第6話 優しい人

「目が覚めたかい。」


 暖かい光の入る部屋で、老人は椅子に腰掛けながらルアに問う。つい最近にもこんな状況があったなと既視感を覚えながら、ルアは上半身をベッドから起こした。自らの体を確認してみると、少し大きめのパジャマを身に纏い、男たちに掴まれ痛めた箇所には手当てがされていた。


「あの、助けていただいてありがとうございます。」


 ルアがそう言うと、「ダンディ」という言葉が一番に似合いそうな老人は、右手に持っていたマグカップを置き、ルアに聞いた。


「なんであんなところに一人でいたんだ。マトモな人間ならこんな街に来ないはずだが。」


 老人は不思議そうな顔をルアに向ける。そして、もう一つあったマグカップをルアにそっと渡した。

 それを受け取り、一口だけカップに口をつけ、体を少し温めたルアは理由を語る。


「この街がこんなに荒廃しているなんて知らなかったんです。ほら、このサイトに載っている写真なんて…。」


 そう言ってルアはある画像を老人に見せた。そこには緑が生い茂る公園や、巨大なショッピングモールなどの商業施設、楽しそうな親子の画像があった。


「お嬢さん、これは『殲滅戦』より前のこの街の姿だ。もしかして知らないのかい?この街に何があったのか。」

 

「すみません…。その時はこちら側にいなかったので詳しくは知らないんです…。」

 

「田舎の箱入り娘ってところかい?ネット社会のこの時代にあまり情報が出回っていないなんて、相当な田舎から来たんだな。」


 そう言うと老人は「殲滅戦」の際にこの街で何があったか語り始めた。


「殲滅戦の時はこの辺りは本当にひどい惨事だったよ。ハナビエの連中はここに来なかったが、アルザーどもが街に大量に入ってきたんだ。メダス、トリスン、パラアテ、シルラバレト、そしてここドーベンにも。」


 老人はキッチンの食器棚へと目をやる。そこには二つのマグカップがあった。


「私は娘家族と同居をしていたんだがね、その時に死んでしまったんだよ。娘と孫娘は私の目の前でアルザーに踏み潰された。たぶん、彼女達の死には多分何の意味もなかったんだと思う。」


 空気が一気に重くなる。外からは若者同士の喧嘩の怒声が聞こえ始めたが、この場にはその環境が入る余地すら与えない。


「娘の旦那。つまり義理の息子にもこのことを報告したんだが、その翌日には彼は自ら頭を撃ち抜いて死んでしまった。軍人として民を守ることもできず、家族の死により自分の生きる理由がなくなってしまったと。正義感が強すぎたんだ。彼の責任じゃないのに…。」


 老人がルアに向かって指を刺す。


「その服とコップは私の孫娘が使っていたものなんだ。久しぶりに誰かが使ってくれているのを見て、なんだか嬉しいよ。」


 老人は優しくにっこりと微笑んだ。そして、照れを隠すようにカップにもう一度口をつける。


「誰かと話すのは久しぶりでね。つい語りすぎてしまった。君はもう少し休むといい。」


 老人はその場を立つと、そそくさとルアに背を向けて部屋から出ようとした。老人の手がドアにかかった時、ルアがベッドから少し前のめりになり、質問をする。


「あのっ、あなたのお名前は…?」


 その質問に対し、老人は再び笑顔を作り答えた。


「レトロ。レトロ・スカイグレイだよ、お嬢さん。」

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