第9話 Player X
本日二度目の屋上へ足を踏み入れる。
佐竹は異様にハイテンションだったが、とりあえず俺は友情のごり押しで奴を黙らせる事に成功していた。将来は曲芸師かカウンセラーにでもなろうと思う。
果たして右団子はそこにいた。
夕焼けに引き延ばされた黒い輪郭が、園芸部のプランターを追い越して広がっている。
エモい光景というのは、こういうものを指すのだろうか。インスタやってないから知らないけど。
「ま、マクドナルドくん? その、いきなり、そういうのっていうのは……」
何か誤解している。
おい待てよ。俺はハーレム主人公やるつもりはないぞ。
そもそも現実の恋愛はクソなので、現実でハーレムをやるということはクソを累積させることに等しい。
俺はスカトロとも寝取られとも緊縛とも乱交ともスワッピングとも縁遠い、ヤンデレ後輩からストーキングされて孤立誘導させられた末に共依存になるようマインドコントロールされて一方的に幸福を押し付けられることにしか関心のない硬派な男だ。自他を貶めることもない。
世界が平和でありますように。
そういうわけで誤解から遠ざかることに決めた。
「いいですか」
「な、なにかしら?」
「俺の名前は天賀谷和也です」
「そ、そうなの……」
しばらくグラウンドの方からサッカー部と野球部の怒号が響いていた。
ちらりと見やると、グラウンドの使用権を巡って殴り合っていた。我が校の治安はこんなもんだ。
「え!?」
女は叫んだ。
「俺の名前は天賀谷和也です」
「……」
「俺の名前は天賀谷和也です」
「天賀谷ってうちの学校に何人いるのかしら」
「現実から目を背けるな。たぶん2人しかいねぇよ」
「……う、うう」
果たして右団子は打ちひしがれた。
よろよろとフェンスまで歩みより、就職に失敗した新卒みたく崩れ落ちる。
「……あなたの、妹さんの、名前は?」
「妹って指定してる時点でわかってんじゃん。聖良ちゃんだよ」
「おおおおええああああええおおおええぇぇ……」
「まあまあ。大丈夫です」
アンインストールのイントロみたいになってしまった副会長様に歩み寄る。
俺はこう見えても愛と勇気を信奉する誠実な男なので、これをネタに右団子を強請ったりはしない。
ちょっとだけ融通を利かせて欲しいだけだ。
「じゃ、じゃあ私は……兄が好きな妹の気持ちを……兄本人に打ち明けてしまっていた……ってこと……?」
「愚痴って言う形で」
「最悪じゃない……」
うつろな目で奇声を発する副会長様。
スマホを取り出したが結局何もしないでしまい、そのままマキシマムザホルモンのライブみたいに頭を振ったりした。
「何が大丈夫なのよ……もう最悪。最悪よ……私はこのまま聖良ちゃん含む一同から軽蔑の目を向けられて学園を退学、そのまま蒸発したママの後を追うように転落人生を歩んだ末、ベーリング海でカニさんと格闘してから凍死するのよぉぉ……!」
「想像力豊かですね」
とりあえず俺は昼休みに買ったはいいものの、結局開封すらしなかったスポーツドリンクを手渡した。
彼女は差し押さえを食らった多重債務者のような顔つきで受け取ると、一気の飲み干す。「うわぬるっ」割と元気そうなので安心した。
「大丈夫です。正直うわぁマジかよやっば……と思っていますが、俺は聖良の気持ちと向き合う覚悟があります」
「え?」
意外そうな顔。本気で脅迫されると思っていたのか、あるいは。
もう一つのパターンについては考えたくなかった。
「そこで一ノ瀬さんには協力してもらいたいことがあるんです。協力って言うか、フォローというか」
「お、脅さないの? 債権回収のお姉さんみたいに理詰めで論破してこないのね……?」
あんた何があったんだよ。
いずれにせよ、恐れていた蔑視などは向けられないみたいで、割と本気で安堵した。こう見えても俺は妹と同じでデリケートなのだ。
「妹の気持ちは、まあはっきり言って社会的には禁忌です。ギャルゲーじゃないんですから、現実じゃあ許容されるはずもないでしょう」
「……そうね。だから私は懸念しているし、あなたに、その、相談した」
右団子──否。一ノ瀬美亜は、途端に表情を引き締めた。
それは生徒会副会長としての表情であると同時に、天賀谷聖良の友人としての決然であるかのように映った。
確かに情緒不安定だ。だがこういう顔が出来る人間であるのだから、聖良は彼女に心を許したのかもしれない。
「ですが、俺はなあなあで妹の気持ちをやり過ごしたくありません」
どうして俺が恋愛を避けていたのか。
どうして俺が佐竹に言われたという程度で、尻軽だが彼女を作るまでに至ったのか。
その根底には、俺と聖良の関係をからかわれたトラウマが根ざしている。
普通じゃないというのは、それだけで攻撃の対象たり得る。
そして客観的に、当時の天賀谷兄妹の仲睦まじさは普通の
けれどいつまでもそれに縛られ続け、現実を憎んで生きることのどれだけ無益なことだろう。
妹をいつまでもレスバマシーンにしていていいのか。
そういう葛藤はいつだって俺の中にあった。
彼女を作る決心だって、あいつを「普通」という水槽の中に戻してやるためだった。
結果としてそれは独りよがりに過ぎなかったが。
ならばいつまでも小麦粉をまぶして白い羊の群れに紛れていないで、迫害されている黒羊のコミュニティへ戻るべきだ。
「振るにしても受け入れるにしても、あいつとしっかり向き合っていきたいんです。それが誠意で、兄としてやらなくちゃいけないことだって思うんです」
「……はぁぁぁぁぁ」
美亜さんは手すり伝いに立ち上がって、盛大な嘆息を吐いた。軽く身構えるも、彼女はふっと相好を崩す。
「いいわ。これで断ったら、私が悪者になるじゃない」
「まあそうですね」
「否定しなさいよ……」
いや先にミスしたのあんただし。
「それで? 協力? フォロー? 私はどうすればいいのかしら?」
「これまで通り、聖良に勇気を出すように言ってくれればそれでいいです」
「な、なんのことかしら……?」
「誤魔化すなよ。俺はたぶん聖良のことお袋や親父より知ってるぞ。あいつが自主的に弁当作るとか言い出すはずがあるか」
「うう……なんなの、あなた、スネに傷抱えたボクサー崩れみたいな顔しているのに、なんで謎の推察力があるの……」
「あ? 誰がボクサー崩れだコラ。姉妹揃ってコラ。気にしてんだぞコラ」
「急に怒るところは妹そっくりね」
お前は急に冷静さを取り戻すな。
それにしても否定しないということは、弁当の下りも右団子の筋書きだったということ。
実際のところ、唐突に作り出したお弁当だって聖良の発想ではないと前々から睨んでいた。
この人が後ろにいて色々と指示を飛ばしてくれているから、まあ若干ではあるが兄妹の距離感は縮まった。
どのような結末を迎えるにせよ、数少ない心許せる家族だ。円満な関係を続けていたい。
だが聖良は臆病な女の子だ。
だから俺から行動するも、それには限界がある。あるいは過去を思い出して、逃げてしまうかもしれない。
それ故にこの人の存在が重要だった。
「正直なところ面倒臭くなったから、さっさと終わらせようと思っているんですよね、あなたは。
だからバイト先へ凸などという、下手したら一瞬で気持ちがバレるような強硬策へ打って出た。実際バレましたし」
「う……そ、それは」
本人も罪悪感を抱いているのかしどろもどろになる。この人アムウェイとかに騙されそうだなぁと思った。
「ですが俺にはあなたが必要です」
「ひ、必要って……あなたには聖良ちゃんが」
「美亜さん。俺はエロゲーオタクです。シナリオがいいと主人公が素敵というタグで批評空間をさまよう面倒臭いタイプのエロゲーオタクです。
義務的に差し込まれるHシーンをコントロールキーでスキップしている間、『ああ、ライターも本意じゃないんだろうなぁ。でも商業的に仕方ないんだろうなぁ』と想像してニヤニヤするのが楽しいのです。
後はTrueエンドで個別ルートが全て無かったことになる系のエロゲをやると、好きなヒロインと主人公の未来もなかったことになるのでしばらく落ち込みます」
「うわ、何かしら。急にあなたが全然魅力的に感じなくなったわ。あなたに聖良ちゃん託して大丈夫かしら。名前で呼ばないでくれる?」
正気に戻ってくれたようでなによりだ。
「一ノ瀬さん」
「呼び方直したのね」
俺はじっと、彼女を誠意を以て見つめた。バツの悪そうな顔をしていた彼女は、やがて頷いた。
「やるってさっき言ったわ。私としても、聖良ちゃんが報われるならそれに越したことはないもの」
こうして俺と彼女との間に契約が生まれた。
「ちなみに俺はヤンデレ後輩から耳かきされるASMRを聴きながら毎晩眠っています」
「え、なんで唐突にそういうこと告白するの? 本当にこの子に聖良ちゃん託して大丈夫なのかしら……」
こういう場合のラブコメなら、何かこう色々と模索し合っている間に美亜さんが俺に惹かれて拗れる流れになるのだろうが、そこは抜かりなくドン引きさせたのでクリアだ。
ちなみに帰宅後。
「クソヤリチンクソヤリチンクソヤリチンクソヤリチンクソヤリチンクソヤリチンクソヤリチンクソヤリチン……」
「ハイライト消すなよこえぇよ……」
明日はお弁当作ってくれないらしい。
しょんぼり。
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