暗中
熊獣人兵士ブロックはファング・フォースの中で最も大きな体躯を誇る。脱出カプセルのサイズも、ブロックに合わせて制作されている。ブロックが入れる空間は、他の誰でもだいたい入ることができると判断できた。しかし重装備のブロックは計測された体格以上に大きくなっていることもあり、カプセルに搭乗するのも、脱出するのも一苦労。宇宙服を身に着けてゆっくりとカプセルから出たが、どうやら大地に生じた大きな亀裂の奥に落ちたようだ。谷底の川に突き刺さったカプセルから出たブロックは、幅十メートルほどの川、その両サイドを高さ五十メートル以上あるだろう高い岩肌に囲まれた圧迫感のある場所にいた。他の隊員がそうしたように、酸素濃度計を使用して酸素濃度を確認してから、宇宙服を脱いで通常の武装状態に戻るブロック。谷底に落ちたことで、他の隊員との合流が困難である可能性が高まったが、探索しなければ合流は不可能と判断し歩き出した。
「川の深さは膝くらいか」
浅い川は流れも穏やかだが、ブロックは警戒を怠らない。水中に危険な生物が潜む可能性はもちろん、透明な水に近い液体に見えるがこの川を流れる透明の液体そのものが想定している"水"とは異なる可能性すらある。しかし陸はなく、川か岩肌の壁しか存在しない空間のためブロックは歩き出すしかなかった。川は透明で透き通っており、底が見える。水中生物がいるかもしれないと凝視するも今のところは何も見当たらない。銃を構えてゆっくりと川下へと向かい歩き出すブロック。狭い隙間からわずかに見える空を見上げた時、遠くからタンタンと二発の銃声が聞こえてきた。フロフとポルコが見知らぬ土地の生物に対して咄嗟に発砲するとは思えない、ということはこの銃声はナイトかレオスのどちらかのものだろう、と考えていた。ざば、ざばと川を歩きながら銃声の方向を判断したかったが、大地の裂け目の中に反響して伝わってきた銃声では方向はわからなかった。
「早く、上に登らなければ」
地上に戻りたい、と口にしながらも川下に向かっているのは理由がある。水が流れているということは、何らかの開けた場所に繋がっている可能性が高いためだ。流れに逆らって進んでも、高い壁の上から滝のように水が落ちている場所に辿り着けば行き止まりとなる。海か湖かはわからないが、この水が流れつく広い空間に辿り着くことができれば、泳いで陸に向かうことができるかもしれない。そう思って川下に向かうブロックだったが、二つの道がブロックの目前に立ちはだかった。ひとつは、急激に狭くなる川の続き。もう一つは岩肌にぽっかりと開いた暗闇の洞穴。川の続きは急激に狭くなり、四つん這いになって進めばブロックの体型でも進めなくはないが立つことはできず、これ以上狭くなれば進めなくなるリスクがあった。洞穴はブロックが立ったまま入ることができるほど入り口は大きいが、どこにどのように繋がっているのかは不明。だが、洞穴は中から風が吹いてきていた。つまり、行き止まりではない。どこか風が吹き込むような場所に繋がっているだろうことが予想できる。
ブロックの選択は洞穴だった。暗視ゴーグルをつけて、銃を構え直して進む。洞穴の中は奥から風が吹いており、その風を頼りに進めば何らかの出口に辿り着くだろうと信じ、歩みを進めていく。途中、二つに分かれた道があったが迷うことなく、風が吹いてきている左の道を選んだ。ブロックの身長ほどある高さの段には、壁面の中央にロープを付けた杭を刺して足をかけ、登ってからロープを引っ張り杭を回収するなどして手慣れた様子で洞穴の中を進んでいく。
「……ん」
ここまで止まることなく進み続けてきたブロックだったが、違和感を覚えて立ち止まった。少し後ろで、自分とぴったり足音を合わせながら何者かが追跡してきていることに気付いたのだ。ブロックが歩みを止めると、数メートル後ろの足音もピタリと止む。知性のある生物に追跡されているらしいことに危険性を感じながらも、あえて気付いていないように歩き出す。ほぼジャストタイミングで合わせてくるが、ほんの僅かにずれて背後から聞こえる足音が近づいてくるとブロックは再び足を止め、すっと息を吸い込んで覚悟を決めれば銃を構えて一気に真後ろへと振り向いた。暗視ゴーグルが捉えたのは暗闇の中でこちらを不気味に見つめている、人間に限りなく近い身体を持つ何か。手足、胴体、そして頭部があり頭部には耳らしいものが人間と同じくらいの位置で左右に、人間の両目の位置と額、そして口の位置に四つの目があり、口や鼻に該当する部位はない。手足の太さや長さも人間に限りなく近いが、指はそれぞれ四本ずつしかなかった。銃口を向けても微動だにしない。突き付けた銃口がどのようなモノなのかを知らないためだろう。原生生物が人間に近しい形をしていることに驚きつつ、ブロックは冷静に凝視し続けた。瞬きを、忘れるほど真剣に。
「アダネキカ……ヒカソノコ」
「なっ……」
人間に近しい原生生物が言葉らしい音を発したことに驚きつつも、どの部位から言葉らしい音を発したのかがわからず、警戒を強めるブロック。人間に近しいだけで、人間と同じ位置に心臓のような致命傷になり得る弱点が存在するとは限らない。敵対しているようにも思えない相手もきっと、ブロックのことを不思議に思っているはずだ。その時、カサカサと不意にブロックの足元で虫のような何かが動く音がした。急ぎ視線を足元に落とすと、ブロックの手のひらほどの大きさのゴキブリに近しい無数の足を持つ気持ちの悪い虫のような生物が、ガサガサと歩き回っていた。ブロックは虫が得意ではなかったが、作戦行動中に動揺することもない。だが次に視線を持ち上げた時、すぐそこにいたはずの人間に近しい原生生物の姿がなくなっていた。
重厚な銃のガチャリという音を立てながら周囲を頻りに警戒し、見回すブロック。だが先ほどの人間に近しい原生生物の姿は見当たらない。一方通行の暗闇の中、逃げる場所などない。天井も高くない、通路を戻って逃げたのか、それとも。
「エルケディアナウォモウクラウッ」
「しまっ……」
すぐ背後。足元の虫のような生物に気を取られた数秒の隙で、人間に近しい原生生物はブロックの背後に回っていたのだ。耳元で大声が聞こえると同時に、強い衝撃がブロックの後頭部に伝わる。鈍痛の後、意識を保とうとしても虚しく膝から崩れたブロックは、そのまま意識を失ってしまった。
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