猫と秘密と 1




 軟禁された。


「アンナ、街まで出かけたいわ」

「家で大人しくしていなさい、だそうです」

「暇だわ…………」


 祝福祭が終わり、一週間。オリビアは今、家に軟禁されていた。軟禁といっても、図書館や庭など、行きたい場所には行けるからそこまで不便ではないけれど、ハッキリ言って暇だった。家から出るなと言われると余計に出たくなるから不思議だ。


 この状況になった理由は祝福祭の日、オリビアが泥まみれになって帰ってきたせいである。髪は乱れ、服は汚れ、ついでに顔にまで土が付いているのを見たヴェセリー侯爵一家は叫んだ。母と兄だけでも十分なのに、父まで交じれば凄まじかった。主に小言が。


 そのような経緯を経て、次の日から外に出ることができなくなってしまった。初めは「二度と祝福祭に参加できないよりはマシね」なんて呑気に考えていたオリビアだったが、一週間も経てばさすがに家に篭り続けるのは飽きてしまった。


(もうそろそろ外出できるようになってもいい頃だと思うのだけれど)


 オリビアの姿を見て顔を青くしていた家族のことを考えれば、言い出しにくかった。

 一方で、ベッドの上でいくらダラけても文句を言われないところは最高ではあったが。


(次はどの本を……いいえ、先に手紙の返事からしようかしら)


 オリビアはベッドから降りて机へと向かい、重なっている手紙を一枚ずつ確認していく。友人からが主で、その中にはカシアンの手紙も混ざっていた。

 すぐ開けば先日の謝罪から始まり、最後はようやく許可をもらえたので明日会いに来ると書かれてあった。


(許可ってなんのこと?もしかして、カシアンも私のように外出を禁止にされていたのかしら?)


 疑問が言葉に出てしまっていたのか、アンナが秘密を打ち明けるかのようにこっそりと教えてくれる。


「実は、旦那様がカシアン様の訪問をずっと拒否なさっていたのです」

「えっ!?お父様が?」

「はい。祝福祭の翌日から毎日カシアン様がいらしていたのですが『暫く娘との面会は許可できない』と言い、拒絶されました」

「私の知らない間にそんなことがあったなんて……」

「一時は婚約も白紙になるのではないかと心配が広がっていましたが、カシアン様は毎日諦めることなく旦那様の元へと通い続け、ついに昨日、旦那様がお二人の仲をお認めになったのです!」


 アンナは手に汗を握る仕草で熱弁した。どうやらメイドたちの間では美談として語られているらしい。オリビアは「そうなのね」としか言えなかった。




 ***




 翌日。約束の時間よりも少し早めに温室へと向かうと、カシアンは既にその場で待っていた。いつも待たせているから、今日はオリビアが先に到着しようと思っていたのに、少しだけカシアンが早かったようだ。


「オリビアお久しぶりです。お元気でしたか?」

「ええ、とっても」


 たった一週間会っていなかっただけなのに、何だか凄く久しぶりな気がする。オリビアはどこか落ち着かない様子でカシアンに向かって話しかけた。


「カシアンも元気そうで良かったわ。一週間も門前払いされたんですってね。お父様がごめんなさい」

「いえ、オリビアが謝ることではありません。あんなに酷い状態で帰したのですから、侯爵が怒るのも無理はないでしょう」


(まぁ確かにそうよね。私も鏡で自分の姿を見た時は驚いたもの)


 結局、医者や神官を呼ばれ大騒ぎになってしまった。更に驚いたことは、オリビアに上着を掛けてくれた相手はどうやら神官のようだった。白いローブは誰でも所持しているらしいから特定までは出来なかったものの、相手の素性が分かり正直なところ安心した。


 カシアンとお互いの近状を確認した後は、普段通りに穏やかなお茶に戻る。オリビアはティーカップを静かに置いて、深刻な面持ちでカシアンに向かい合った。


「カシアン、話があるの」

「……話、ですか?」

「そうよ」


 オリビアには今日、絶対カシアンに話すと決めていたことがある。とても大事な話だから真剣に聞いてほしかった。そのことを悟ったのか、カシアンは俯きながら続きを促した。


「……それで、話とは?」

「ええ。実は私、猫を飼い始めたのよ」

「……………………はい?」


 オリビアの言葉に、カシアンはぽかんと呆ける。そんな様子に気付かずに、オリビアは真剣な顔で話を続けた。自分の命に関わる事だったので。


「白い毛に水色の瞳を持つ子なのだけれど、最近、侯爵家に入ってくるようになったの。何度も撫でているうちに愛着が湧いちゃってね。だから飼うことにしたのよ」

「はい」

「自由が好きな子だから放し飼いにして、いつでも好きな時に遊びに来させているわ。だから、カシアンもどこかで見かけたら可愛がってあげて」

「はい」


(これは殺さないでってメッセージよ。しっかり覚えなさい!)


「動物は初めて飼うけれど、可愛くて可愛くて仕方ないの。絶対に傷付けたりなんかできないわ。私の命を掛けて守らなきゃと思うほどよ」

「……命を掛けてまでですか?」

「ええ、当然よ」


(実際には私の命そのものなんだけれど。でも気にしてほしいのはそこではないわ。猫を傷付けないでってことよ、分かった!?)


 オリビアの圧に押されているのか、カシアンは頷いてはくれるけれど、どこか上の空といった感じだ。もっと真剣に聞いてほしいのに。


「カシアンどうかしたの?」


 オリビアは我慢できずに問いかけてしまう。カシアンは視線を彷徨わせ、おずおずと口を開いた。


「大事な話と言われていたので、てっきり婚約を解消したいと言われる覚悟をしていました」

「え?どうしてそんな勘違いを?」

「今回のことで愛想を尽かされたとばかり思っていたので……」

「愛想を尽かされるとしたら、私の方だと思うけれど?」


 猫の姿の時はともかく、人間のオリビアに対してカシアンはいつも優しく切実だ。裏の顔もともかく、嫌なことは一度もされたことはない。

 逆にオリビアはいつもカシアンを振り回し、迷惑ばかりかけてしまっている。どう考えてもカシアンの愛想が尽きる方が早かった。


「オリビアに対して愛想を尽かすだなんてこと、絶対にありえません!」


 オリビアの疑問を、カシアンが即座に否定した。いつになく前のめりになり、気迫も伝わってきたので、オリビアは思わずくすりと笑ってしまう。


「ええ、私もよ。そんな簡単に愛想なんて尽かさないわ。貴方は私にとって自慢の婚約者だもの」

「オリビア…………」


(それよりも私の話はしっかり覚えたわよね?猫には優しく接しなさいよ!)


 カシアンが感動した表情でオリビアの手を握る。一方でオリビアは、心の中で何度も念を押した。




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