第20-2話

着いて欲しくないと思っているときほど、

早く到着してしまう。


見慣れた正門を通り、侯爵家の中に入る。


1人だけ待機していた使用人は、

「時間になるまで自室で待機するよう」、その一言を告げると足早に去っていった。


相変わらずこの家で私は、空気として扱われる。


だが、父様、お母様、ミカエラ、他の使用人たちに会わずに済むなら、そちらの方がいい。


「はぁ…」


呪いなのか、この家に入ったときから、

過去の自分に戻ってしまった気がする。


ずっと何かに怯えながら空気に徹する時間。


考えようとしても、集中できない。


「ローズはどこ!」


ドスンドスンと、廊下から大きな声と足音が聞こえてくる。


来たか…


バンッ、

誰かが、壊す勢いで部屋の扉を開けた。


こんな幼稚なことをするのは、ミカエラしかいない。


わかっていたが、見るからに怒っている。


私の目の前に立ったミカエラは、私の頬を素早く平手で打った。


足に力が入らず、私は勢いのまま倒れた。


痛みが、私をこの場に呼び戻す。


懐かしい感覚だ。


「私とラビラ様の結婚式にどうして何も花の1つも用意できないの?」


「ごめん、2人に似合う花を探したんだけど…

そんな花なんて存在しなかった」


パシッ、先ほどより鋭い痛みが走る。


「何、嫌味?

そんなことして許されると思ってるの?」


「私って花に詳しいでしょ、ここでずっと庭園の管理してたし。貴方に似合う花はいくら探してもなかった、珍しいわね、」


「許さない、殺してやる!」


ミカエラが私の首に手をかけたときだった。


「ミカエラ様、おやめください!」


この家に追放していたリリーフが止めに入った。


「絶対に許さない」


リリーフを振り払ったミカエラは、大きな足音を立ててその場を離れた。


反撃はできないのに、煽るだけ煽る。


情けない…

妹にできることがこれしかなかった。


生きてることが、申し訳なく感じる。


……


国王子息、ラビラ王子の結婚式というだけあって、

各国の最高位貴族、王国内の高位貴族、議員たちが鎮座した。


国を上げての結婚式は、盛大に執り行われた。


花火、音楽隊の生演奏、舞踏の演劇、著名人の祝辞。


「新郎・王子ラビラ、新婦・侯爵家令嬢ミカエラ」


白い隊服に身を包んだ衛兵に先導され、

馬車を降りた2人がバージンロードを歩く。


本来なら私がいたはずの場所にミカエラが立っている。


私が婚約者だった頃の記憶が蘇ってくる。


私が幾度となく想像した、唇を重ねる瞬間。


ラビラの隣にいるのは私ではなく、ミカエラ。


見てしまえば、当然のように辛くなった。


それを引き金に、パーティーが幕を開けた。


ミカエラとラビラは、ひたすら挨拶回りを続けた。


私もお父様、お母様の後ろにつき何百人と挨拶を続けた。


……


「花の1つも用意しなかったとはどういうことだ?」


パーティを終え、見送りを終えたと想えば、

侯爵室に呼ばれ、3人から責められるという地獄絵。


「用意できるものがありませんでした」


パチンっ、お母様から平手打ちが飛んでくる。


「どこまで生き恥をさらすつもりなの!

貴方を産んだことが私の一生の後悔だわ」


倒れるも、足に力が入らず、立ち上がることができない。


「ローズよ、

公爵家のデミアン卿と婚約をするという噂は本当か?」


「私はそのつもりです」


パチンっ、次は再びミカエラから平手打ちが飛んでくる。


どこかを切ったのか、口の中から血が溢れ出る。


どうして、こんなにも惨めなのだろう…


怒りすら湧いてこない、もうおしまいだ…


いっその事、舌を切って死んだ方がましか…


淡い色のドレスが血で染まっていく中、

そんなことを考えていると、侯爵室の扉が開いた。


「侯爵どの、

私どものデミアンとローズ様の婚約の件で、少しお時間よろしいでしょうか?」


ロバート公爵家一同が侯爵室入ってきた。

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