第9話 戦え
揺れるエレベーターの中でルアは思案に耽っていた。なぜアルザーが現れたのか。なぜレトロは地下にあのような施設を持っていたのか。そしてなぜ動かないはずのヴィンデが起動したのか。答えを導き出すにはヒントが少なすぎる。
「ねぇ、どうしてあなたは私を乗せてくれたの?」
ルアはヴィンデに問うた。
「アナタガ、ワタシトイッショダッタカラ。」
「一緒?」
「ソウ。ワタシトアナタハニテイル。」
「私は人間よ?サラク、ましてや人工知能のあなたに似ているところなんてあるのかしら。」
「……。」
ヴィンデはそれ以上口を開くことはなく、エレベーターの風を切る音だけが室内をこだました。
シュンシュンシュンシュンシュンシュンシュンシュンシュンシュン、ガゴン。
止まった。つまり地上に着いたということだ。ルアは恐る恐るハッチを開く。鈍い金属音を立てながら目の前の現実が姿を現した。
闇夜に包まれた世界の中で見えたもの。それは人々の逃げ惑う姿。パチパチと有機物の焼ける匂い。ビルのコンクリートは肌をポロポロと剥がし、本来の役目を失う。銃声。罵声。泣き声。叫び声。爆発音。どんどんと増えていくカラフルな模様に包まれた死体。それらを生み出すアルザーの群れ。
荒廃しながらも灰色の生命力に溢れていたドーベンの街は死の形相を表していた。
たったの数刻でこの有様だ。奴らには意思はない。ただ人々を蹂躙し、それが終わればプログラムされたようにそそくさとその場を離れる。残された街は血と臓物に溢れて死臭を放ったまま消えていく。
生産性を与えない忌むべき生物。私たちの敵。
ルアはふつふつと怒りが湧いた。
「こっちに来い、化け物め。」
ヴィンデの身体を通して自らのセレマを増幅させる。生み出された巨大な水の玉を内側から破裂させ巨大な音を出した。
アルザーがこちらを向く。目の前には一体のサラク。彼らは人間よりもサラクを優先的に攻撃する習性がある。
「敵数四、全て通常型。よし、いける。」
ヴィンデの目が光る。背中のバックパックに動力を集中させ、一体のアルザーとの距離を一気に詰める。相手が反射的に防御の姿勢をとる。ヴィンデは足を振り上げ、背中を丸め軽くうずくまったアルザーを後ろからそのまま踏み抜いた。響くコアの割れる音と肉のちぎれる音。小さな断末魔をあげてアルザーは絶命した。踏み抜いた足を上げると血がポタポタと足から滴り落ちる。
「まず一体。」
残りのアルザーは本能で察した。こいつはいつも屠ってきたものとは違う。自分たちが屠られる側だということに。
「なにが、進化の到達点だ…。」
指を二本立てて構える。ぐっと指先にセレマを集中し水を圧縮させ、ピアノ線の様なそれを打ち出した。ヒュンと微かな空気を貫く水の線が発射されると、レーザーのように一度でアルザー二体の身体をコアごと切り裂いた。
上半身がずるりと地面に落ちると、切断面からは輪切にされた臓物がぼたぼたとこぼれ、血液で小さな池が作られる。
「なにが選ばれた者達だ…。なにが祝子だ…。」
ルアは最後の目標に目を向ける。しかしアルザーの姿はない。状況を理解すると冷静に熱源レーダーを開きアルザーの逃げた方向へと進む。ズシン、ズシンと重たい機械の足がゆっくりと地面を踏み締める音が響いた。
少し離れた公園。いつもならホームレスとゴロツキの溜まり場となっているこの街でも決して治安の良いとはいえないここも今夜は大盛況だった。炊き出しがあったから?違う。ゴロツキ達の抗争があったから?それも違う。ここにいる人の大半は避難民だ。シェルターの利用費用が払えなかった貧困層の人間が安全ではなく温もりを求めてここに集まる。野生動物の本能と何も変わらない。
ただひたすらここにアルザーが来ないことを祈る。それと同時に他の避難所の不幸を祈る。だが、偶然か神の悪戯か。目の前に現れたのは四足歩行型のアルザーだった。犬や猫のように愛嬌のある姿ではなく、ただただ気色の悪い人類が嫌悪するために生まれてきたような姿。そいつがこっちに向かって走ってくる。
叫び声をあげたり、暴れるものはいなかった。ただ見ず知らずの隣にいた人と肩を寄せ合い、最後の数秒を待つ。皆が目を瞑ってその時を数えた。五秒、十秒、十五秒。だが、その時は来ない。誰もが違和感を感じた。なぜ殺されないのかと。おそるおそる目を開けてみるとそこには見たこともないようなサラクがアルザーの首根っこを掴み、素手でへし折ろうとしていた。高く闇夜に掲げられたアルザーは儚い抵抗を試みるが、サラクはびくともしない。みしみしと骨の軋む嫌な音が鳴る。それを民衆は見ることしか出来なかった。
「なにがッ、未来の象徴だッ!」
バキッ
音の瞬間、だらんと四肢を垂らすアルザー。ヴィンデはそっとその体を地面に置くとコアをセレマで圧縮させて潰した。
救世主と言うには禍々しく、暴力的で血塗れであった目の前の巨人に人々は言葉を失った。純粋にこのサラクが我々の味方なのかと勘繰った者もいた。軍の紋章や登録番号の明記されていない町から突如現れた出どころ不明な目の前の機体。カルト宗教の持つ機体と疑われてもおかしくはない。だが、このサラクはアルザーを殺し我々を守った。それが味方だということである動くことのない最も有力な証拠となった。
救世主の巨人はぐったりと立ったまま停止してしまった。見えない中でコクピットにいるパイロットも目を閉じて気を失ってしまっている。チカチカと点滅する計器には「Thelema shortage」と記されていた。機体は腹をすかせた赤ん坊のように、腰につながれた二本のセレマ供給ケーブルを通して母体であるルアからもう出ないセレマを必死に絞り出している。酸素循環装置と冷却ファンがうるさく回っている。朦朧とする意識の中でルアは夢を見た。
白と緑の美しい世界。花と芝生の優しいにおいが鼻腔を抜ける。その空間の中を子供たちが走り回っている。鬼ごっこだろうか、幼き頃の私がもう記憶から消えてしまったであろう古い友人を追いかけまわしていた。私がその様子をしばらく眺めていると、遊び疲れたかかつての私が駆け寄ってきた。私はそれを膝の上に来るよう促すと頭を後ろに向けてちょこんと小さく座った。
「さっきは何をして遊んでいたの?」
「えっとね、ナツコちゃんとシュウくんと鬼ごっこしてたの。私が鬼だったんだよ。」
「二人は捕まえられた?」
「ううん、捕まえれなかった。二人とも足早いんだもん。」
「そっか。」と答えた後あと、私は人のぬくもりを感じていた。ずっとこの時間が過ごせればいいのに。毎日穏やかな自然に包まれ、朝が来れば二度寝をしてから起き、昼過ぎに昼食をとる。その後は子供たちを見ながら読書に耽り、夕食をとって眠たくなったら眠る。最高の生活だ。
「でも、そんなのは言葉の通りの夢物語。」
かつての私がそう言う。膝の上から立ち上がり、私と向き合う。
「この生活を自ら捨てたのはあなた。」
目の前の景色が戦場へと変わる。視点はサラクのコクピットへと変わり、ディスプレイを通して目の前の敵を視認する。黒い靄がかかったような概念を具現化したような姿。どんな情報にも無かった敵だった。
「逃げちゃダメ、戦って。」
いつの間にかコクピットに現れたかつての私が言う。靄は幾つもの触覚を伸ばし、私を捕まえようとする。銃を撃っても、セレマで切り裂いても傷は与えられない。そもそも攻撃が当たっているのかも分からない。サラクの足に靄が絡まる。抵抗の方法がわからない私はなすがままそれを受け入れることしか出来なかった。四肢を捥がれ、頭を潰され、無抵抗になった機体のコクピットハッチを引き剥がされる。靄がコクピットの中に触手を伸ばす。それが私にまとわりついた時、言葉にできない不快感が全身を駆け巡った。まるで内臓を直接愛撫されるような。思わず目を瞑ってしまった。
再び目を開けるとさっきの白と緑の空間に戻る。先程との違いでいえば子供たちが血塗れの死体に変貌していることだった。
「死んじゃった。みんな、死んじゃった。」
後ろを振り向く。そこには今の私と全く同じ背丈の血塗れの私が立っていた。
「あなたが戦わないから。私が戦わなかったから。その結果がこれよ。」
「私は、戦った。戦ったのよ…。」
「自主的に、かつ結果が伴わなければあなたが戦ったことにはならない。大事な人がまた死んでもいいなら他人に判断を委ね、失敗しなさい。」
血塗れの私が距離を詰める。
「あなたが自ら戦って私に、あなたに贖罪しなさい。生きる道はそれしかない。」
耳元で囁くように呟く。
「がんばって。」
その言葉で目が覚める。知らない場所。ベッドの上。手足には厳重な拘束具が締め付けられている。
なんとなく状況は理解できた。だが、これだけは聞いておきたかった。
「すいません。あの街は、人々は無事だったんですか。」
近くにいた監視兵にそう聞いた。兵は少し考えた後、特にそれは重要な情報ではないと考えたのか話してくれた。
「多少の人命の損害はあったが無防備に近かった街にここまで被害が出なかった例は他にない。敵か味方かはわからないが、少なくともこの結果はお前が戦ってくれたおかげだ。」
安堵した。私の戦いは無意味じゃなかった。その事実を知ると、一つ言葉が漏れた。
「良かった。」
SaLak 外都 セキ @Kake0627
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