第11話 モンスターを倒せない理由

 立花さんに言われた言葉に私は喉が潰された様に声が出せなかった。


 視界が激しく揺れて焦点が定まらず、心臓の鼓動が早くなる。


 恐怖と不安、思い起こされる過去の事件。


 「べ、別に倒さない訳じゃないよ? 倒せ、ないんだ」


 「どうして?」


 「そ、それは⋯⋯」


 私が言いあぐねていると、リエちゃんが見兼ねたのか陽気に喋り出す。


 「と、とりあえず今からどうするか作戦会議しよっか。また囲まれても嫌だしさ、その対策を⋯⋯」


 あからさまに話を変えようとするリエちゃんによって、何かがあるのだと他二人は察した様子。


 私達が昔から仲が良いのは既に周知の事実。


 過去に関係しているのだと、こうなれば誰でも思い付く事だろう。


 話を変えてしまえばそれで終わり、私が踏み込んで話すしかない。


 ⋯⋯でも、それがたまらなく怖い。


 この事を言ってしまえば私は二人に嫌われてしまうから。


 「⋯⋯無理して過去を掘り返したいとは思わない。だけど、アタシは知りたい。どうしてモンスターを倒せないのか」


 「素直に話せば僕もだ。正直このチームはアンバランスだ。サポート系の能力者が二人、魔法系が一人、強化系が一人。前衛が一人しかいない」


 防御と攻撃を一人で補うのはとても難しい。それは今、実感している。


 全てのチームがバランスが良いとは思ってないが、ここ程酷くは無いのだろう。


 サポートできる八代さんとリエちゃんは戦闘サポート向きとも言えるし言えない曖昧な所。


 直接戦闘に貢献できる能力では無いだろう。


 八代さんが思うアンバランスを簡単に言語化するなら⋯⋯『火力不足』だ。


 「学園側も交友関係は意識していると思う。だけど根底にあるのはチームバランスのはずだ。バランスが悪いと命の危険が増す。強化系で前衛が一人だけのチーム、それに理由があるはずだ」


 八代さんは薄々勘づいていたのかもしれない。


 この機会に気になる事を口にしてくれた。


 これは仲良くなる作戦にとってはとても喜ばしい過程だと思うが、私的には辛い事。


 「えっと、えっとねクロちゃん⋯⋯」


 オドオドしながらもこの場をどうしようか必死に頑張ってくれる。流石は幼い頃からの親友だ。


 だからこそ、私も覚悟を決めなくてはならない。


 「リエちゃんありがとう。⋯⋯うん。話さないとね。立花さん、八代さん。今から話す内容は決して良い話では無い。その事を覚悟して聞いて欲しい」


 「わ、分かったよ」


 「うん」


 息を飲む音がテントの中に広がったのを確認し、私は過去話をする事にした。


 ◆


 黒霧家はまだ人が刀などの武器で戦っていた時代。とても昔の時代。


 そこから今に至るまで運良く生き残った古流武術の一つだった。


 継がれた技術を絶やさぬために私も幼少期から両親に徹底的に叩き込まれた。


 泣けば落ち着くまで放置か殴られ、とにかく身体に技を刻まれた。


 ⋯⋯小学生の時、暴力を振るわれ怯んでいる弟がいた。相手は私の同級生。


 姉らしい事は普段からできてないけど、弟を助けたいと言う思いが先行した。


 喧嘩が流れのまま起こり⋯⋯私は無傷で同級生全員を地面に倒した。


 謝罪を強制させ関わらないようにキツく言った。


 翌日、その事が問題となった。


 内容に弟は一切絡んでおらず、私が同級生に暴力を振るい骨を折ったと言う事だけ。


 いくら弁明しても私の無傷と相手の痣や診断書、複数人の同じ内容の意見により断罪された。


 両親を呼ばれて謝罪と慰謝料と示談金などの話し合いが行われた。


 両親なら味方してくれると少し期待していたが、彼らは事務作業のように私の問題を処理した。私から話を聞く事や叱る事すらしなかった。


 彼らにとって重要なのは技の継承。それ以外はどうでも良いのだろう。


 その時、私はきっと両親に対して失望したのだろう。


 弟は最後まで味方でいてくれたが、私は冷たく突き放した。関わりたくないと、思ったのだろう。


 転校など不要な時間の浪費と言われて許可されずいつもの様に通う事になった。


 周りから向けられるのはまるで『鬼』を見るかのような目だった。


 侮蔑よりも恐怖が先行して、すれ違う度に離れられ指を向けられコソコソと話される。


 陰湿ないじめもされず、ただ避けられた。


 やってしまった事の重大さをそこでようやく理解した。


 身を壊す程の修行を強制されない一般人からしたら私の行動はとても危険な事だったと。


 理解してから周りの目が酷く怖かった。そしてやってしまった罪の光景を思い出す。


 何も感じずに楽々に相手の腕を折った自分の手が。


 その事実が非常に怖かった。『鬼』と言われた自分に恐怖した。


 誰かを傷つける事が恐ろしいモノだと魂に刻まれた。


 たとえそれがモンスターだろうと変わらない。


 攻撃するのが、傷つけるのがとても怖くてたまらない。


 切っ先を向ける度に手が震え、普段の動きができなくなる。


 簡単に怪我をしない教師だと分かっていても、それは変わらなかった。


 ◆


 「そんな私でも友達って言ってくれた人はいてね。その一人がリエちゃんなんだ。凄く助けられたし支えられた。リエちゃんがいなければ私は⋯⋯罪の重さと罪悪感に耐えられず楽になる道を進んだ」


 一番楽な道。それは逃げる事。


 誰にもなんとも言われずに見られない道。


 両親からも開放される一番の最適解。


 「リエちゃん達がいたから、私はこの罪に向き合えた。背負って生きていけるって、償おうと頑張れた。⋯⋯でもあの時の光景は今でも蘇る。また周りを恐怖に落とすんじゃないかって。考える度に怖くなって、モンスターを攻撃できなくなる」


 弟を助けるため、と言えば聞こえは良いが結局は同じ暴力なのだ。


 暴力に善も悪も無い。暴力は純然たる罪なんだ。


 「ごめんなさい。立花さんに偉そうな事言ってた割に私って底なしの臆病者なんだ。それに⋯⋯外道なんだ」


 重苦しい空気。


 私の過去の罪は自ら起こしてしまった事だ。


 立花さんのような運による事故でも無ければ、八代さんのような戦闘中のトラップ解除ミスによる事故でもない。


 純粋な黒と言えるのは、私だけ。


 「クロちゃん⋯⋯」


 リエちゃんが震える私の肩を優しく抱きしめてくれる。


 心臓の音を聞くと、不思議と心が落ち着く。親愛を寄せるリエちゃんだから落ち着けるのだろうか。


 この事を聞いて二人が今後私にどう接しようが、それは仕方ない事だ。


 背負うと決めたからには覚悟しなくてはならない。


 2人が『鬼』として私を見る、昔の周りの人達の様になる事について。


 「アタシは能力によって凄く辛かった。憎んだし恨んだ。どうして世界はこうも理不尽なんだ、どうしてアタシだけって⋯⋯でも違うんだね。黒霧さんも、世界の理不尽による被害者だ」


 「⋯⋯そうじゃ、⋯⋯無いよ」


 「家庭環境で価値観は変わる。当時の黒霧さんだって、同級生達なら耐えられるって思って戦ったはずだ。だけど、想像を超えた被害を生んだ。それだけだ」


 「立花さん⋯⋯」


 「アタシはその過去を聞いて、びっくりしたけどそれだけだ。黒霧さんの過去を見て来た訳じゃない。アタシの知っているのは、目の前にいる黒霧さんだけだから。今の黒霧さんを頼りにしてるし信じてる。だからこそ言う。アタシは君に戦って欲しい」


 真剣な眼差しから言われる言葉は嘘でも詭弁でも無く本心なのだろう。


 この状況が変わると信じているから戦って欲しいと願っているんだ。


 「僕の方がもっと酷い事をしている。三人もの尊い命を奪ってしまったんだ。僕もその事は今でも思い出しているし後悔してる。でもね、支えられてこうやって話し合える状況になったんだ」


 八代さんが私の手を優しく包み込む。


 温かみのある小さな両手。


 「だから僕も君を支えたい。辛いと思うなら相談してくれ。悲しいなら一緒に泣こう。僕はこれでも一個上だ。きっと、支柱の一つになれる」


 「八代さん⋯⋯」


 長い髪の隙間から覗かせる瞳はとても優しく猛々しい。


 「私は、無理してまでクロちゃんに攻撃して欲しいとは思ってない。防御だけでも十分やってくれているし⋯⋯」


 立花さんは自分の背中を意識させないためにじっと動かず私を見詰め、リエちゃんは立花さんから目を逸らした。


 防御だけじゃ、この先には進めない。皆分かってる。


 迷宮型のダンジョンを運良く攻略したとしても、すぐに限界はやって来る。


 立花さん、八代さんは過去を背負い立ち上がって進もうとしている。


 私とリエちゃんがその手を取って引っ張って来たつもりだった。


 だけど違う。


 私だけは未だに過去に居座って動いてない。一歩も動いてないんだ。


 「黒霧さん、アタシのライバルになってくれるんでしょ。前を走ってくれるんでしょ。⋯⋯ずっとその場にいられるのは、嫌よ」


 「僕は時間を持て余している。会話相手は随時募集だ」


 「二人とも⋯⋯」


 リエちゃんがギュッと、抱き締める力を強くした。


 無理させたくない、そんな気持ちがヒシヒシと伝わって来る。


 親友だからと言う依怙贔屓。⋯⋯でも、それじゃダメなんだ。


 それだと、リエちゃんの助けにはなれない。


 「私は⋯⋯」


 「⋯⋯皆今すぐ出て! コボルトの大群が迫ってる!」


 八代さんが立ち上がり大声で叫んだ。


 いきなりの事態にパニックに陥るが、リエちゃんが冷静の指示を出して荷物を瞬時に片付けてテントをしまい、逃げる準備を始める。


 「気配がしないのは⋯⋯後ろだ」


 八代さんが指さした場所に向かって走る。


 だが、途中で八代さんの表情が固まる。


 「嘘、だろ」


 「八代さん?」


 「アイツら、僕の能力範囲を把握していたのか? それともたまたま⋯⋯憶測で狙ったか」


 「八代さんどうしましたか!」


 「今向かっている方向が一番数が多いんだ。誘い込まれた」


 衝撃の事実⋯⋯モンスターの賢さに驚く。


 パニック状態だったとは言えこうもあっさりとハマるか。


 それだけ侮っていたのかもしれない。ダンジョンを。


 「後ろに戻ると余計に数が増える⋯⋯ここは無理しても前に進むしかない」


 元に戻るにしても時間のロス。完全に囲まれる。


 それだったら、多少の無茶をしてでも正面突破して囲まれる前に逃げる、か。


 「矢が飛んで来たよ!」


 立花さんの言葉に私が動いて矢を破壊する。


 矢と同時にコボルトが迫って来ていた。


 再び混戦状態へと入った。


 一筋の銀閃が走り、リエちゃんの腕を深々抉った。


 「え⋯⋯いやああああああ!」


 一瞬理解のできなかった脳は現実を認識した。


 同時に耐え難い絶望感に襲われて、私は腰が抜けたのかその場に倒れてしまった。





◆あとがき◆

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