アルデラーンの冒険者たち

猫熊アザラシ

プロローグ

 宇宙船は目的地に向かって計画通りに進んでいる。ある重要な任務のため、宇宙特殊部隊ファング・フォースの五人を乗せた小型宇宙船は真っ直ぐに目的の惑星へと向かっていた。


「重力圏まであと……半時間ほど、か」

 よく肥えた身体で大きめの椅子に座る兎獣人・フロフが、レーダーとモニターを交互に見ながら誰に言うでもなく呟いた。自動操縦の宇宙船が目的地に到達するまでの時間、ファング・フォースのメンバーができることはただ、無事に到着することを願うことのみである。技術面のエキスパートとして軍で活躍するフロフは機械の天才であり、優秀なメカニックとしてこの特殊部隊に加入した。宇宙船に何らかのトラブルが発生したとしても、フロフが修理し、必要に応じた改造を行う。この宇宙船自体の開発チームリーダーでもあった彼にとって、それは造作もないことである。


「ほんと、ほんと、長旅だったねぇ。オイラ腹ァ減っちまったよ」

 豚獣人・ポルコが真ん丸い自身の腹を撫でおろしながら、片手で泡立つ緑色の液体の入ったグラスを揺らしフロフに話しかける。フロフはポルコに振り向くこともなく「ほとんど寝てたくせに」と悪態一つ。ポルコは物資や食糧の管理を一任され総合管理者として配属された隊員で、戦闘や工作を行う戦闘要員ではない。主に船の中におり、隊員たちが任務から戻った時点で物資や兵器の状態管理を行い、食料を管理しつつ調理も担当している。部隊のムードメーカーとしての役割も担っており、いつも調子のいいことばかり言っては真面目な他の隊員から怒られる日々を送る。


「失礼するぞ、フロフ……と、ポルコもいたのか。そういえばキッチンで鍋が煙を出していたが、あれはそういう料理なのか」

「うっわ、やばい。サンキューな、ブロチン、鍋を加熱してたのオイラすっかり忘れてたぜ」

 レーダー室の入り口ドアよりも高い身長を誇る熊獣人・ブロックが少し身体を屈めながら入ってくるなり、調理室で煙を出す鍋のことを告げつつフロフへと近寄っていく。慌てた様子でポルコが入れ替わりにレーダー室から出ていくが、ブロックもフロフもポルコには視線も向けない。ブロックが知りたいのは、あとどれくらいで作戦エリアに到着するかということだけだ。五人で編成される特殊部隊ファング・フォースで最も大きな体躯を有するブロックは、戦闘において盾役を担う重要な戦闘要員である。タフな耐久力と圧倒的な怪力を活かして部隊を守る、絶対的な守備力を誇る兵士としての実績を買われて特殊部隊に編入された経緯を持つ。フロフは「あと半時間」と、ブロックにすら視線を向けることなく端的に告げたが、ブロックも「了解だ」とだけ言い残しレーダー室を後にした。二人は決して険悪な関係ではない。むしろ信頼を置きあっている関係にあるが、口下手が災いしてコミュニケーション不足が目立っているだけだ。


「はあ、すっかり忘れてたわ……貴重な鍋、ダメにしちまったなぁ、まあドンマイドンマイ」

「通路が煙っているが、何事だ」

 調理室に入ってくるなり鋭い視線をポルコに突き刺し、冷静な質問を投げかけたのは猫獣人・ナイト。冗談が通用しないタイプであることが一目でわかる堅物兵士といった風貌……戦闘が起こるはずのない移動中の船内ですら完全武装のナイトは、その大きな体がさらに大きく見えるほどの重装備であるだけでなく、銃まで構えて突入してきたことでポルコが反射的に両手を挙げてしまうほどの迫力だ。銃口を下ろし、ふんと鼻を鳴らすナイトは「煙で警報が誤作動しないように早急の対処を」と冷徹に言い残し、調理室を後にした。がちゃ、がちゃと重装備のナイトが歩き去っていく音が通路に反響する。ゆっくりと両手を下ろすポルコは、我に返ったように、思い出したように……焦げた鍋を処理して室内の換気を最大レベルで実行していく。通路に充満した煙は自動で換気されるのを待つしかないが、せめて調理室内の煙は早急に除去したかった。だが、ナイトではない足音が接近してくると調理室に真っすぐ、入ってきた大きな影がひとつ。


「……これは、いったい……ポルコ、説明してもらおうか」

「あちゃあ……隊長サンまで見つかっちゃったかあ」

 最悪だ、と呟きつつポルコが大袈裟に手を顔面に当てて上向くと、それにも構わずポルコへと歩み寄ってくるのは大柄の獅子獣人・レオス。特殊部隊ファング・フォースの隊長であり、隊内で唯一の士官階級を持つ兵士である。士官学校を卒業してから何度かの任務に参加し、その優れた判断力と機動力を評価され特殊部隊の隊長に任命されたエリート士官のレオス。実戦において必要とされる知識はもちろん、状況判断能力も戦闘能力も軍部から高く評価されており、特殊任務の隊長に抜擢するに十分な素質を持ち合わせている人物だ。階級についてはレオスの少尉階級の他、ナイトとブロックは上等兵、フロフは整備士上がりの一等兵、ポルコは倉庫管理者から編入されたため階級を持っていない。戦闘任務だけではなく特殊な環境や状況に適応する必要がある特殊任務の専門部隊において必要とされる、各種専門性を持つエリートたちを集めた部隊を統率することは大変難しい。しかしレオスはしっかりと隊をまとめあげていて、結果も残していた。


『ファング・フォース全員に通達する、全員に通達するッ……不明な攻撃性レーザーが複数、本船に向けて飛来中。現在全力で軌道修正中だが……ッ、無理だ間に合わない、衝撃に備えてくれッ』


 フロフの全体アナウンスが船内に響き渡った直後、船は何度か大きな衝撃で揺れ、アラートが鳴り響き赤いパトランプが各所で回転し始めた。謎の攻撃により、船が損傷したらしい。自動操縦だった船を手動モードに切り替え、フロフが全力で攻撃の回避を試みたようだがどうやら間に合わなかったようだ。大きく船体が揺れ、ゆっくりと回転しながら軌道から外れつつあることがフロフ以外の隊員にもわかった。船内にはファング・フォースの五人しか搭乗しておらず、船員もいない。急ぎレーダー室に集まった四人は「ああっ、くそ」とレーダーを殴りつけるフロフを黙って見つめることしかできなかった。何があった、と問いたかったがフロフからの説明を待つ四人。そしてゆっくりと振り向いたフロフは、青ざめた表情で口を開く。

「本船は……不明な攻撃によりエンジンとブースターを損傷、軌道から外れ……未開惑星の引力に、引き寄せられ始めた……」

「ふ、フロフたん……それって……」

 ポルコも青ざめた表情をしながら、信じたくない現実を聞き返してしまう。フロフはゆっくりと頷くが、未開惑星の引力に引き寄せられ船はどんどん加速していくにつれて危機感が増していく。レーダー前の椅子に座って黙り込んでいたフロフがゆっくりと立ち上がるなり、鋭い視線を四人にそれぞれ向け、そして再び口を開く。

「不時着する……だから耐衝撃カプセルに入り、衝撃に備えよう」

 絞り出すように紡がれた言葉は、実に絶望的な内容であった。エンジンとブースターを損傷した状態では不時着してから未開惑星を脱出することができない、その可能性が高い。レーダー室を出て通路を歩き、調理室を通り過ぎた突き当りでエマージェンシーと書かれたガラスを突き破り、中のレバーを操作する。ロックされていた扉が開くと、部屋の中にはそれぞれ大きな体格のファング・フォース各員が一人ずつ入れるように設計された、五つのカプセルが並んでいる。この中に入っていれば不時着して船がバラバラになったとしても衝撃や爆風から身体を守ることができるようになっている、らしい。フロフが設計したカプセルだが、どんどん引力に従って引き寄せられる船の中には少しずつ引力が生じ始めており、斜め向いた船体の中を滑りそうになってきた五人には時間が残されていない。引力が強まるにつれて、船内の移動が自由ではなくなるのだ。レオス隊長から先導してカプセルに入ろうと駆け出した。

「各員、衝撃に備えるぞ。カプセルに……入ろう」

「……ボクの計算では不時着してから出ても安全だと思われるのは半時間後。それまでは出てこないで」

 それぞれがカプセルの中に入っていく。ガチャリ、と卵型の大きなカプセルが閉じると、中は疑似的な無重力空間となっていた。カプセル自体が複数構造になっていて衝撃を緩和するだけでなく、内部でも衝撃に反応して強力なエアバッグが開き、搭乗者をどのような衝撃からも守る設計となっている、とフロフは開発時に豪語していた。実際に使うことになるとは思っていなかったが、不明な攻撃により動力を失った船が偶然隣接していた惑星の引力に引き寄せられ墜落していく中、このカプセルを使わなければ間違いなく全滅である。カプセルの中には他のカプセルとの無線通信機能が搭載されていて、全員がカプセルに入ったことを確認する声の呼びかけが飛び交う。

「惑星の酸素レベルもわからない、だからカプセルの中で宇宙服を装着しておいてね。ちょっと狭いけど……」

「ああ、これね。これ今のうちに装着しておかないとエアバッグ開いたら動けなくなるよね、そうだよね……え、そうだよね」

 不安そうなポルコが何度も問いかけるが、面倒くさそうにフロフから「ああ、そうだよ」という返事を最後に通信は遮断されてしまう。惑星の引力圏内へと完全に突入した船は真っすぐに、未開惑星の大地へと落下していくのであった。

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