第21話


厄介事というのは連鎖する。


侯爵家での私はいつもそうだ。


ロバート公爵家。

ロバート公爵、公爵夫人、長男のロッキー、次男のグレー、そして三男のデミアン様。


これがデミアン様の家族…


まじまじと見るのは初めてだったが、私の家族と似たような冷たい雰囲気だ。


ふとした瞬間にデミアン様と目が合ったが、

その悲しそうな顔に、私はすぐに目線を逸らしてしまった。


「話どころではないようです、お父様…」


この小太りの男が長男のロッキー、性格の悪さが顔に出ている。デミアン様に似て、感情を隠せないタイプのようだ。


「しつけは程々にしておいた方がよろしいかと、うちと違って、相手は女性なのですぞ」


公爵は、感情の籠っていない言葉をお父様にかけた。


「失礼ですが公爵様、これは侯爵家の問題です。口を挟まないで頂きたいです」


公爵家にまで楯を突く、お母様は本当に怖いもの知らずだ。


「ローズ様、

デミアンと婚約したいというのは本当ですか?」


後ろから聞こえた公爵様の質問に、私は振って答えた。


「はい、本当で…」


言葉を言い切る前に頬に痛みが走り、一瞬意識が飛びかけた。


「勝手に答えないで!」


「ローズ様!」


デミアン様が急いで私の元へ駆けつけた。

視界に入ったデミアン様の顔は、赤く腫れ上がっていた。


さすがに限界か、意識を保つことで精一杯だ。


「私どもとしても婚約を認めるのは難しいと考えていましたが…

今の侯爵夫人の言動を見たら、私どもの考えが正しかったと確信をもてました」


「何ですって?!」


「その言葉は聞き捨てなりませんな」


沸点を超えかけている母様に続き、お父様が立ち上がった。


両家の当主がいがみ合う中、声上げたのた

デミアン様だった。


「そんなことより、早くローズ様を処置室にお連れしてください」


「うるさい!」


お母様が、デミアン様目掛けて平手打ちを飛ばした。


「やめろ~!」


お父様が声をかけるが、お母様には聞こえていない。


まともにくらえば確実に倒れる勢いで放たれた平手打ちだったが、デミアン様の頬に触れることはなかった。


デミアン様は何事もなかったかのように、お母様の手を止めた。


そして、その手に力を込めた。


「あ~痛い…」


お母様の叫び声が侯爵室に響く。


大袈裟な人だ…


痛がるお母様を気分よく見ていたが、一瞬にしてデミアン様は遠くに蹴り飛ばされてしまった。


「何が起きたの…」


一瞬の出来事でお母様も動揺している。


現れたと思った瞬間にはデミアン様は蹴りをもらっていた。


これが公爵家次男・グレー。

ロッキーやデミアン様と違って感情は読めないが、尋常でない強さを誇ることだけはわかった。


グレーの分厚く絞られた肉体から繰り出された蹴りは、1発でデミアン様を再起不能にさせた。


グレーのことは以前から知っていたが、最後に見たときからだいぶ雰囲気が変わった。


デミアン様は、その状態のまま長男のロッキーに滅多打ちにされた。


私もデミアン様も満身創痍の状況。


「デミアンが失礼しました」


「いえ、こちらこそ妻がデミアン様に失礼なことを申し訳ございません」


お母様は言い返そうとしたが、お父様に睨まれ断念させられた。


デミアン様のところへ向かいたくても、もう体が動かない。


デミアン様との婚約はダメだった。


だが夫婦という名目がなくても、復讐はできる…


私たちが再び立ち上がることができるのなら…


……


処置室に運ばれた私は、医療従事の経験があるリリーフによって手当を受けた。


「ローズ様、荒治療でなんとか動ける状態まで持っていきましたが、戻ってからはくれぐれも安静にしていて下さい」


「ありがとうございます」


「デミアン様の手当は私がしておきますので、早いうちにここを出てください」


リリーフをここに追放しておいてよかった。


先に手当を終えた私は、デミアン様を残し公爵邸を出発した。


~~

アンディークへと向かう馬車で、1日を振り返る。


今日の私はアンディークに住んでいるときの私ではなかった。


過去の恐怖に負けたのだ。


打たれても痛みは時間が経てば消える。


けれど、消せない痛みもある。


心の奥に居座り続け、事ある度に心に痛みだけを与え続ける。


あの人たちは一体どこまで私たちを…


「あぁ~…」


嗚咽と叫び声と涙が込み上げてくる。


周りにあるもの全てに、手当り次第当たり散らかす。


普段の私がこの姿を見たら、どう思うだろうか…


いや、これが私だ。私は私でしかない。


当たるものがなくなると、もうどうすることもできず泣き崩れる。


私は変わったようで何も変わっていなかった。

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