第11-1話


「普段家にばかりいるので、

さすがに疲れました…」


「お疲れ様です」


デミアン様には、民への挨拶回りのため外に出てもらっている。


余計なことは口にせず、

ただ挨拶をして、親身になって話を聞く、これを繰り返して欲しいとお願いした。


「これが何に役立つのか、

今はわかりませんが、きっと意味のあることなのでしょう」


デミアン様の性格を考慮し、私は意図を伝えなかった。意図を伝えれば、それが何らかの形で民に伝わる恐れがある。


デミアン様もそのことを理解しているのか、

何も言わず、行動してくれている。


アンディークが再建を遂げたとき、この挨拶回りが大きな意味を成す。


「デミアン様、もう少しだけ…」


私は言葉を詰まらせてしまった。


「どうしたんですか、ローズ様?」


「デミアン様、その首の傷はどうなさったんですか?」


デミアン様は、首にできた小さな切り傷に軽く触れた。


「あ~、大丈夫ですよ、

ただ、先の尖ったものがかすっただけです」


「まさか、挨拶回りの最中に…

他には怪我されてませんか?」


「他にも色んなものが飛んできたりもしましたが、鍛えているので問題ないです」


デミアン様が、無理に明るく振舞っていることが

すぐにわかった。


「それに、長年に渡る民の痛みに比べれば

こんなもの痛くも痒くもありません」


先日理解できなかった、怪我を心配する気持ちが理解できた…


こうも胸が苦しくなるものなのか…


デミアン様に危害を加えた、顔をわからぬ民に怒りすら覚えた。


「痛みを患ったからって、

デミアン様に痛みを与えていい理由にはなりません」


「いいんです、ローズ様…

そういうものじゃないですか、私たちが成し遂げようとしていることも」


デミアン様の言葉で、自分が感情的になっていることに気づいた。


「そうでしたね…

しばらくは家で安静にしていてください」


「いえ、私も本気です。

数日休んだら、また再開しようと思います」


「そうですか…

疲れがでてきたようなので、早めに休みます」


今はデミアン様と話すよりも、頭を冷やなければならない。


「ゆっくりお休みください」


頭を下げて部屋を出たが、デミアン様の顔を見ることができなかった。


デミアン様の言う通りだ。


私たちも同じだ。


やられたからって、それが復讐していい理由にはならない。


理由なんて、

自分の考えを正当化するための都合のいい解釈でしかない。そのことを、私は誰よりも知っているというのに…


私は一体何をしているのだろうか。


無駄な感情は殺すと、公園で食事を共にした日に

決めたはずなのに…


デミアン様の前での私は、私ではない…


……


「この頃、デミアン様を街中でよく見かけるのですが、ローズ様、貴方が関わっているのですか?」


「どうしてそう思うのですか?」


「貴方の瞳は光を写してない。

まるで復讐に囚われていた昔の私のように」


復讐、パウロにも見抜かれてしまった…


「いずれ説明する日が来るでしょう…

依頼していたオドールですが、」


「ローズ様の読み通り黒でした」


「やはりそうでしたか」


オドールが統括するようになってからのアンディークの成長率は若干の右肩上がり、見方によっては

ほぼ横ばいといっても過言ではない。


アンディークの民からすれば、

右肩下がりの成長率に歯止めをかけただけでも満足なのだろう。


人は満足してしまうと、本当に見なくてはならない部分に目を瞑って(つむ)しまう。


私から見れば、オドールは最低限ことしかやっていない。


利益を出して、成長率を上げたければ、

取り組むべき課題は山のようにある。


「オドールのそばにいたのが、デミアン様であったからできたことですね」


ある程度、頭のキレるものなら、

オドールの職務怠慢にすぐに気がつくだろう。


「北の都・リバリフトから連れてきた柄の悪い男たちを使って、反発した民を秘密裏に弾圧していました」


「そうですか…

ですが、それは噂話として有名なはずです」


「よくその話をご存じで」


「私が求めているのは、価値のある情報です」


「わかっています。

ロドール、あのクソ野郎は周りの男たちと内密に買った農地で、隠れてブドウを栽培し、更にはワイン製造にまで手を出していました」


「それだけじゃない、そのワインを高値で

海外に売り飛ばしていました」


「そうですか…」


何かしらやっているとは思っていたが、ここまでのことをやっているとは…


「場所は突き止めてありますが、見に行きますか?」


「行きましょう」


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