鬼の棲むマンション 拾 -君が目覚めるまで-

ⅩⅩⅡ


 あの事件から約半月、みどりは昏々と眠り続けた。

 その間、柏木夫妻の遺体は、柏木家の親に引き取られ、娘の優花も無事に引き渡された。

 処理班の事後報告によると、優花は祖父母の暮らす田舎で少しずつ笑顔を取り戻しているということである。



 一方、翡翠一族内では大きな変化が起こっていた。


 まず、そうが赴任先から鎌倉へ戻り、新たな任を受けて世界を回る旅に出た。


 ゆかりは、引退を考えていた退魔師長の後を継ぎ、今は巡礼の旅に出る準備を始めている。


 藍子あいこは、鎌倉に戻ると直ぐに、評議会を緊急招集し、妙子たえこにのみ依頼を発した真意を確かめた。

 その結果、藍子の考えていた通り、翠の封印を解き、その力を手に入れようとしていたと知り、龍牙の巫女の権限で評議会を解散させ、術者の命をもてあそんだとし、彼らの力をそれぞれの龍牙石に封印した。


 藍子の裁きは其れだけでは収まらなかった。


 評議会の決定を了承した族長・翡翠ひすい 青城せいきにも、解任及び封印の罰を与えた。

 龍牙神りゅうがしん龍牙鬼神王りゅうがきしんおうの名代であり、一族に所属する全術者の守護者である龍牙の巫女は、例え身内であろうとも容赦する訳にはいかなかった。

 それが祖父であろうと、また兄弟姉妹であろうと例外ではない。

 もし翠が正式に依頼を受けずに手助けしていれば、例えどのような理由があろうと、翠も罰していただろう。

 藍子は内心、連絡役の翡翠 佳代子かよこに感謝していた。



 今、藍子は一族の建て直しに注力すると同時に、綾子あやこを保護するために動いていた。


 綾子の姉は、事件後十日程度で退院していた。

 さいわいなことに綾子の姉は冴種さえぐさ一族のことを知っており、今回の事件の真相を知り驚いていた。

 綾子の姉は体に封印の紋章が刻まれ、力が一切使えなくなっている。

 その理由はやはり冴種一族から、綾子を守ることにあった為、翡翠一族の元で保護されることに、綾子の姉は即座に同意した。

 藍子の提案により、綾子は姉と共に翠の家に移り住むことになった。

 地下含めて三階建て十二部屋ある旅館と言っても差し支えない建屋は、全て翡翠一族の持ち物であり、そこには今まで翠と黎しか住んでいなかった為、空き室は幾らでもあった。

 綾子にしてみればまさしく棚から牡丹餅状態で、目を覚まさない翠を心配しながらも、同居していることに喜びを隠せないでいた。








 綾子は今、爽やかな風が、開いた窓から吹き込んでくる部屋の中で、翠の目覚めを待っている。


 冷房を入れずに自然の中で寝かせている方が、龍牙力の恩恵にあずか

り、回復が早いと藍子に言われ、翠の部屋はまったく冷房を入れていない。

 だが、元風神坊である風の精霊が力を貸してくれているのか、真夏にも関わらず、部屋の中には涼しい風が爽やかに通り抜け過ごしやすくなっている。

 その証拠に、他の部屋で冷房を切ると、途端に部屋の中は暑くなり、全身から汗が噴き出すほどだった。




 「翠ちゃん、早く起きて。」


 綾子はそっと翠の耳元で囁いた。





 外からは、蝉が大気をつんざくような声で大合唱をしている。

 その中を遠くから、車や電車の走る音、そして時たま近所の人たちの話し声が聴こえてくる。

 海辺から少し離れている筈なのに、風の中に、微かに潮の香りがする。


 翠の眠るベッドに寄り掛かって目を閉じると、瞼の裏には海岸の水際で少女が二人、戯れている景色が見えた気がした。





 翠の、ピンクを基調にした可愛い部屋の中。


 夏とは思えない優しい光が射し込み、爽やかな風が翠たちを包み込む。

 その気持ちよさに、綾子はベッドに寄りかかったまま、いつの間にか、安らかな寝息を立てていた。














 澄んだ夜 水平線は瞬く星空と

 ひとつになって光り輝き 踊り出す


 閉じた瞳で 空を仰ぐと

 遥かに拡がる宇宙そら

 吸い込まれそうで

 心がほどかれていく


 眠りに就く君の許へ

 そっと 想いを届けよう


 月影 冴え渡る夜、誰もが心を解き放てるから

 煌めく星となって 天使の夢を運んで行こう

 君が目覚める前に…



 紅く染まる 水平線 さざめく水面が

 朝陽を受けて 君の寝顔を照らし出す


 目を覚ました君の許へ

 きっと 笑顔を届けよう


 小鳥が歌う朝には

 幾千 数えた 光の彼方から

 想いを飛ばすからね

 天使の羽根に包まれて眠る

 君が目覚めるまで…



 まぶたの裏に浮かぶ 君の微笑みが

 耳の奥に残る 柔らかな声が

 この胸で温かな灯火ともしびになるから


 月影 冴え渡る夜

 誰もが心を解き放てるから

 煌めく星となって

 天使の夢を運んで行こう

 そして…



 小鳥が歌う朝には

 幾千 数えた 光の彼方から

 想いを飛ばすからね

 天使の羽根に包まれて眠る

 君が目覚めるまで…















                    =完=






----------


これにて、このお話は終わりになります。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


今回、改めて見返してみて、お話しの導入という事で、思いっきり何もかも詰め込んでいるなぁ、と感じました。

多分、説明しないとここら辺は矛盾に感じる部分もあるだろうなぁ、とか思いながら、当時の物をほぼそのまま載せています。


キスに関してはあそこまで書いているとは思っていませんでした。

完全に忘れていました。

実際、最初は「残酷」と「暴力」だけでしたから、完全に「性描写」は忘れ去っていました。

慌てて追加しましたよ、はい・・・。




聖剣・正宗について――

 翠の使用している愛刀です。

 正宗は、刀の宗派の一つ相州伝の一振りとなります。

 その刀は人を斬る為のものではなく、持ち主を死から遠ざける為のもの。

 昔、調べた書物(名前は忘れました)によると、その刃に刻まれた刃紋は敵対する者に恐怖を与え、逃亡させると書かれていました。

 これを知って、翠の愛刀はこれしかない! と決定したのを憶えています。

 装飾については、当時は考えていなかったですね。

 黒鉄の刃は、翠が聖龍牙力をまだ操れない為、混沌の力となりそれが表出した色となっています。


 調べた後、模擬刀の五郎入道正宗を購入した程、惚れ込みました。

 実は拙作「その手を伸ばして・・・」の主人公・狭也の使う【千五百夢ちいほのゆめ】のモデルは、この五郎入道正宗です。

 けれど、装飾はオリジナルとなっていますが、特注すれば、【千五百夢】は再現できる仕様となっています。




このお話は紹介文にも書いている通り、「その手を伸ばして・・・」に世界観等を引き継いでいます。

 作品はこちらです。

  → https://kakuyomu.jp/works/16818093074486343029

舞台は現代日本から異世界へ。

だからと言って、翠達があちらへ転生しているとかそう言う事ではありません。

全くの別のお話となっています。

実際、こちらに出て来た【龍牙力】等の設定も微妙にですが変更を加えております。


もし少しでも興味が湧きましたら、ご一読下さい。


最後に、レビュー、応援にコメントと、ありがとうございます。

反応がある度、にやけ顔を抑えきれず喜んでおります。

またご縁が御座いましたら、読んでやって下さい。


ここまで読んでいただき、本当に、ありがとうございました。



イメージ画を近況ノートで公開しました。

気が向けば、ご覧下さい。

 → https://kakuyomu.jp/users/lbfennel/news/16818093079815102180




2024.06.16. 語り部・LbFennelより

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