第4話
20年間住んだ、ピアール侯爵邸を離れる。
侯爵邸での思い出に、明るい思い出などあっただろうか。
暗くて悲しい思い出しか、思い出すことができない。
不幸自慢のようだが、それが全てなのだ。
妹のミカエラが生まれた日、私の運命は変わった。
この世界に平等など存在しないと、
3歳になったばかりの頃の私は、気付かされた。
琥珀色の瞳に白色の髪、あそこまで嬉しそうにしていた父様とお母様の姿を見たことは後にも先にもなかった。
象徴的な光景だった。
ミカエラは、誰が見ても両親の血を引いているように見える。
2人だけでなく、
侍人、メイド、使用人までも心から祝福していた。
まさにピアール家の令嬢。
「ローズ様は気の毒ね」
生まれて間もないミカエラを見て、ボソッともらした使用人の言葉。
その意味を私は身をもって味わうこととなった。
その日からお父様とお母様の関心は全てミカエラに向けられ、私は1人でいる時間が増えていった。
言うことを聞かなくても許されるのはミカエラ、
習い事を辞めたいと言ったら許されるのもミカエラ、ミカエラとの喧嘩で怒られるのはいつも私、
機嫌を損ねた両親から手を挙げられるのもいつも私。
ミカエラ優先はピアール家の暗黙のルール。
貴族として一般教養、舞踊、茶道など、ミカエラよりも優秀だったが、褒められたことはない。
明るい思い出になるはずだった、ラビラとの婚約もミカエラに…
コンッコンッ、
扉のノック音で、私は現実に呼び戻された。
「ローズ様、準備が整いました。
もうすぐ正門に馬車が到着します」
「ありがとう、
今向かいます」
「ローズ様、そのお荷物は…」
「あぁ、ごめんなさい、
まだ準備していなかったです」
馬車の到着が思いのほか早かった。
よほど貴族の方たちがいらっしゃる前に、
私を侯爵邸から追い出したいようだ。
涙で腫れた目を擦りながら、3着のドレスといくつかの宝飾類をソフィーに預けた。
「お預かり致します」
ソフィーが再び辛そうな表情を見せた。
それは、私の目が腫れていたことを心配したからか、
貴族令嬢の荷物がたったあれだけだったことを不憫に思ったからか。
後者なら、申し訳ない。
「ごめんなさいね、ソフィー…
でも、もう貴方にそんな顔はさせないわ」
それだけ伝えて待機していた馬車に乗り込んだ。
馬車が発車するも、見送りには誰1人やって来なかった。
別に悲しくもない、逆に清々しい。
最後まで侯爵家での私らしかった。
もし私の人生が物語なら、ここで私の、
ローズとしての第一章は幕を閉じる。
……
西の都・アンディークまでの移動中、
私はお父様との会話を振り返った。
お父様に従順と言われたとき、そんなことないと思った。
けれど、たくさんの初めてを今日経験して、
自分がいかに従順だったか気づいた。
今までの私は、納得いかないことに従いすぎていた。
従うことは絶対だと洗脳されてきた、
いや抗う勇気がなかっただけかもしれない。
今日、ミカエラのように誰かに抗ってもいいのだと気づいた。
真面目に生きてれば、いつか報われる日がくると信じてやまなかった今までの私。
信じるだけではそんな日が訪れることはなかった。
一章での私は甘すぎた。
やられっぱなしだった私とはお別れ。
私をこんな目に遭わせた人たちは、
全員、1人残らず絶望を与える…
今日わかった、
私が今まで絶望だと思っていたことは絶望ではなかった。
今日、私が経験した本当の絶望を、
必ずあの人たちに与える。
絶対に許さない。
妥協なんてしない、徹底的に復讐してやる。
~~
「ローズ様、アンディークに到着しました」
「そう…
ソフィー、これからもよろしくね」
ローズとしての第二章の幕開けだ。
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