第6話 長く短い祭
「これ待ち合わせだよな」
俺がうっかり口に出してしまうと、隣に座っていた大学生らしい兄ちゃんがビビっていた。やらかしたと暗澹たる気持ちが込み上げるが、これからやって来る奴をイメージするとすぐに晴れた。
そんな心境と連動しているように、雲一つない快晴が広がっている。今にも落ちてきそうだった。
時間は今朝に遡る。
俺は昨晩まとめた目ぼしいスポットの一覧に目を通していると、唐突にLINEが飛んできた。
『平素より格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げます。天賀谷聖良でございます。
さて、核家族の普及による家庭の空洞化が叫ばれている昨今の窮状は、もはや語るべくもないでしょう。
それを受け、係る家族との交流を優先すべきだと判断いたしました。これは決して個人的な判断ではなく、生徒会長たるもの生徒の模範として機能せねばならず、そこで極めて身近な共同体の結束を促進する目的に準拠しているものです。
よって午後の時間を全て家族との交流に分配し、秋風の吹く現代社会に警鐘を鳴らすべく行動したく存じます。
つきましては、AM:11:30にhttps://maps.google.com/place/@~~~~~~~に待機していただくよう、お願い申し上げます。
また、当方の主たる目的である一身上の買い物は午前中に解決する方針に決定いたしました。これに関して先方の同行の必要はございません。
連絡は以上となります。宜しくお願い致します』
業務連絡みたいなのが飛んでくる。
要約してみよう。
買い物さっさと済ませて午後から兄さんとずっと兄さんと一緒にいてあげます♡
場所送りますから、お昼前に待っていてくださいね♡
「主観入れすぎだろ。これだからエロゲオタクは」
少なくない数のエロゲーをこなしてきたが、兄に欲情する妹を当たり前のように登場させるのは勘弁して欲しい。聖良がチラついていたたまれなくなる。
それはそうと、二階からはまたしても騒がしい足音が降ってきていた。
段ボールでも引っ張り出しているのだろうか、クローゼットや押し入れを開け閉めする音も混じっているし、「どこにしまったんですか!? もう!」という怒号も響いてきた。
「……もっと漢字減らさないと生徒に読んでもらえないぞ」
生徒会新聞や議事録などは書記が担当しているのだろうか。
俺は聖良が生徒会長という立場にあること以外、生徒会役員の名前すら知らないので何とも言えない。
どんだけ妹に興味なかったのかと咎められそうだ。
しかし事実としては、敢えて関心を持つことを避けていたという方が適当。社会的配慮ってやつ。
「……」
避けたままの方がより安全に生きて行けたのかと考えてしまう俺は、ひょっとしたらヘタレなのかもしれない。
世界が平和でありますように。
そして今に至る。
俺はマネキン買いしたはいいものの、一度も日の目を浴びることのなかった哀れな外行を身にまとい、パーラメントとか吸ってそうなアンニュイ男を気取りながら噴水に腰かけていた。
背中にびちゃびちゃかかるのですぐ場所を変えた。
「……時間オーバーしてんな」
聖良は幼少期から時間には非常にキッチリしている。
目覚まし時計を止めることが目的になり、アラームの10分前に起床していたというエピソードもあった。
少し心配になってメッセージを送るも、既読すら付かない。
俺は広場を見渡した。
「ねぇねぇキミ美人だね。どこから来たの?」
「チェルノブイリ原発です」
「え!? あそこ人住んでるの!?」
「私は放射能に適応して進化したミュータントなので、目からビームとか出ます」
「マジで!? すげぇ!」
いや信じるなよ。
そういうわけで聖良はナンパに絡まれていた。あれではスマホも使えない。何と古典的な。
「でもさぁ、やっぱ何か悩みとかあるんじゃないの? 浮かない顔してるよ?」
「ええ。それは人並みに」
「へー、例えば?」
「彼を前に私はどうしたいのだろうか、とか、逃げてしまったから月曜日に美亜さんと顔を合わせるのが辛いなぁとか、なんで生まれてきたんだろうなぁとか、私と兄さんの仲をからかったあいつら、家族もろとも苦しんで死ねばいいのになぁとか……ああもう、死ね、死ね死ね死ね死ね死ね……」
「じゃあね!」
察知したナンパ男は去っていった。
俺は聖良の元に歩み寄った。
「兄さん、見ていたのなら助けてくれればよかったのに」
「ハイライト無くなってるよ。こえぇよ。穏便な解決を図れよ」
「は? あの手の類に日本語が通じるとお思いで? そもそも人間は主観でしか生きられません。主観に存在しないものは不愉快なため、自分に都合のよい事実へ置き換えられるものです」
「行動心理学はどうでもいいから。無理すんな」
「……じゃあ、もっと介入してくれてもよいのでは。そう思いますが」
それを言われたら弱い。
だって俺は、この人間嫌いがなぜ生徒会をやっているのかすら知らないのだ。
俺は言い訳した。
「いや、俺が下手に首突っ込むより聖良一人の方が軽くあしらえると思った」
浅いヒロイズムに流されていたら、俺が彼氏認定されて事態が拗れていたはずだ。それで得られるものは自己満足だけである。
とはいえ一応いつでも介入できるように備えていたが、無駄骨に終わってくれてよかった。
それにしても──
「……なんですか」
「いや、めちゃくちゃ気合入ってるなって思って」
シンプルながら質のいい藍色のセーラーワンピースに、つばの広い帽子。まるで良家の淑女か何かのように思えた。
手にはスマホと財布を入れているいつものポーチ以外、買い物の痕跡であるビニール袋も何もなかった。
「買い物行かなかったのか」
「う……い、行きましたが? 家に置いてから再度ここに来たに過ぎません。というか気合など入れていませんが。何も備えていません。自然体です」
「準備してくれて嬉しい。俺ももうちょっと頑張ればよかったって後悔してる」
「……ふん」
聖良は否定しなかった。
「似合ってるよ」
「そうやって当たり障りのいい言葉を吐けば昨日のように美亜さんやその姉を簡単に騙すことができるのかもしれませんが、残念ながら私は妹ですので、そのような常套手段に翻弄されるようなことなどありません」
「早口だなぁ。
一ノ瀬さんたちにそんなこと言わねぇよ。あの人俺のこと暗黒マンとか呼んでるんだぞ。人の容姿の悪口はダメだよ。傷付いちゃうよ俺」
「……」
謎の沈黙。いや冷静に考えると別に謎ではない。
「私だけですか」
「うん」
「そうですか」
「そりゃそうだろ」
納得したような素振りを見せると、聖良はそのまま歩き出した。俺も慌てて後を続く。
「それで、どこへ行くのですか?」
「フリーマーケット」
遊園地や水族館などのアミューズメントパークで普通の人間たちに囲まれても、偏屈で捻くれている妹は周りが気になって楽しめないはずだ。
どうせ行くなら人の少ない平日なんかにひっそりと楽しみたい。
だからお互いの好きなものを楽しめるフリーマーケットはいいセレクトなのではないかと思った。
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