第3話

青色の髪に緋色の瞳。

美術館に飾られていてもおかしくない、彫りの深い彫刻のような顔立ち。


誰もが彼の虜になる。

  

私の愛していた人。


「ローズ、俺がここにいる限りむりだ、諦めろ」


私の手から力が抜けるのを確認したラビラ様は、

腕から手を離そうとした。


完全に手が離れかけたときだった。


「ちょっと、何してるの?!」


遠くから叫び声が聞こえてくる。


耳に響くこの高く鋭い声…

声の方に振り返ると、やはりお母様が腰に手を当てて立っている。


お母様を見た途端に、ラビラは私の腕を掴み直した。


白色の髪、その髪の白さ以上に彩度の低い肌、

ミカエラよりかは、私に少し似た顔立ち、

今にも消えてしまいそうな儚い雰囲気。


この雰囲気に、多くの男が騙される。


声の主であるお母様は、状況を把握するなり、

見る見る怒り出した。


結局、ラビラ様に止められるまで、

私は暴行を受け続けた。

 

「こんな子産まなければよかった」

 

ここまでやられたの初めてだった。


お母様を見るなり咄嗟に腕を掴み直したあの動き、やはりラビラ様は自分の利害のことしか考えていなかった。


自分に都合が悪いとなると、何でも切り捨てる、

そんな冷酷な男。

 

「今夜、私とミカエラの婚約を記念して宴がここで催される。早く出ていった方がいいぞ」


人は衝撃的なことが短時間のうちに繰り返されると、驚くようなことでも驚かなくなるようだ。


お父様が、すぐに家を出ろと仰ったのも納得がいく。


「でも宴は夜からですよね、

どうしてこんな早くいらしたんですか?」


ミカエラが尋ねる。


「もしかして私に会いたくて早く来ちゃったのかしら…」


上目遣いでラビラを見るミカエラ、

男を揺さぶるセンスはお母様譲りなようだ。


だが、そんなことをラビラにしても…


「ローズに用があってな」


ラビラは基本的に人に気づかうことはなく、どこまでも自分に正直だ。


「…」


「家を出ると聞いたからその前に会いに来た」


ラビラは勝手に私の部屋の扉を開け、入っていった。


ラビラが私の部屋に入るなんていつぶりだろうか、羞恥で顔を赤くしたミカエラを無視して、私も部屋に入る。


「君があんなに激高する姿は初めて見たよ」


「要件を伺ってもよろしいですか?」


「ずいぶんと冷たい態度だな」


ラビラが私に会いに来たのは、心配だったからとか、助け舟を出すためとかでないことは、彼の目を見ればわかった。


ラビラ、この方の目はこんなにも冷たかったんだ。


今まで気づかなかった私は、

浮かれていたのか、あるいは気づくことを恐れ、

目を逸らしていたのか…


「前のように振舞えと?」


「いや、そのままでいい」


ラビラは窓際に腕を組んで立ち、私は椅子に腰を下ろした。


立っているのはもう限界だった。


「指輪、

婚約指輪を返してもらうよう父から命を受けた」


「そうだったんですね…」


棚から、大切に保管していた婚約指輪が入った箱を取り出し、中身を確認した。


未来を誓いあってた頃と違って、今となってはこの指輪から輝きを感じない。


ラビラに箱を渡し、1つ質問をした。


確かめておきたいことがあった。


「貴方は、1度でも私のことを婚約者として愛したことがありましたか?」


「愛するか…

どうしたらそんな感情が生まれるというのだ」


「父上に勝手に決められた婚約者を愛する、ありえない」


「ローズ、君も、

そして新たな婚約者のミカエラも、形だけの婚約者でしかない」


「そうですか…」


「逆に聞くが、どうすれば愛することができる?

君の母親の浮気相手の息子を、私の父親の浮気相手の娘を」


そう、お母様は国王の不倫相手だ。

パドリセンでは有名な話だが、国王が絡んでいる以上、誰も口出しを許されない。


「何度婚約が破棄になろうと、悲しむとはない。

どうせ、婚約相手はお父様の不倫相手の娘なのだから」


私はどうしてこの男を愛してしまったのだろう。


立場が違ったからだろう。


唯一の希望だった、生きる理由だったこの男。


「侯爵へ挨拶に向かわなければならない、さらばだローズ。西の都へ飛ばされたなら、もう会うことはそう多くはないだろう」


箱を胸ポケットにしまった王子は、清々しい面持ちで部屋を出ていった。

 

……

 

「っはぁ…」


やっと1人になることができた。


体から力抜けていき、張り詰めてた緊張の糸も緩んでいく。


自然と涙が溢れ出した。

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