不時着

 カプセルはすべての衝撃を吸収し、中に搭乗していたファング・フォースのメンバーはそれぞれ無傷のまま未開惑星の大地へと降り注いだ。引力に引き寄せられて落下する衝撃は強く、無傷であったことが奇跡にも感じられる中、振動が収まった頃にカプセルから出てくる各員。最初にカプセルから出たのは隊長のレオスだった。大きな体躯を揺らしながらカプセルから出ると、そこに広がっているのは大自然の森林。文明を感じない古の地球のような大自然の真ん中に不時着したレオスは、まず他の隊員を探し始める。

 高度な軌道修正機能を搭載しているからだいたい近くに不時着するよう設計されているよ、とかつてフロフが言っていたため、それほど遠くないはずの他のカプセルだが見当たらない。

「通信機能も衝撃で使えなくなっていたからな……自力で探すしかないか」

 宇宙服で防護していたが、植物があるということは水も空気もあるだろう予測から、携帯酸素濃度機を取り出し酸素の濃度を計測していく。どうやら呼吸するには十分な酸素が存在しているらしいことを確認したレオスは宇宙服を脱ぎはじめた。呼吸ができる。それだけで大きな安心に繋がる。限りある酸素を消費しながらいつ脱出できるかもわからない惑星を彷徨うことは大きなリスクだ。そもそも墜落した宇宙船がどこにあるのかもわからない状況で、少なくとも脱出に成功したであろう他の隊員すら見つかっていない危険極まりない状況である。呼吸ができることがわかるだけで大きな進歩と言える。

 森の中に墜落したレオスのカプセルは焦げていて煤まみれになっていた。内部に衝撃がいかないよう緩和させ吸収した全ての衝撃を一身に背負ったカプセルはボコボコになっており、現在の文明で発見されている中でも最も硬度のある金属を使って設計されたカプセルが鉄くずのように変形していた。その様子を見て、開発者のフロフに改めて命を救われたのだと認識したレオスは急ぎ仲間との合流を目指す。宇宙服をカプセルの中に入れ、防弾武装の装甲を纏った装備でハンドガンを構え、周囲に視線を向ける。今の装備は作戦開始前であったこともあり軽装だ。防弾装甲とハンドガン、注射型の治療薬と解毒剤、缶詰タイプの非常食が二日分といったところだ。あとは携帯できる簡単な装置を持ち歩いている。カプセルの中に格納されていた銃弾の予備も回収済みだ。

「む……」

 がさ。森の木々が揺れる音に姿勢を低くして銃を構えつつ鋭い視線を向けるレオス。この星の情報が皆無の状態で単体行動中の敵襲があれば非常に危険だ。本部と連絡が取れない今、交戦許可が得られない非常時においてはトリガーを引くこともやむを得ない。だが、相手を視認できないことに焦りもあり集中して周囲を警戒するレオス。

 次の動きが来ない。木々の揺れも収まり、今は静寂だけが支配する空間。姿勢を低くしたままゆっくりと歩き出すが、足音を最小限に意識していく。土も地球に近く、少し離れた場所から水の流れる音も聞こえる深い森。見たことのない植物ではあるが木に近い形の植物群が大きな森を形成していることから、地球にほど近い生態系が存在している可能性が高く感じられた。よく見れば小さな虫のような生き物も飛んでいることが確認できた。

「ウリエティス、イナン……エドコス」

「なっ……ッ」

 頭上から聞こえた声のような音に銃口を向けながら真上を向くレオス、木々の枝に立って見下ろしてくる生き物は大柄なゴリラのような黒い体毛の毛むくじゃらで、顔や目は毛におおわれて確認できない。武装している感じではないが、手足はあり太く屈強な筋力を感じられた。聞いたことのない言語だったが、敵意を以ての発言には聞こえなかった。銃口は向けたがレオスは発泡することなく様子を伺う。木の枝を折って、レオスへと投げつけてきたが攻撃のようではなく、レオスの一歩前の地面にぱさりと落ちただけ。ゆっくりと銃を下ろしながら、イヤホンのような形の簡易翻訳機器を耳に装着する。未開惑星の言葉は翻訳できないことがほとんどだが、もしも登録されている言語ならば意思の疎通が可能になるかもしれない。だが次の言葉は翻訳されることなく耳にそのまま届いてしまった。

「アドノミナ……ナヘアモ」

 初めて遭遇した原住生物、敵意はなさそうだが味方として判断するには早すぎる。あえて敵意を見せる必要もないと判断したレオスは危険を承知で銃をしまい、落ちてきた枝を拾い上げた。枝の切断部分から赤い樹液が垂れている。

「オズオド、ユセヂッシオ」

 相手はもう一度別の枝を折り、同じように赤い樹液が垂れる先に口らしい部分を触れさせ、ズズと啜ってみせた。促すように、見下ろしてくる。何を伝えたいのか、薄っすらと感じられた。飲め、と言っているのだ。だが生態の異なる生物がその樹液を美味だと感じても、レオスにとって毒である可能性は十分にある。

「どうしたものか……」

 文化の違いはあるが、どうやら敵意はないらしい相手の好意のような行動を踏みにじるのは、かえって敵意を駆り立てる可能性もある。だが刺激せずに危険を回避する必要性もあった。枝を啜るフリをしようかとも思ったが、動きから見て相手には視認性能がある。目の位置はわからないが明らかにこちらを視認しているような動きだったためだ。フリが失礼にあたれば攻撃対象になりえることも考慮する。様々な判断基準から割り出す判断が、鈍っていく。この動物のような生き物に仲間がいるかもしれない、周囲をすでに包囲されている可能性もある。何かを試されているのか、レオスには様々な考察が飛び交っていたがどれも確証を得られないまま、拾い上げた枝と頭上の動物のような生物を交互に見つめる。

 その時だった。がさ、がさと遠くから木々を揺らして何かが接近してくる音がした。頭上の生物の仲間か、と思ったがどうやら違うらしい。慌てるように周囲を見回して、逃げるように枝から枝へと飛び退く頭上の生物。そこに近寄ってくる気配は急速で、真っすぐに頭上にいた動物らしい生物へと迫った。銃を構え頭上を見上げるレオスの視界に飛び込んできたのは、頭上にいた図体の大きなゴリラらしい見た目の生物よりもさらに大きな体を有する、巨大な猫のような真っ白の毛並みの生物。手足が八本あり、器用に木々を蹴りながらゴリラのような生物に突進していく。目は無く、巨大な口を開き、牙のようなコケの生えた鋭い歯でゴリラへ食らいつこうとしてきた。危険生物だ、ゴリラらしい生物を殺そうとしている。恐らく次は、こちらに来ると判断したレオスは射撃体勢に入った。

 ゴリラのような生物を守る目的よりも、自分の身を守るためだと言い聞かせるように銃を握り、銃口を向ける。しかし捕まったゴリラらしい生物と掴み合いになり、木々の枝から落下した両者は地面に激しく叩きつけられながらも激しい抗争をはじめ、猫らしい生物の牙を回避しながら突き飛ばすように何度も何度も攻撃を重ねるゴリラのような生物。この両者が敵対関係にあることはわかったが、動きが激しく銃口がブレて正確な射撃ができそうにない。レオスはゴリラのような生物に銃弾を撃ち込むつもりいはなかった。こちらに迫ってくるのであれば猫らしい生物を射撃する必要性は感じていたが、引き金を引けばゴリラらしい生物に当たる可能性もある。八本ある足で器用に絡み取られたゴリラらしい生物は完全に抑え込まれ、まさに猫らしい生物の大きな口に噛みつかれようとしていた。動きが、そこで一瞬止まったように感じられたレオスは、思い切って引き金に力を込める。

『タンッ』

 空を貫くような軽快な音と共に発砲された銃弾は真っすぐ、猫のような生物の首あたりに直撃した。黒に近い紫色の血らしい体液を吹き出しながら、ゴリラらしい生物を抑え込んでいた体勢から吹き飛ぶように転がっていく。痛みはあるらしい、苦しそうにしながら森の奥へと走り去っていく猫らしい生物。激しく呼吸を繰り返しゆっくりと起き上がったゴリラらしい生物がこちらと、走り去った猫らしい生物の背中を交互に見ていた。

「……正しかった、と信じたいな」

 判断を誤れば自分も危険に晒されるが、同様に付近にいるはずの仲間にも危害が加わる可能性がある。例えば逃げ去った猫らしい生物の退路に仲間がいれば、興奮状態のまま襲い掛かってくるかもしれない。そうではないことを祈りながら、レオスは銃をしまいゴリラらしい生物の近くへと歩み寄った。

「ウオタギラ、アチサミラクサト……」

 言語を発することから、ゴリラらしい生物は文明を有している可能性が高いとも判断できる。接近するレオスにまた不明な言語を投げかけながら立ち上がるゴリラらしい生物は、噛みつかれてこそいなかったが足の爪らしい部分が突き刺さったのか、全身が傷だらけになっている。赤黒い体液は恐らく血で、毛を濡らすほどには流血しているがなんとか命に別状はなさそうだった。起き上がったゴリラらしい生物は両手を左右に広げてから真上に挙げる行動を二回、まるでお礼をしているように感じられたアクションをしてから、よろよろとしながら森の奥へと消えていく。あえて追いかけようとしなかったレオスは、ふと我に返り仲間の捜索を再開した。

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