第10-2
「失礼します、ローズ様」
「お待ちしていました」
「王室は使われないんですね」
「えぇ、私には広すぎました」
私は既に、王室から令嬢用の小さな部屋に住む場所を移していた。
「ローズ様、その首のガーゼは?」
早速、気づかれてしまった。
「ちょっと、事故に巻き込まれまして…」
「事故で首だけを怪我するものですか?」
「死ぬこと以外は、かすり傷のようなものです」
「質問の答えになっていません、
次からは、私が同行します」
あまり気にしていなかったが、ソフィーに、
使用人に、デミアン様にまで心配される。
時々、自分の価値がわからなくなる。
心配される価値が自分にはあるのか…
廊下に人がいないことを確認し、私は扉を閉めた。
「早速ですが、計画を説明します」
デミアン様の顔が引き締まった。
「まずは、アンディークを40年前のあの繁栄していた頃のような都に、アンディークを再建します」
「やはりそこからですね…
ですが、この腐敗しきったアンディークをどうやって?」
アンディークが腐敗してしまった理由。
それはパドリセンとの大戦で失うものが多すぎたことだ。
王都の権利や多くの土地を奪われたことは
有名だが、他にも大きなものを失っていた。
私も文献を読む中で知った。
「農業を再開させます」
それは、広大な農地が稼働できなくなってしまったことだ。
「農業ですと?!」
「はい、再びワイン製造を始めるのです」
アンディークは、その温暖な気候と広大な農地を
利用したワイン造りが世界的にも有名な都市だった。
その背景には、農業を専門とするサニー家の長年蓄積されたノウハウがあった。
全盛の頃は、
国内だけではなく、国外にも多く輸出し、
アンディーク全体の純利益のうちの6割ほどの利益をワインの貿易で得るほどだった。
国内、国外、
ありとあらゆる場所でアンディークを真似て、
ワイン作りを始める農家がいたが、上手くいった例はない。
「失礼ですが、それは無謀ではありませんか?」
デミアン様の反応は予想通りだった。
アンディークの民に聞いても、10人中、10人が無謀と答えるだろう。
無謀だからこそ、やらなければならないのだ。
勝ち残るためには、常に敵の想像を上回る結果を出し続けなければならない。
「カリビア大橋は封鎖されている今、必要な物資をどうやって輸入するのですか?」
利益を出し続けたワイン生産だったが、
問題点もあった。
ワインの元となるブドウの種や他の野菜の種から、成長に必要な肥料、農業の道具、ワイン製造の機器まで、全て隣国から輸入しなければならなかった。
その輸入の要が、アンディークと隣国・マリハットを繋ぐカリビア大橋だった。
マリハットはアンディークの西側にあり、
昔からアンディークとは貿易の関係で深い仲にあった。
カリビア大橋は、マリハットとアンディークとを繋ぐ唯一の道であり、さらに北の都・リバリフトと
アンディークを繋ぐ役割も担っていた。
そこに着目した現王家は、カリビア大橋を
封鎖し、新たリビーフ大橋を作ったのだ。
リビーフ大橋は、リバリフトとアンディークのみを繋ぐ橋で、マリハットには繋がっていない。
物理的に輸入ができなくなったアンディークの農業は、次第に衰退していった。
「なら、嫌でもカリビア大橋を使うしかないようにすればいいのです」
「え、…」
はやり、デミアン様にはこの類の才は全くない。
代わりに都市を管理するものが派遣されるのも当然か。
「ですが、仮にカリビア大橋は再び開通しても、
輸入するかはオドールが決める」
「もしオドール様が再び農業を始めなかった
場合は、いなくなってもらいましょう」
「まさか、殺すつもりですか?」
若干、デミアン様が顔色を曇らせた。
「いえ、今のところはそのつもりはありません」
「そうですか…」
「罪のない人を殺すようなことは、決してしないと決めています」
ただ、私の読みが正しければ、ロドールは死ぬことになるだろう。
「農地の内、7割ほどはブドウを栽培、
残りの3割はアンディークの民が暮らしていける分だけの野菜を」
「その後、潤った利益でアンディークの古くなった設備や街並みを建て直し、商業も活性化させます」
「本当にそんなことが可能なのでしょうか?」
たしかに、私とデミアン様の力ではどうしようもない。
けれど、四大名家の力と私の頭脳があれば話は別だ。
「橋のこと、農業のこと、そして、オドールのことは私に任せてください。デミアンには、別に動いてもらいたいことがあります」
妥協なんてしない、徹底的にやってやる。
私が味わった以上の絶望を必ず味合わせる。
「はい、なんなりと」
半信半疑という様子だったが、それでもデミアン様の瞳は燃えていた。
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