孤独

 未開の惑星に不時着した五つのカプセルのうち、最も損傷が激しかったカプセルの内部で大声を出す豚獣人ポルコ。何度も何度も通信機に向かって大きな声を出すが、応答どころかノイズひとつ反応がない。ポルコは強く目を閉じたまま不時着の衝撃に備えたが、カプセルの高い耐衝撃性能によりほとんど衝撃を受けず着地してからこれまで、半時間ほど必死に通信機へと呼びかけ続けていた。緊急用のため空調などあるはずのない狭いカプセルの中で、肥満体型のポルコが何度も何度も叫ぶうち、どんどん上昇する内部気温に汗を流している。

「応答願う、応答願う、こちらファング・フォースよりポルコ。応答願う、応答……ああっ、くそ」

 他の隊員たちと異なり、ポルコはカプセルから出る時点で苦戦していた。カプセルのハッチが開かないのだ。衝突した衝撃により外部からカプセルが少し変形しているようで、ハッチを開くとわずかな隙間こそ生まれるがポルコが出るには狭すぎる範囲までしか開かない。カプセルの変形だけではなく、ゴツゴツとした岩場の地形に落下しているようで岩のような硬い何かにぶつかっているようでもあった。通信機に大きな声を出しながら、体重をかけて足でハッチを蹴り開けようとするも、この半時間全く進展がない。

「どうしたらいいんだよぉ、もうっ。ハッチは開かないし通信も繋がらないし暑いしで最悪だぁッ。でも……付近に着地してるはずなんだよな」

 フロフの設計が正しく作動していれば、五つのカプセルは付近に着地しているはずである。ハッチのわずかな隙間を開いたままにしてジタバタと抵抗をやめ、冷静になったポルコは装備の中から酸素濃度計を取り出した。これで五人全員が酸素濃度を最初に確認したことになるが、結果を見て窮屈なカプセルの中で宇宙服を脱いでいく。それだけで体感温度が一気に下がるも、汗だくの状態は変わらない。ポルコはわずかな隙間から腕を伸ばし、外へと手を出したが、腕が太すぎて二の腕まで外に出すことができない。それどころか腕の太さが丁度ハッチの隙間にフィットして挟まると、腕を動かすこともできなくなってしまった。もう片手でハッチを強く押しながらなんとか右手を引っ込めるも、どうすることもできない状況に大きなため息をひとつ。誰かが発見して、救出してくれるのを待つしかないという状況だと理解した。

 大人しくなったポルコだったが、次に生まれた感情は恐怖。もし仲間以外の何かがこのカプセルを発見し、このわずかな隙間から内部に侵入してきたらどうする。未開惑星には生命体が全く存在していないことはよくあることだが、酸素のある惑星に至っては植物や動物のような生物がいても不思議ではない。未開惑星の生命体と交流することは不可能に近いため、もしこの隙間に入れるサイズの生命体が敵意を以てやってきたら内部に侵入され、無抵抗のポルコを一方的に攻撃してくる可能性があると考えるだけで、ポルコの顔は青ざめていく。ハッチを閉じ、再び暗いカプセルの中に閉じこもるポルコ。今は誰か助けに来てくれと祈るばかり。孤独との闘いだった。

 ガタッ。物音がした。明らかにカプセルを叩きつけるような、意思のある音に、はっとしてポルコは強く目を閉じて縮まっていく。バルブを回してハッチのロックをしたが、それから何度かカプセルの色々な方向から叩くような音が聞こえてきた。単体の生命体が移動しながら攻撃しているというよりも、複数の生命体がカプセルを囲み意図的に攻撃してきているといった方が自然に感じられる音の連鎖。小さな小さな声で「早くどっか行ってくれぇ」と祈るポルコの想いも虚しく、叩いてくる音は増えていく。それも石や木で軽く叩いているというよりも、岩や鉄のような重さのある硬いもので叩きつけてくるといった方が表現としては近い。攻撃の意図があるのか、このカプセルを破壊しようとしているのか、その目的は不明である。また耐衝撃設計のカプセルをガシガシと殴りつけてくることから、虫や小動物のようなサイズ感ではなく、人くらいのサイズ感がある生命体が攻撃してきていると考えるとポルコは小刻みに震えながら祈ることしかできなかった。だが、その音も去る気配がない。

「……最悪の場合……やるしか……」

 震える体、伴って震える独り言。頭を抱えていた腕をゆっくりとした動きで下ろすと、腰に装備していた"万が一のため"のハンドガンを手にする。今のままではハッチから出ることができないため、もしカプセルを囲む生命体が強引にハッチを広げてきた場合の最後の手段として、残弾数を確認するポルコ。銃を構える機会も、発砲する機会もほとんどないポルコにとって銃を手にしているという現実がすでに怖かった。震える手を、反対の手で押さえる。続いている衝撃音。カプセルの耐衝撃性能により内部まで衝撃は伝わってこないが、叩かれていることははっきりと感じられるままだ。さっきよりも強く攻撃されているようにすら感じられる。

「ひっ……」

 するとポルコが最も恐れていたハッチあたりからの攻撃が始まってしまう。ここが開く部分だとわかって攻撃してきているのか、それとも周囲を攻撃する中で偶然ハッチを攻撃してきているのか、ポルコは前者であれば強引にこじ開けようとしてくるかもしれない、と恐怖していた。そもそも文明レベルすらわからない未開の惑星だ、知能のない生物が偶然攻撃している可能性もあるが、自分たちよりもより高度な文明を持つ生物が知性を以て攻撃している可能性も否定できない。泣きそうになりながら、ポルコはハンドガンを握りしめ、そして強く祈っていた。

「え……ッ」

 少し続いたカプセルを複数で叩く攻撃的な音も、ポルコの祈りが通じたのかが一つずつ減っていくと、やがて音が鳴らなくなる。攻撃が完全に止んで数秒後、ハッチを擦るような音が聞こえ始めた。外装を殴っても無駄だと気付いた生物がハッチを強引に開けようとしてきたのだろうか、今度という今度こそ終わりだとハンドガンを強く握った。

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