第15話 学園のしょーもない争い

 今日の昼食は荒れていた。


 その理由はカウンターに一つだけ残った今日だけ現れた限定品のタルトのせいだ。


 いちご、メロン、オレンジ、デコポンの四種類が乗った豪華なタルトだ。


 梅雨時期なのでどうしてこのような組み合わせかは謎だらけ。


 そして、カウンターの前でその一つを巡り戦争が起きようとしていた。


 人数は二人。タルトは一つ。


 半分にして分け合うなんて甘い物好きのクロちゃんとすーちゃんには無い考えだ。


 正直、周りからの様々な視線が辛いので終わって欲しい争いである。


 「私の方が早く来てたよ!」


 「それだったら私が来る前に会計は終わっているはずだ。終わってないのならば同時に来た事になる。違うか?」


 「ぐぬぬ」


 クロちゃんが押されている。


 食堂の扉を潜った早さで言えばクロちゃんの方が先だったが、生徒会長の早歩きが同時の到着に貢献した。


 最後の一つと言う超重要なタイミングだ。


 「く、クロちゃん。相手は生徒会長なんだから諦めたら⋯⋯」


 「やだよ。せっかくの限定品なんだからリエちゃんと食べたいもん!」


 「うっ」


 わ、私のハートが射抜かれた。


 しかしすーちゃんも譲る気は無さそうだ。


 「ジャンケンで決めたら良いのでは?」


 切り出したのはすーちゃんの隣に立っている副会長さんだ。


 武藤奈緒美むとうなおみさんで茶髪のボブカットだ。特徴的なのは赤色のメガネ。


 普段から笑っている所を見ないし、無表情な人なんだろう。


 「そうだなそれが良い。正々堂々とな」


 すーちゃんがやり気満々の笑みを浮かべた。勝ちを確信している。


 「ぐっ。確かに、昼の時間も終わりが近づいているし。良いよ乗った!」


 「では、始めるか」


 「その前に!」


 クロちゃんが私の背を押して前に出す。


 「え、ええ、どうしたの?」


 慌てる私にクロちゃんはすーちゃんと同じ勝ち誇った笑みを浮かべた。


 「ジャンケンするのはリエちゃんだ!」


 「なっ! リエちゃんはズルだろ!」


 「そうだよ。これはクロちゃんの戦いだよ」


 「産まれてから一度もジャンケンに勝った事ないの知ってるよね? 本気で勝ちに行きたいんだよ。頑張れリエちゃん!」


 うぅ。


 なんとなく分かってましたよ。私もクロちゃんにジャンケンで負けた事無いもん。


 すーちゃんはクロちゃん相手ならジャンケンで確実に勝てると思っていたのだろう。


 勝ちを確信していた自信ある笑みが引きつっていた。


 目立ちたくないし、私を巻き込まないで欲しかったよ。


 まぁでも。


 「クロちゃんに頼られたからね。やるよ私!」


 「ふっふっふ。これで勝ちは揺るがない!」


 ビシッと人差し指を向ける。


 このバトルにどれ程の価値があるのかは考えたくないが、頑張ろう。


 「そうか。そちらがその気なら、君の出番だ。なおっち!」


 「嫌です」


 「会長命令だ」


 「権力の行使とは腐ってますね。まぁ生徒のお手本となる生徒会がこれ以上の醜態を晒すのは許容できませんし、分かりました」


 うぅ。私の相手が武藤さんになった。


 何を考えているか分からない瞳でじっと見て来る。


 「ただのジャンケンではつまらないですね。少し心理戦をしませんか?」


 「心理戦?」


 「はい。出す手を先に言うんです。実際に出すかは各々の判断で」


 あくまで意識を向かせて考えさせるためって事かな?


 「分かりました。私はグーを出します」


 有無を言わせぬ威圧感を持つ武藤さんが怖いので素直に乗っておく。


 「分かりました」


 武藤さんはおもむろに拳を反対の手の平にぶつける。


 その後、ポキポキと鳴らす。


 「ならばアナタがグー以外を出した場合、半殺しにします」


 「⋯⋯へ?」


 「じゃんけん」


 「あ、ちょ」


 私の反論も許さぬペースで開始の合図をされて、慌てて拳を出す。


 一切変わらぬ表情やトーンで言われた言葉。嘘か本当か分からない。


 本当にやりそうな気配も纏っている。


 だからだろう。私はグーを出して武藤さんはパーを出していた。


 「そんなっ」


 「良くやったぞなおっち! 正直生徒会の矜恃は無いのかと思ったが」


 私は怖いけど気になったので聞いてみる。ルンルンで嬉しそうなすーちゃんには意識を向けない。


 「もしもグー以外を出していた場合、どうしてましたか?」


 「どうもしませんよ。暴力行為は良くありません。生徒会は生徒のお手本とあるべきです。だからこそ生徒会に如何なる負けも許されない。それと自分有利な言葉選びは基本です」


 「うぅ、騙されたぁ」


 「騙されたなどの話では無いですよ。こちらの出した言葉に僅かに思考が傾き、冷静に考える時間を与えなかった。焦ったアナタはちゃんとしないと痛い目にあう、そう判断してしまった。それだけです」


 耳の痛い話をしますね。


 最後の一つを購入したすーちゃんは嬉しそうだ。


 すると、カウンターには限定品がズラリと並べられる。


 「出来たてだよ〜」


 「「「⋯⋯え?」」」


 「追加されるタイミングにゼロにできたのは中々に心地良いですね」


 「なおっち⋯⋯もしかして知ってました?」


 「食堂のメニューの把握は基本かと思いまして⋯⋯もしや、出来たてだからと言って既に購入したのに買う訳ではありませんよね? 限定品なのに一人で欲張り二つも⋯⋯それも生徒会長が?」


 すーちゃんは泣く泣く机へと向かって行く。


 「それではお二人共食べましょうか。時間をいただきましたので、こちらが今回はご負担します」


 「いえ、大丈夫です」


 「はい。お気遣い感謝します」


 私達四人は限定品を食べた。⋯⋯凄く、美味しかったです。


 それと武藤さんは無表情で怖いけど、優しい人なんだろうと思いました。


 すーちゃんが信頼を寄せてニックネームで呼んでいるし、良い人なのは当たり前か。


 この四人で食べていると、嫉妬や侮蔑の視線を送られた。


 生徒会チームは高等部の最強にして最高のチームであり、私達は最底辺。


 幼馴染と言う繋がりが無ければ関わらない関係なのは間違いない。


 「リエちゃん、オレンジとデコポン好きだろ? どっちか一つだけあげる」


 「え、良いの?」


 「ああ」


 「じゃあ⋯⋯オレンジ」


 「どうぞ」


 すーちゃんのフォークに刺さったオレンジをありがたく貰う事にした。


 甘酸っぱくてタルト生地の甘さと良く合う。


 「美味しい」


 「それは良かった」


 「うちのリーダーはあげないよ!」


 「それは残念。前衛と後衛の指揮が柔軟に素早く行えると思ったのに」


 打算的な考えがあるならば、私達との関係の良さを周りにアピールしたのだろう。


 生徒会と親しい人、と言うレッテルを貼り警戒させるため。


 彼女は私の事を心配している節があるからね。昔からのお姉さん気質だ。


 ◆


 限定品とやらで騒ぎたっていた食堂などに足を運ばなかった僕はいそいそと本屋から部屋に戻っていた。


 「ねぇ知ってる?」


 「あーあれでしょ。ゴミチームがダンジョン攻略したって」


 「そうそう」


 「でも白ダンジョンでしょ? そんなの普通だし」


 「それな。それでめっちゃ喜んでんだよ? 恥ずかしくないのかね。当たり前をこなしただけであんなに喜ぶなんてさ」


 「ゴミだから仕方ないんじゃない〜?」


 咄嗟に隠れて聞き耳を立ててしまった。一年生の会話だろう。


 嫌なモノを聞いてしまった。


 皆が皆、前を向く事を決意してようやくの攻略成功だ。


 周りから見ればそれは当たり前で難しい事じゃないのかもしれない。


 だけど、僕らから見れば大きな成果なのだ。


 「どうして、笑われないといけない」


 無意識に拳を握り締めていた。爪痕がくっきりと残る程に強く。


 「ゴミはゴミらしくしてろって話よね」


 「ねぇ。頑張っちゃってダッサイ」


 「ほんとねぇ」


 「しかも生徒会メンバーと仲良いんだって。ほんと何様だよって話」


 「あんな奴らが関わって良いチームじゃないよね。ただでさえ同じクラスで生徒会チームが可哀想なのに」


 「付きまとわれてるんじゃない? 自分達が惨めにならないためにさ」


 「何それキモー」


 僕は気配を殺して部屋に帰っていた。


 数分後、授業が始まるのに教室に顔を出さなかった僕を心配してクロちゃん、八重、天音がやって来た。


 「どうしたのカオリン!」


 クロちゃんが僕の異変に真っ先に気づいてくれた。


 「ちょっと。嫌な話を聞いてさ」


 涙を拭う。


 僕の言葉だけで察したのだろう。八重が悔しそうに奥歯を噛み締めていた。


 飴が入っていたら粉々だっただろう。


 「そんな話が出ないチームにしよう。絶対にっ!」


 「うん。リエちゃん、上手く私を使ってね」


 「そんな道具みたいな言い方しちゃダメでしょ!」


 「ごめんなさい!」


 「でも、ありがとう」





◆あとがき◆

お読みいただきありがとうございます


何事も初めての成功は嬉しいものです。陰口叩いた人も最初は喜んでいたのでは無いですか?

当たり前になると喜びは感じずらくなりますからね

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