて良かった……)


涼むためにしたことだったけれど、結果的に悪くはなかった。カシアンの好きな青いバラの近くで待機する。これからの事を考えると、オリビアは楽しくて自分でも知らないうちに尻尾がゆらゆらと揺れた。


(カシアンはどんな反応をするかしら。ふふっ、今までのことは水に流してあげるわ)


今か今かと待っていたオリビアの耳に、遠くから足音が近付いてくるのが聞こえてくる。


(来たわね!)


慣れた様子でこちらに近付いて来ていたカシアンだったけれど、猫が居るのに気が付いて足を止めた。


「にゃあん」

(待ってたわよ、カシアン!今日からは今までの行いを反省して、私の可愛さにひれ伏しなさい)


ふふんっとオリビアは胸を張り、カシアンの足元をうろうろする。オリビアの贔屓目を無しにしても、猫は可愛かったからだ。

カシアンがオリビアに向かって、腕を伸ばす。


(撫でていいわよ。カシアンなら許してあげるわ)


オリビアは優しく撫でられるのを待っていた――が、実際には撫でられることはなく片手で身体を鷲掴みするように掴まれていた。


「うにゃにゃみゃうにゃ」

(カシアン、私が馬鹿だったわ……いくら猫が可愛いからと言って、それを貴方にまで押し付けるのは間違っているわよね。もうしないから離してほしいわ)


オリビアは自分の過ちを認め、懺悔する。カシアンをメロメロにするより、自身の平和の方がオリビアにとっては大事なことだった。

大人しく解放されるのを待つ猫を鷲掴んだまま、カシアンは見下ろした。


「何か勘違いしているようだから教えておくが、お前はオリビアの命をかけるほど立派な存在ではないからな。決して勘違いするなよ」


「うにゃにゃにゃっ、にゃうにゃ。にゃあにゃにゃ」

(カシアンったら!大人しく聞いていれば、こんな小さな子猫に対してなんてこと言うのよ!?)


オリビアは毛を逆立ててカシアンを怒る。自分が言われたからじゃない。誰に対しても言ってはいけないことだと。オリビアの威嚇にカシアンが片眉を上げて、腕に力を込めた。


「何か文句でもあるのか?」


「にゃう」

(ありません)


オリビアはプライドを捨てる。命を物理的に握られている今は分が悪すぎた。オリビアが大人しくなればカシアンの力も弱まったけれど、それでも見下ろす視線の冷たさは変わらない。

一体なぜここまでカシアンが猫を嫌うのか分からなかった。


(もしかして何か辛い思い出でもあるのかもしれないわ)


哀れむ視線が伝わったのか、カシアンが更に不快そうに目を細めた。


「何だ、その目は。オリビアに可愛がられて随分いい気になっているようだな」


「にゃるうにゃにゃあ」

(酷い誤解よ)


オリビアは抵抗せずに、両手をあげて降参のポーズをとる。カシアンが降ろしてくれる隙を狙い待ち続けた。


「オリビアはこの毛玉の一体何が好きなんだ?」


「にゃみゃっにゃうにゃにゃにゃ」

(け、毛玉ですって……!?猫ちゃんと呼びなさい!)


「オリビアに迷惑を掛けたり、余計なことはせず、死んだように静かに過ごせ。そうすれば命は見逃してやるから」


「にゃううにゃ」

(今まさに狙われているけれど……)


鳴き声を肯定だと取ったのか、カシアンは猫を優しく降ろす――のではなく、そのまま手を離して雑に落とした。


(酷い扱いだわ)


チヤホヤしてもらうつもりが、脅迫されて終わってしまった。オリビアは意気消沈しながら温室から飛び出した。人間の姿に戻るまでは自分の部屋にやり過ごすつもりだった。


「あーーーー!!!!」


隠れつつ廊下を歩いていると突然大声が聞こえて、オリビアはビクリと身体を跳ねさせる。猫は人間よりも耳がいいのか、小さな音でも拾ってしまう。つまり、大きな音は物凄く耳に響くのだ。


(一体なに……ハッ、兄様……!)


恐る恐る振り向いた先では、オリビアの兄であるレナートが目を輝かせてこちらを見つめていた。


(まずいわ、すぐに逃げなきゃ)


捕まった瞬間、面倒になる気配を感じてオリビアはゆっくりと後退り……ダッシュで逃げ出す。


「あっ、待ってくれ!」


(猫の身体は軽くて、とっても早く走れるのね)


そのうえ、オリビアは侯爵家の構造を完全に理解していた。逃げ切れると完全に油断し、角を曲がった瞬間、誰かと思い切りぶつかり、ゴロゴロゴロと転がった。


「大丈夫か!?アレクサンダー・オースティン!」


(何よその酷い名前は……まさか私の名前じゃないでしょうね?)


レナートに抱き抱えられながら、オリビアは起き上がり、悪態をついた。


「本当に、兄様のセンスは最悪だわ……」

「な、な、オリビア!?」

「オリビア貴方、一体……!?」



「……………へ?」



オリビアは目をぱちくりと瞬かせる。目の前にいる兄と母は、オリビアを見ながら叫んだ。




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